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【模型】中国の愛国主義教育のかたち ~正徳福 1/300 定遠~

習近平政権になってからだいぶわかりやすい形になってきた中国の愛国主義教育というやつは、タオバオ(中国の巨大ECサイト)を見ていてもその片鱗が見て取れるようになってきた。
例えば、なぜか日本軍の九〇式鉄帽やら九八式軍衣といった日本軍の衣装や小道具が意外にもよく出品されているのだが、これはどういうわけだと思ったら、なんでも学校の活動なんかで革命劇をやるらしく、悪役の衣装としての需要があるようだ。
もちろん主役は八路軍なので、中山服やらモーゼル小銃なんかのレプリカも出ているわけなのだが、なかなかの品ぞろえだ。
こういう劇には国民党の軍隊も出てくるようで、東南アジアを転戦した国民党遠征軍の劇でもやるのか、供与を受けていた英軍のP37式野戦服やカレーの皿みたいなマーク2鉄帽のレプリカまである。
元々は映画の小道具として作られたようだが、こうして大量に廉価で出回っているということは、それだけ「民間の」需要が多いということに違いない。
おかげで昔は中田商店からずいぶん高いレプリカを揃えるしかなかった日本軍の軍装もいまでは反日教育の中国からかなり廉価で調達できるというおかしな現象が出てきたようだ。

ほかにどんなことを学校でやっているのかというと、どうも最近はプラモデルを通じて愛国主義を子供たちに植え付けているようで、国外に輸出されるようなキットではなく中国国内向けには独自のラインナップでモデル化されている。
それもトランぺッターとかモン・モデルといった世界に通用するようなちゃんとしたプラモメーカーではなく、プラモデルのノウハウがまったくない金型屋が片手間に作ったようなもので、パッケージも組み立て説明書も安っぽいが、「学校共産主義模型教育コンテスト教材」とか「海の強国の祖国を愛せよ」といった目の覚めるスローガンが印刷されているのが特徴だ。
どうも、プラモデルの製作を通じて手先を鍛え、ついでに愛国心を養おうということらしく、単に作るだけでなく水に浮かべて走らせるということまでがコンテストの評価対象なようで、タオバオではそのための折り畳みプールまで売っているのでなかなか盛んなようだ。
だいたいが艦船モデルが多いようで、なるほど国家の威信の具現としては軍艦なんかが分かりやすいのだろう、最近だと空母遼寧なんかが売れ筋のようだ。
前述の通り水に浮かべて走らせるので、昔懐かしいモータライズのキットが多く、世の中見渡してもモータライズのキットを新規金型で作っているのは中国の愛国主義プラモくらいではないだろうか。

”遼寧号は子供たちに中国の了解は神聖にして侵すべからずなことを記憶させるでしょう”

そんな中国のプラモ愛国主義とはどんなもんじゃと思って、今回日本のおっさんモデラーが大人げなく本気で挑んだのがこちらのキットだ。

正徳福 1/300 定遠艦

このフネは中国人にとっての戦艦大和ともいえるもので、19世紀の清国北洋艦隊の旗艦だった装甲艦だ。
当時洋務運動がようやく始まったばかりの清朝にこんな船が作れるわけもなく、ドイツのフルカン社に発注して同型艦の鎮遠とともに清国に納品されたのが1885年だから、かなり古い船だ。
なにせ船がようやく帆を張らずに蒸気機関だけで運用できるようになったばかりの時代のものなので、まだまだ帆船の面影を残しているが、当時の日本にとっては大変な脅威だった。

