桜草

お互いに首根っこを掴んだ
声が聞こえた
(殴ったら終わりだぞ)
躊躇
気がつくと襟がビリビリに破けていた
グラウンドに響く声
バッティングマシーン
金属バットが弾き返す
それらが全部止んだ
映画で観た誰もいないニューヨークの街にいる様な静けさ
水は飲むな、いやちゃんと飲め
時代の狭間で
ユニフォームを汚すことは、神様に挨拶することと聞いた
あいつら今では父親に、建築士に、洋菓子職人に、正社員に、行き先不明
俺は、何になったのか
毎晩母の愚痴を聞いた
深夜3時、段々すべてが麻痺して来る時間帯に、明日の朝練を思っていた
クラスでは寝て過ごした
正確にはそのフリをした
イヤフォンは例えば冬の毛布みたいに心を温めてくれた
いや、そんなことも、なかったかなぁ

放課後準備体操を仕切る声
ああ、自分の声か
掛け声が泣き声に変わる
対面する50人もの困惑、嘲笑、嗤い声、見ないふり、
困らせてごめんな
おかしなやつでごめんな
きっと心配だってしてくれていたのだろう

机を殴る音
低く鈍い音
階段から突き落とされる母親役の人
太い血管の中、びっしりと詰まった怒り
怒りだけが流れているのがすぐにわかった父親役の人の横顔を見ないふり
即座に上の部屋へ上がる俺の身体はいくらか大きくなったのに、その時とても、とても小さいと思った
深夜3時あの男がいかに無能かを絶え間無く聞く漢字で、ミミヘンの聴くがいつの間にか聞き流すに変わって
耳は失われた
また、明日の朝練を思っていた
場面にそぐわない涙が頻繁にグラウンドを濡らして
僕はそれでも、「世の中にある本当の不幸とはもっと・・・」と持論を説くことで生きながらえたこの話を美談にして誰かの感動を誘発したい欲望に駆られる
ということは全くなく
いやないこともないのか
よくわからなくなり
はっきりとしていることが一つ
声が聞こえる
声が聞こえる
「お前なんか消えろ、人の為だけに生きて(寿命をむかえて)死ね。消えろ。自分を生きるなんて無理だ。誰かに使われてそのまま消えろ。あるいは誰にも使われず消えろ。お前には出来ない。出来っこない。変われない。消えろ。死ね。諦めろ。静かに、薄まって、消えろ。消えろ。消えろ。」

(なんで俺が縮こまらないとあかんねん。)
(なんで俺がこんな想いして生きないとあかんねん。)
とは言え、人を恨む時代は終わった
若さも終わる
いく当て無し
なら死ね
わかったよ、そうするよ
わかったよ、そうするよ
と受け入れる訳にもいかない
だから、自分の想いを名前にしろ
自分の進む方を言葉にしろ
自分の在り方を声にしろ
あの時代、ユニフォームを汚すことは、神様に挨拶することと聞いた
想像したスーツを着る生活もなかった
私服でいいと、自由でいいんだと
あいつら今では父親に、母親に、職人に、所在不明。俺は、何になったのか
俺は、俺になるよ
俺は、俺になるよ
これまでの俺を越える、俺になるよ
俺になるよ(繰り返し)

若者のみなさんへ
若さとは、苦しむことと思うよ
苦しみ抜くことに、美しさがあると思うよ
俺は、もう少し苦しむよ
ありがとう

桜草の花言葉は、「若い時代の苦しみ」です

ありがとう


(2016/12/5作)

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