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日本にいる外国人の数

60年前の在日外国人の数

日本は移民政策を採っていませんので、50年ほど前までは新たに日本を目指して入ってくる在日外国人はほとんどいませんでした。eStatで確認できる一番古いデータ(1959年)では以下のとおりです。

1959年のeStatから

数こそ70万人弱ほどいますが、60万人ほどは戦前より日本に定住している在日韓国・朝鮮人です。つまり、何かの目的を持って来日し、長期滞在する外国人はほとんどいなかったということです。

過去40年間の推移

2021年末の在日外国人の数は約280万人です。1959年から比べると200万人以上も増えています。日本は今も明確に移民政策は採っていないのになぜ増えているのでしょうか。
以下に、1984年~2021年の国別の在日外国人の人口推移を示します。
(2012年から、台湾籍の方は中国とは別に集計されるようになっています。)

1990年代からの在日中国人の伸びがすごいですね。2000年代後半に、在日韓国人の数を越して1位になっています。
一方で在日韓国人の数は微減を続け、逆に2010年代から在日ベトナム人が急増し、2020年に韓国人を抜いて2位になっています。
在日ブラジル人は中国人と同じく1990年代に急増しますが、2008年をピークに頭打ちです。こちらも2010年代前半に在日フィリピン人数に抜かれています。
現在の国別分布は以下のとおりです。

SASの新しいプロシジャであるsgpieを使ってみました。簡単にきれいな円グラフが描けます。ただしまだ評価版のためか、文字切れがどうしても直せませんでした。

人口移動の原則

人口の社会増加の原則は、
「貧しいところから豊かなところへ」、「農村から都市へ」、の2つです。
国境を越えた移動の多くは、発展途上国から先進国への流れです。
日本は公には単純労働での長期滞在を認めていないため、外国人労働者の流入は長らくなかったのですが、時々の政策によってその流れが変わりつつあります。
増加要因としては、
1982年 外国人研修制度
1983年『留学生10万人計画』
1986-1991年 バブル景気
1993年 技能実習制度
2008年『留学生30万人計画』
2010年 在留資格 技能実習1号、2号の設置(労働基準法の適用)
2016年 技能実習制度の期間延長
2019年 在留資格 特定技能の運用開始

減少要因としては、
1991年 バブル崩壊
2008年 リーマンショック
2011年 東日本大震災
などがあります。

それぞれの要因が在日外国人数にどのような影響を与えてきたか見てみましょう。

在日中国人の推移

まずは一番多い中国人からです。
2022年の年齢別の在日中国人の数です。

20代から30代の割合が高いです。この年代から察するに留学生が多いのではないかと予想できます。では、実際に在留資格別ではどのような分布になっているか見てみましょう。

確かに留学生は11万人と多いですが、なんと永住者が30万人もいました。そして、技術・人文知識・国際業務も8万人います。
昔のデータはExcelでデータが提供されていないため、例として1984年のデータを手で拾ってみます。
永住者:20,268人
留学:6,870人
商用:299人
学術文化:369人
技術提供:2人
熟練労働:1,083人

1984年当時は永住者の数も、留学生の数もそれほど多くありません。今と在留資格の区分が若干違うので単純比較はできませんが、ここ40年で、永住者や、日本で働く中国人が急増しているのがわかります。
在留資格「技術・人文知識・国際業務」は、大卒で専門知識を持った外国人に与えられる在留資格です。具体的にはエンジニア、プログラマー、経理、人事、法務、翻訳、通訳、語学の先生、デザイナーなどが該当します。
Excelデータのある2006年のデータを使って当時の年齢別分布を見てみましょう。当時のデータは5歳刻みでした。

2006年のグラフでは20代の比率が圧倒的に高く、その上の年代はそれほどでもありません。したがって、ほとんどが留学生だったのでしょう。政府の留学生を増やす政策や、バブル景気などがきっかけとなって留学生が増え、この留学生の一定数がそのまま日本で就職し、定着したと推測されます。

