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ポテチパン旅行記

前日譚

2022年、冬。
夕飯時に妻と鍋をつつきながら、ご当地グルメの話をしていた。
自分の地元である神奈川のシウマイ弁当や、妻の実家がある山梨の信玄餅プリンから始まり、話は自分の知っているB級グルメの話に移動していく。

そんな中で妻が
「どこの名産だったか忘れたけど”ポテチパン”っていうパンがあるよね」
TVで見たけどあれは美味しそうだったから食べてみたいとの旨を発言した。

ポテチパン。

スマホで軽く検索をかけると”横須賀の個性的すぎるローカル名物”との見出しが飛び込んできた。
神奈川の食べ物なんだ、全然知らなかった、どんな味がすんだろうねといった話をしつつ話題は他へと移っていった。

断腸の思いで皿洗いをしながら(皿洗いがこの世で一番嫌いな為)考え事をしていると、自分が存外ポテチパンに気をとられていることに気がついた。

ポテチパン。

ポテチの、パン。

妙に魅惑的な響きである。魅惑的な響きのパンが、自分の出身県に存在している。

まずポテチパンという名前が良い。ジャンキーさとポップさがリズミカルなカタカナ5文字に内包されており興味をそそられる。
しかし名前だけでは詳細がわからない。
ポテチ in the パン なのか、ポテチ on the パンなのか、まさかパン into the ポテチなのか?

そもそもとして炭水化物系のお菓子をパンの具材にする発想がイノベーティブである。
型破り度合いで言えばアイスの天ぷらや生ハムメロン、イチゴとアボカドの和え物に匹敵すると言っても過言ではないだろう。

“ローカル名物”と銘打たれているならば、いろんなパン屋が独自のポテチパンを作り文化が発展している可能性もある。そんなポテチパンを食べずして真の神奈川県民と言えるのだろうか(言える)。

食べてみたい。

興味の灯は羨望の炎となり、激しく我が身を焦がした。
嗚呼、一刻も早く食べに行きたい。
こんなにも食べたいものをこれまでの人生で食べていない事態がどんどんおかしいことのように思えてきた。

…食べに行っちゃうか!?丁度長らく携わっていた仕事も終わったことだし、今1月で寒いけど時間的には全然行ける!と思ってウキウキしながら皿洗いを終わらせて色々調べたところ

ポテチパンの旬は春らしい。ポテチパンに旬とかがあるなよ。
より踏み込んで調べてみると「パンの具材として使われている春キャベツの旬が3-4月だから」とのこと。なるほど。そして画像を見る限りポテチ between the パンであった為そうよねと思った。

妻に話すと一緒に行きたいと言った為、急遽人生にポテチパンを食べにいくだけの旅行イベントが発生。亀有の片隅で二人してポテチパンに思いを馳せながら冬を生きた。

——

一日目

季節は流れ、3月中ば。
平均気温は20℃前後まで上がり、名実共にポテチパンの旬と言われる春が訪れた。
しかし週間天気予報を見ると我々の旅程の2日間だけピンポイントで雨マークがついている。
ともあれ自分は予定を開けてしまったし妻はただパンを食べるために金曜に有給までとったのだ。出発の日を迎え、我々は一路横須賀へと向かった。

案の定雨でした。一週間の内この日だけ風が冷たかった
途中で乗った旅行っぽい電車。こういうことがあると嬉しい

亀有から横須賀までは電車で1時間半かかる。
ここで改めて旅程をおさらいしていた。

-本日15:00に横須賀中央駅到着。
-事前に調べた行きたいパン屋は3店舗。
-到着駅の近くにそのうち1つのパン屋があるらしいので、ポテチパンを購入してホテルで食べる。
-翌日、目に星をつけている他のパン屋のポテチパンを購入して食べて帰る。

これだけだ。
横須賀美術館もペリー記念館もどぶ板通りもソレイユの岡も海軍カレーも全スルー。ただポテチパンだけを大量に食して帰る。
なんというか興味の純度が高い旅行だ。
フィールドワークのような様相すら呈している。

そうこうしているうちに横須賀中央駅に到着
寒すぎ

目当てのパン屋はこの駅に1店舗、残りのパン屋はこの駅から3-4駅ほど行った距離に点在している。
余裕があれば近くを散策したかったのだが、寒さと雨にすっかりやられた我々はさっさとホテルにチェックインしてお茶でも飲みながらポテチパンを食べようという方針で意見が一致した。

