見出し画像

俺が片想いしてる女子と親友を泣きながらくっつけるだけの小説

「織姫真琴さん、そして、有田鷲一。ご結婚おめでとうございます。今日という日が……あ?ハハ、うるせえよ。お前は呼び捨てでいいだろ。あ、申し遅れました。わたしは2人の幼馴染ってことでスピーチを任されました、古田七海と申します。え〜……今日という日が来るのを、心待ちにしておりました_______ 」


真琴と鷲一は幼馴染だ。それこそ、産まれたときからの。同じ病院で産まれ、同じ学校で義務教育を受け、高校は離れたがまたもや同じ大学で再会した俺たちは、魂からの腐れ縁。寝坊助の鷲一を2人で叩き起こし、一本道の通学路を3人で歩く。変わり映えのないそんな日々が、俺は好きだった。

いつになく神妙な面持ちをした鷲一に2人きりの相談を持ちかけられたのは、五月雨の降る晩春の頃だった。
「俺さ、真琴のこと、好き……かもしれんわ」
首の後ろを掻きながら歯切れ悪く言う鷲一に俺は、
「『かも』だろ?」
と返した。
挑発、いや、祈り、だったのかもしれない。
「……いや!好き、だ。うん、俺は真琴が好きになった。だから、」
「手伝ってやるよ」
マジ!?と目を輝かせて顔を上げる。
直情的で、そのくせ妙なところで尻込みする鷲一を、俺か真琴が手助けする。20年前から変わらないいつもの流れだ。そんな日常が終わる気配を、たぶん俺だけが感じていた。

「作戦その一、真琴と2人きりの時間を作れ」
その日から、俺と鷲一は夜中に集まり『作戦会議』をするようになった。
「俺は適当に用事作って先に学校行くから、朝は真琴に起こしてもらえ。あ、変にカッコつけてスコーン焼くとかすんなよ。真琴はおそらく、ダメンズ好きだ」
「放課後も俺は別行動だ。あいつ、全然そうは見えないけど意外とオシャレ〜な喫茶店とか好きだから、良さそうなとこ調べとけ」
「来週真琴の誕生日だろ。こないだ出た有川浩の新刊、あいつまだ買ってないと思うからそれプレゼントしてやれ」

「お前真琴のことめっちゃ詳しいじゃん!」
真琴ハカセだ、とはしゃぐ鷲一。
当たり前だろ。
いつから見てきてると思ってんだ。



「実はわたし、2人の恋のキューピットなんですよ。ですからご祝儀の1割はわたしに……なんて、ハハハ。2人からほぼ同時に相談受けたんですよ。鷲一には『真琴と付き合うの手伝ってくれ』、真琴には『鷲一のこと好きかもなんだけどどうしよ』って。マジかよコイツらって思いましたね」


大学3年の夏、真琴と鷲一は交際を始めた。
放課後の空き教室で、真琴は鷲一の告白を受け入れた。作戦その16、人目のつく場所では勝負をかけるな。俺のアドバイス通りだ。
俺たちの関係はそれほど変わらなかった。真琴が時々、鷲一と同じ方向に帰るのを除いては。
夏休み明け、揃って日焼けした2人と、俺。
手を繋いで帰るようになった2人と、俺。
妙にぎくしゃくして、目を合わせるたび赤面する2人と、俺。
3人並んでいるようで、俺だけが数歩後ろを歩く。
鋭角の三角形。
そんな日々が卒業まで続いた。

「真琴にプロポーズしたいんだ」
あー、仕事も安定してきたもんな、そろそろか。
どこか冷めた目で見る自分がいた。
それでも俺の口は、2人のよき相談役として、利口に働く。
「じゃあ、作戦その32。ザ・ラストコマンドってやつだ」

「お前の好きにやれ」

鷲一は真剣な顔で頷いた。
ここから先は、お前の人生だ。
お前が自分の足で進め。
それが俺からのメッセージ、などと思ったのだろうか。
悪いが、本当にわからないんだ。
真琴の好きなタイプ、好きな店、好きな小説家、好きなシチュエーション。全てリサーチして作り上げた『作戦ノート』は、その31でタマ切れだ。
真琴の隣を歩けなかった俺には、真琴好みのプロポーズなど想像すらできない。
俺が、俺のために、俺だけのために考え抜いた兵法はもう、ぜんぶお前に捧げてしまったんだ。

1ヶ月後、鷲一はステンドグラスの綺麗な教会の前で真琴にプロポーズをした。
「ありがとう……ありがとう……!お前のお陰だ!!」
鷲一は泣きながら電話で俺に伝えてくれた。後ろの方で真琴が呆れたように、そして愛おしそうに笑う声が聞こえてくる。
なるほどね。
真琴、意外とベタなのも好きなんだ。
引き出しの奥の作戦ノートに書き込もうとして、やめた。



「お前に真琴はやらん!って言ってやろうかとも思ったんですけど、まあ鷲一はあんなだけど、いざというときは頼れる奴ですし、許しましょう。いや俺は真琴のなんなんだよ!っつって。ハハ」

俺は真琴の何にもなれなかった。鷲一も本当は俺に恩義を感じることはないんだ。ほっといても2人は、たぶんこうなってた。

「招待状を見て、鷲一あいつやってくれたなって思ったんです。ここ、あいつがプロポーズした例の教会なんですよ。粋なことしやがってこの野郎!」

招待状、破り捨ててやろうと思った。
スピーチだって、俺の思ってること全部ぶち撒けて無茶苦茶にしてやろうと何度も思った。
でも、そうしなかった。『2人の幼馴染の古田七海』は、恋の立役者として心から彼らを祝福する。
そうでなければ、壊れてしまう。歪な三角形が。

「本当に、今日という日が来るのを心待ちにしていました」

いいえ。恐れていました。
今日という日が来るのを、何よりも恐れていました。

「2人とも、結婚おめでとう!」

殺してやる。
でも、殺したくないから、もとにもどってくれ。
大好きなんだ、2人とも。ぶち殺してやる。

「どうかずっと幸せに!以上、古田七海でした」

真琴と付き合いたかったなあ。
キスも、セックスも、したかった。
2人が近づくにつれて、俺は引き離されて、もう、届かない。二度と。
2人で観たい映画があったのに。
もうひとりで全部観てしまった。
でもおめでとう、2人とも。
ずっと、俺のいない世界で、お幸せに。


引き出物はカタログギフトと万年筆だった。
万年筆は真琴が選んだのだろう。
「バウムクーヘンじゃないんだ」
ハハ、と乾いた笑いが出る。
気まぐれにコンビニで個包装のバウムクーヘンを買ってみた。
袋を全部開けて、ひとつの輪になるように並べ、それから食べた。

「あーーー!うまい!!結婚おめでとーー!!

2人とも、だいすきだーーーーーーーーー!!」

ずっと続くのかな、この痛いやつ。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?