清国海軍北洋艦隊の定遠と鎮遠

満載排水量が7355トンという巨艦に30.5サンチ連装砲塔を2基積んでいて、装甲板の最大厚が355㎜というスペックは大変なもので、当時の日本海軍にはこれとまともにやり合える艦は一隻もなく、戦えば間違いなく負ける。
そのためにその後の10年で日本はものすごいやせ我慢をしてフランスから三景艦として知られる防護巡洋艦を3隻購入したが、それでも個別のトン数では4200トン、しかも主兵装である各艦たった一門の32サンチ砲はろくに運用もままならないという代物だった。
そんなわけで、圧倒的な軍事的プレゼンスを誇っていた清国北洋艦隊だが、1894年の日清戦争では大口径の主砲よりも小口径の速射砲が有効であるという戦訓が得られた通り、当たるかどうかわからない大きな砲弾をたまに撃つよりも、小さくてよく当たる小さな砲弾を何発も当てて敵艦の戦闘力を奪う方がより合理的であるということで、船腹的には貧弱だった日本海軍が意外にも善戦する結果となった。
その後威海衛を警備していた定遠は日本の水雷艇の攻撃で擱座のち自沈という憂き目にあうのだが、このあたりが中国人のナショナリズムにものすごく突き刺さるのだろう、近年になってこの艦が復元船として建造され、威海市で公開されたというニュースがあった。

復元された定遠

どうも甲午戦争(日本でいう日清戦争)を扱った映画か何かのために作られたらしいが、悲劇の提督丁汝昌が座乗していた当時東アジア最強だった軍艦が再び目に見える形で存在させことは、日本人にとって戦艦大和を復元するのに近い感覚があるようで、今では威海市の集客の目玉として公開されている。
ちょうど今から10年前の2014年に、当時中国で仕事をしていた私はこれを見る機会があった。
法的に航行してよい現代の船舶として作られていることから厳密なところはいろいろ違うところもあるのだろうが、なかなかよくできていて、今までおぼろげな白黒写真でしか知らなかった定遠が目の前に浮かんでいるのを見ると、まるで生きた化石を見るような心地だったのを覚えている。

定遠のフライングデッキより艦首を望む
30.5サンチ25口径連装砲塔
2隻搭載している艦載水雷艇が目を引く
清国海軍の軍旗である黄龍旗
龍が飴玉食べているように見えてかわいらしい

そんなわけで、定遠は悲劇の中国近代史と中華帝国の最後の国威の具現として、この復元された定遠艦は中国の愛国主義教育基地としてさまざまな活動に使われているようだ。
もともとこのフネが浮かんでいる威海という港街は昔は威海衛といって清国北洋艦隊の根拠地であり、中国の近代海軍揺籃の地といっていい場所で、沖合に浮かぶ劉公島と併せて昔から今に至るまで海軍の街だ。
そういう観光地のお土産物として作られたのが今回製作した定遠のキットらしい。

パッケージ裏には中国甲午戦争博物館と印刷してある

家族で威海に旅行に来て劉公島で清国北洋艦隊の士官学校を見学し、復元された定遠に乗って、テンションが最大に上がった中国の子供がこのプラモを買ってもらって、ワーイとばかりに家で喜んで組み立てる様子が想像できるが、さてこのキット実際のところどんなもんだろうか。
中国では愛国主義教育や国威発揚のために大いに役に立っているようであるが、なにごともフタを開けてみるまではわからないのである。

パーツ構成

船体は喫水線で上下に分割されていて、あとはランナー2枚にモータライズの部品が付属している。
やっぱりモーターがついているとなかなかテンションが上がる。
昔ニチモの30㎝軍艦シリーズを作って空地の水たまりで浮かべては沈んでしまった遠い記憶がよみがえるようだ。
中国の子供もそんなことを想像しながらわくわくしてパッケージを開けたに違いない。
そしてそれははかなくも打ち砕かれるのである。