一店舗目 横須賀ベーカリー

外観を撮り忘れた為ストリートビューですみません

駅からおよそ徒歩1分で到着。
しかし目当てのポテチパンがどこにも見当たらない。
お店の人に尋ねてみると
ポテチパンは売り切れちゃいましたね〜すみません
という返答が返ってきた。

売り切れちゃいましたね

売り切れの可能性を考慮していなかったわけではない。
しかし本日は金曜日、平日の夕方である。観光客がこぞって買っていったとは考えにくいし、我々のような酔狂な観光客がパンが売り切れるほども存在するはずもない。
この事態が意味するところとしては、ポテチパンは決して観光客向けにスポイルされたツーリスティックなB級グルメではなく、地元に根を張り民からも愛される純然たる名産品だということである。

完全にポテチパンのポテンシャルを見誤っていた。
明日朝イチで買いにこようと妻と決意を新たにし、横須賀ベーカリーを後にしてホテルに向かう。

ホテルに入って横須賀ベーカリーにて購入したやたら巨大なカレーパンと焼きそばパンなどを食べた。

焼きそばパンについて…
比率を鑑みると”パン焼きそば”と呼称した方が正確に表現できているような気がする。完全に比率が逆転していて嬉しい。

カレーパンについて…
全体に散りばめられた揚げクルトンによって口内への攻撃力とパンの防御力にバフがかかっており食べるのに苦労した。

どちらもとても美味しかった。

ホテルを探検したり、持ってきたニンテンドースイッチでポケモンをやったりして寝た


二日目

快晴、とまでは行かなかったが窓からは日光が差し込み、天気予報をみる限り一応は春と呼べる程度の気温までには回復していた。
気を取り直して出発である。

ポテチパン日和、と言ってもいいでしょう

この日に巡ったパン屋は
-横須賀ベーカリー
-はまだぶんてん
-中井パン店
の3店舗である。

Re.横須賀ベーカリー

昨日のリベンジ、横須賀ベーカリー。
時刻はAM10:06。
念には念を入れ朝食も食べずにホテルをチェックアウトしパン屋に直行した。

どうだ…?
あるあるあるあるあるあるある
全然ある全然ある全然ある全然ある全然ある

全然あった。値段は300円。
…正直、パン1個にしちゃあ強気な価格設定である。まさか横須賀のパンて全部こんなにいいお値段したりする?
ともあれリベンジは成功。初のポテチパンを無事に手に入れた。

近くの公園に移動して食べた。

【食レポ】
もっちりとしていて小麦の風味が強いパンの中にキャベツ・コーン・ポテトチップス(のり塩味)をマヨネーズで和えたものが入っている。
一口食べてみると確かにポテトチップスのり塩を頬張ったときの”感じ”があり、パンのもちっとした食感とポテチのパリパリとした食感の対比も楽しい。
マヨネーズがオリジナルなのだろうか、かなり酸味を感じるがその分キャベツやコーンの甘味が際立っている。
ジャンキーだが食べていて飽きのこない味である。

パン市場 はまだぶんてん

横須賀中央駅から浦賀駅に移動。
ゆったりとした空気感の商店街を10分ほど歩いた先に
“はまだぶんてん”は存在している。

時刻は午前11:00だが店内は多くの地元のお客さんで賑わっていた。
奥の工房から焼き立てのパンが出現すると同時に売り場に並べられ、瞬く間に次々と購入されていく。考えうる限り完璧なパン屋さんである。

お目当てのポテチパンもちゃんと並んでいる
旅行の趣旨とはズレるが気がついたらカレーパンにトングが吸い寄せられていた。ちょうど今揚げられたばかりと言った風態で、耳を澄ませばジ…と音が聞こえてきそうな状態のカレーパンを見過ごすことができるだろうか

合わせてポテチパンも購入。近くの公園に移動して食べた。

【食レポ】
...?
なんか、この味知ってるな…

ポテサラだ。
ポテトサラダの味がする。
具材は海苔塩ポテチの他に細切りのキャベツ、ニンジンが入っており、コールスローっぽい風態である。
パンはコッペパンっぽい。ザクザクとしたポテトサラダ、という新食感の美味しさをコッペパンが包み込んでおり、なんとなく身の丈にあった安心する味である。
そしてこのパンを半分ほど食べ進めた時に事件が起こった(後述)。