在日ベトナム人数の推移

次は第2位の在日ベトナム人の現在の年齢別分布です。

グラフからわかるように、ほぼ20代~30代前半に限局されています。
在留資格別の人数は以下のとおりです。技能実習が多くを占めていますね。

これらから分かることは、若い世代が仕事を求めてやってきていることです。2010年に在留資格「技能実習1号、2号」が設置され、労働基準法の適用を受けることになりました。これによって一部で劣悪だった労働環境が改善され、日本に出稼ぎにくるベトナム人が増えたのだと思われます。
技能実習制度は、日本の技術の海外移転という国際協力が建前ですが、実際は人口減少と3Kを嫌う日本の労働力不足を補うための手段です。
この制度矛盾を解消するために在留資格「特定技能」が創設されました。これによって長らく続いた移民を受け入れない政策が名実ともに転換しました。
なおベトナムとは2009年にEPAを発効しています。人の移動分野では、看護師・介護士の受入れが2012年からはじまりました。しかし2022年時点で在留資格「医療」での在日ベトナム人数は145人とうまく機能していないこともわかります。

在日韓国人数の推移

長らく第1位だった在日韓国人数も、時代とともに中国、ベトナムに抜かれ現在は第3位です。
グラフを見ると明らかなように高齢化が顕著です。

戦前から日本に住んでいた韓国人は、戦後「特別永住者」という特別な在留資格を与えられました。その方々が高齢になっている様子がわかります。
そして高齢化によって、人数も減ってきています。

在日フィリピン人数の推移

ブラジルを抜いて、現在第4位の在日フィリピン人数です。
ここで特徴的なのは、男女差です。

現在の分布は、男性は20代後半から30代に偏在していますが、女性は40〜50代にも山があります。
これは1990年代から2000年代始めにかけて、在留資格「興行」で入国した女性の一部が日本に滞在しているものと思われます。当時は、ダンサーや歌手などとして入国し、実際には接待を伴う飲食店などで働くフィリピン人女性が多かったのです。
2006年の分布を見ると明らかですね。

これが人身売買に当たるという国際的な非難を受け、2005年より、「興行」の取得許可が引き締められます。

この傾向は在日タイ人の分布でも同じです。さらにこの2か国からは、日本の農村での嫁不足を解消するためのいわゆる「農村花嫁」として来日する女性も多くいます。「日本人の配偶者等」の人数もそれなりにいますね。あるいは「興行」で来日し、そのまま日本人男性と結婚する女性も多かったでしょう。

バブル真っ盛りの1990年では、在日フィリピン人の在留資格「興行」は18,783人、「日本人の配偶者等」は20,516人となっています。2022年では「日本人の配偶者等」の数はそれほど変わっていませんが、「興行」の人数は1,346人と激減しています。

在日ブラジル人数の推移

現在第5位の在日ブラジル人数の推移です。
戦前の1900年代から、日本人のブラジル移住が行われてきました。100年前の人口移動は、農業を目的とすることが多かったのが、今の人口移動との違いです。同じ時期に例えばインド人が天然ゴム栽培のためにマレーシアに移住したのも同じです。

現在の年齢別在日ブラジル人の分布です。

特徴としては、世代間の差がそれほど大きくないことです。これは家族全員で来日していることを示しています。
1990年6月に「出入国管理及び難民認定法」が改正され、日系二世・三世及びその家族に対し3年間滞在可能な「日本人の配偶者等」「定住者」の発給が認められるようになりました。それが在留資格別集計にも表れています。

そのため1990年代から急速に在日ブラジル人数が増えたのですが、2008年のリーマンショックを契機に減少傾向にあります。

用いたデータ

年代別の国別の在日外国人数

2012~2021年のデータは、以下のeStatの最新統計を元に加工しました。1959~2011年までのデータのほとんどはExcelではなくPDFで提供されているため、2011年以前の過去データは手入力しました。こちらに1959年から2011年までのデータがあります。

年齢別の在日外国人数と在留資格別のデータ

年齢別の在日外国人数と在留資格別のデータはこちらから持ってきました。これを加工した以下のファイルを用いました。
2022年の年齢別外国人数のデータ

2022年の在留資格別国別外国人数のデータ

2006年の年齢別外国人数のデータ(Excel化されている最初の年)

SASプログラム

今回のプログラムコードはこちらです。

評価版であるsgpieと、SAS 9.4で実装されたRWI(Report Writing Interface)を試してみました。
私がプログラミングから離れていたのは4年ぐらいですが新しいテクニックが増えてますね。これからも新しいテクニックに挑戦していきます。

まとめ

在日外国人数の年齢構成や年推移などをみることによって、政策転換やイベントなどが、人口移動にどのように影響するのかが見えてきます。無機質に見える数字も、このように社会情勢と絡めてみていくと人間の行動の息遣いが感じられておもしろいのではないでしょうか。

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