独特の二軸のモータライズ機構

まずは船艇にモーターを組み込むところから始まるようだ。
感心にもスクリュー軸が2軸あって、モータの回転をギアで左右に分岐させてペラを回すようになっているのだが、これは結構斬新だ。
我々が子供の頃のモータライズの軍艦といったらどんな艦であれ推進軸は1本のみで、モーターからシャフトが伸びて直接スクリューを回すというものだった。
スイッチも昔はプラパーツで接点を曲げて通電させる方式で接触不良が頻発したものだが、このキットだと電子部品用のスイッチがついていて安心だ。
ところが残念なことに、モーターから回転を分岐させるギアを納める軸受けの部分ががたがたで、ギアが全くかみ合わない。
まずこの時点でスクリューを回すことはあきらめなければならない。
さらにギアボックスからプロペラシャフトの延長軸まではゴムチューブで接続するようになっているのだが、これが緩くて全然話にならない。
シャフトを水密にするためのグリスボックスも軸受けの部分がヒケまくって隙間が大きく、もし仮に軸がちゃんと回ったとしてもグリスはあっという間に船内に流れ出して、軸の隙間から浸水してあっというまに轟沈まちがいなしだ。
これは子供の夢をのっけからブチ壊すことになるので、かなり残念なことだ。

パーツの整形に恐ろしい手間がかかる

加えてパーツの成型がめちゃくちゃで、パーティングラインの処理というよりもオス型とメス型の間に断層があるようなもので、とにかくひどい。
なるほど手先の鍛錬にはよいのかもしれないが、これは大変だ。
何せバリや成形不良が多すぎて、そのままではまともに組むこともできないのでしっかりとヤスリやその他で成形してやらねばならないのだが、それもひどいところが目立つというような生やさしいレベルではなくて、全体が酷すぎてまともなところがたまにあるという始末、癌でいうなら全身に転移して手のつけようがないステージ4といったところか。

ダボピンとダボ穴の寸法がまるであっていない

ひどいといえば設計自体もひどいもので、まともに組めるダボがひとつもない。
穴がでかすぎるか小さすぎるかのいずれかで、設計した奴は一体何を考えていたのか知らんが、こんなことでは中国の子供に愛国主義教育をするどころか愛国主義が嫌いになってしまうぞ。

パースを仮組みしたところ

一応1/300というスケールになってはいるのだが、とにかくスケール感も何もあったものではない。
いっちょ前にプラパーツでついている手すりはどう見ても1/72くらいのサイズだし、甲板のモールドに至っては1/35でもでかすぎるくらいだ。
パーツの省略がひどいのはまあいいとして、艦橋というかフライングデッキ上の指揮所などぜんぜん形が違うものも多く、考証ということがこれほどいい加減なキットもめずらしい。
30.5サンチ砲にしても実際には25口径ですごく砲身が短いカニ目のようなものだったのだが、キットでは異様に長い砲身になっている。
これだと砲を横に向けたら艦が傾くのではないかと思ってしまう。
こういうあたりに中国の国威発揚のバイアスが見え隠れするのだけれども、すくなくともスケールモデルとは呼べないな。
それでも定遠の記号は一応揃っているようだし、過渡期の装甲艦のイメージはなんとか伝わってくる。
ここまで手掛けた時点で、これ中国の子供にはぜったいに組めないことを確信した次第、ならばどんな風に仕上げようかと思案したが、どうせ考証も何もあったものじゃないひどい出来のキットなので、手を加えたところで大して見栄えはしないに違いない、ではせめて中国の子供が作る前にイメージしているような、きれいに作られたお手本のような作例にしてやろうと決めた。

不要な穴をパテでふさぐ

とはいえちゃんと組めるようにするには下処理が肝心だ。
いい加減なダボ穴にたよらないよう使わない穴はパテで埋めてしまおう。
それからリギング(張線)を貼る部分には感心にも穴が開いているが、タコ糸でも通すつもりなのか、1㎜以上あるようなでかい穴が開いているのでこれも埋めよう。
とにかく塗装前にめちゃめちゃ盛りまくって削りまくるのが中国の安物プラモの特徴といえるだろう。