-中井パン店

浦賀駅から県立大学駅に移動。静かな住宅街を抜けて国道沿いの道を歩くこと10分ほどで中井パン店に到着。

外観が良すぎる。懐かしいどころか自分が学生だった頃ですらこの外観のお店で何かを買ったことないかも
また主題とはズレるが「ちくわパン」なるものが売っていたので買った。ソースと青のり、紅生姜で味付けされたちくわの輪切りが入っている。味は薄めの焼きそばパンだった

ポテチパンを購入し、近くの公園に移動して食べた。

【食レポ】
雑感としては横須賀ベーカリーとはまだぶんてんの中間のような味がする…と思いきや結構マスタードが効いている。キャベツも大きめかつポテチも多めでワイルドな食べ応えがある。パンがふっくらしていてとても美味しい。個人的な好みから言えば一番好きなポテチパンでした。

襲来

この話は2個目のポテチパンを食べていた妻の身に起こった話である。

巨大な黒い何かが我々の目の前を高速で横切ったかと思うと、妻が持っていたポテチパンが消滅していた。
文字どおりの消滅である。瞬きする暇もなかった。
遠方に目をやると、洋上に一つの点が浮かんでいる。この間2.5秒。
二人して「え?」と思ったが、その刹那自分の古い記憶が一瞬で蘇り何が起こったかを理解した。

正直なところ、”神奈川の海岸沿いにある開けた公園”というロケーションに対して少しだけ嫌な予感はしていた。
ただ他の客がバーベキューやらお弁当やらを大っぴらに広げて食べている様子を見て、問題ないのだろうと踏んでいのだ。

長らく神奈川に戻っておらず完全に失念していた。
奴らにとってはコンビニおにぎり、サンドイッチ、ダブルチーズバーガー等
“人間が片手で持っている食べ物”が一番狙いやすいのだということを。

その類の食べ物を保持している際、どれだけ注意深く空に意識を払っていてもどこかのタイミングで意識の隙間を突かれ、トンビに食べ物を強奪される経験を自分も幼少期に何度もしてきたことを。

味わった人間にしかわからないんですよね、ルール外から突然殴られるあの感じ。
秩序ある人間社会から弱肉強食の価値観へと急に世界が転換する恐怖。

夏の江ノ島でも遊びにきた子供がトンビに何かを取られて泣いている景色をよく見るが、“ルール”とはあくまで人が人の為に作ったものであり、この世界での自分の権利や安全は根源的には全く保証されない真理を目の当たりにし、恐れ慄いてしまうのだ。

ショックでなぜか爆笑している山育ちの妻に自分が半分食べたポテチパンを渡し、なだめるために自分や友人の昔のエピソードを色々と語った。

子供時代、両親に連れられて行った海でおにぎりを持っていかれて泣いたこと。
中学の時、友達がハンバーガーをトンビに強奪された挙句海に落とされキレていたこと。
最終的には「トンビ側も今日の夕飯が見つかって助かったと思っている」などと謎のフォローをかました。何のこっちゃ。
しかしそういう宥められ方を、かつて幼い自分も近くにいた大人にされた気がするなと潮風の匂いを嗅ぎながら思った。

駅にあったパンのガチャ。せっかくだしと妻が回していた。いいのが出るといいね
故障しており300円を吸われていた。踏んだり蹴ったりである(後日返金対応していただきました)

というわけで道中いくつかのアクシデントがあったものの今回の旅の本命であった"ポテチパンを食べる"という目的は達成されたため、我々のささやかな夢が叶えられる結果となりました。
ついでに朝食のレシピが一種類増えることとなった。

ポテチパンレシピ(2人分)

キャベツ(できたら春キャベツ)...大きめの葉2枚程度
ポテチ(味はお好みのものを)…2つかみ以上
塩…小さじ1/4
砂糖…小さじ1/2
マヨネーズ…大さじ3

  1. キャベツを千切りにし、ボウルに入れて塩を降って揉み、10分ほど置く。水が出てくるのでキッチンペーパーで吸う。

  2. 1にマヨネーズ、砂糖、ポテチを入れ、砕きながらよく混ぜる。

  3. パンに挟む。

  4. 美味しいね。

上記をベースに色々と試した結果、個人的なおすすめはポテトチップスしあわせバタ〜味とカラムーチョチップスでした。
みなさんもよいポテチパンライフを。

嬉しい