下地処理のサーフェイサーを吹く

サーフェイサーによる下地処理が終わったらようやく楽しい塗装だ。
塗装をすることでプラモは単なるプラスチックのオモチャから精密な模型へと変身する。
最近は多色成型で塗装が不要なガンプラのようなキットが増えてきたが、ああいうのはレゴブロックと同じで所詮はプラスチックの成形色だ。
プラモはやっぱり塗ってナンボだ。
正直ここまでたどり着くまでがえらく大変で、中国の子供は多分大半が投げ出すに違いないと確信している。

細かい塗り分けを進める

ある程度塗装が進んでくると、やっておきたいことが出てくる。
それはエッチングの手すりの追加だ。
これをやるのとやらないのでは艦船模型はスケール感がまるで違ってくる。
ましてスケール感も考証もめちゃくちゃなこのキットはそのまま組んで色を塗っただけではなんだかモールドのだるいオモチャにしか見えないに違いない。
というわけで、日本のおっさんモデラーは飛び道具の1/350汎用エッチングパーツを取り付けにかかるのである。

エッチングの手すりを塗装しているところ

1/350用なので若干スケールダウンになるが、まあ雰囲気が出ればよかろう。
幸い定遠はあまり複雑な手すりの曲げが要らず、ほぼ直線なのでやりやすい。

キットと一緒に中国から輸入した伸縮性張線

エッチングパーツを付けたら、もう一つやりたいことがある。
それは張線の追加だ。
船はマストやアンテナなどから無数のワイヤーが伸びていて強度を出すようになっているのだが、これを再現するかどうかで模型の出来栄えが天と地ほど違う。
大昔は伸ばしランナーを使うとか髪の毛を使うとかの手法があったが、片方をピンと張るともう片方がタルんでしまうというようなことになり、なかなか難しかった。
今ではいいものがあって、これは伸縮性の素材でできていて、軽い力でテンションを張ることができるので細いプラパーツのマストであっても簡単にピンと張った張線が再現できるのがありがたい。
素材は多分エラストマーゴムかなんかだと思うが、瞬間接着剤との相性も良く、ストレスなく作業でき、またそれぞれが伸縮するので何かに引っ掛けてしまっても模型を破損してしまうリスクを大きく減らせるのもありがたい。
うむ夢の21世紀とはこういうことだな。

完成

そうして何とか完成した。
なるほど形は定遠といえば定遠かもしれないなというくらいには定遠だ。
スケールモデルのようにグラデーション塗装やウォッシングによる陰影表現などは一切行わず、「キレイなフネの模型」に仕上げたのだが、エッチングパーツと張線を追加したことでそれなりに精密感が出せたようだ。
しかしながら全体的にパーツがダルいのは仕方ないとしても基本設計がめちゃくちゃなので、せっかくのエッチングと張線もなんだか統一感がなく、まるでカップラーメンに本気のチャーシューを入れたような違和感がぬぐえない。
多分細かいパーツが一切ないせいもあるのだろう、そのうち気が向いたら舷側やミリタリーマスト上の見張り台に速射砲やガトリング砲なんかを自作して追加してやれば、それなりに密度感が出るかもしれないな。

ともかく中国の子供には素組みでも完成は無理だ、ああ絶対に無理だ。
中国の愛国主義教育も前途多難だなとつくづく思ったのであった。

この時代の軍艦には衝角(ラム)というのが艦首水線下にあって、こいつを敵艦のどてっぱらにぶつけて沈めるというようになっており、日清戦争の黄海海戦でも定遠は衝角攻撃を試みたらしい
艦尾にある龍のレリーフがいいアクセントになっている
なんだか宮崎駿が飛びつきそうな要望の軍艦だが、実は今から30年以上前に模型誌のモデルグラフィックスで宮崎駿がこいつをモチーフにした漫画を描いたことがあるのはあまり知られていない
細かいパーツがないのと甲板のモールドが荒すぎるのでえらく甲板が間延びしてしまって見えるが、速射砲なんかを自作で追加したらもうちょっと模型映えするかもしれない

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