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Elvis Presley/Elvis~エルヴィス登場時の勢いを余すことなく体現したセカンドアルバム

エルヴィスのセカンドアルバムは1956年の10月に年末のクリスマス商戦に合わせ発売された。遡る事9か月の56年の1月末にエルヴィスは当時まだ出たばかりのメディアであったテレビを通じて全米お茶の間に視覚を伴って紹介された。彼がそこで披露したサウンドやヴィジュアルやアクションは当時アメリカ世論を形成していた白人中流家庭の間では暗黙の了解のように禁忌とされていた黒人音楽の要素が強く「公序良俗を乱すけしからんもの」として良識派から反発を買い、数回のテレビ出演を重ねる度に騒ぎはますます加速し良くも悪くも時の人となり話題性の瞬間最大風速が最高潮の時に仕掛けられたレコードだ。

目論見通り売れに売れたと見えて複数のプレス工場をフル稼働させてレコードを製造したのか、アナログオリジナル盤の装丁やレーベルデザインに細かな差異が無数に存在し、後世のコレクターを惑わす一枚となっている。

adバックと呼ばれる裏ジャケ。当時のRCAのおすすめのレコードが紹介されているが全てパターンが異なる。広告が入らないパターンや真ん中の解説がごっそり抜けたミスプリバージョンなんかもある。紹介されているのは聞いたこともないような多分イージーリスニングのレコードばかり。これが当時の音楽シーンの現実なのだろう。

後の大躍進ぶりやこの後続々と出るヒット曲の数々・・・等の史実と照らし合わせると収録曲が若干地味な印象がある一方、ロックンロールファーストイヤーにして地球人類史上エルヴィスのために用意されていた、と言っても過言ではない「1956年」のエルヴィスの魅力を余すことなく伝える充実ぶりで個人的には実質これが本来のデビューアルバムなのではないかと思っている。

というのもこの半年ぐらい前に発売された彼のデビュー作はエルヴィスの地元メンフィスのローカルレーベル、サンで録音された曲が混ざっていたり、レコーディングもナッシュビルとニューヨークのRCAスタジオの2か所で行われていたのに対しセカンドアルバムは12曲中11曲が1956年の9月初頭にハリウッドのRCAラジオレコーダーズで録音され、そこから1か月ぐらいで一気に市場に登場した、いわばスタジオライブをそのままパッキングしたような活け締め感があるのだ。

それを反映するかのように、オリジナル盤の中にはトラック番号を示すレーベル表記が通常は1,2・・・となるところをBand1,Band2・・・となっているバージョンが存在する。なぜこういう表記のものが混在しているのか?という理由は公式には発表されていないと思うが、このアルバムに収められている演奏を聞けば誰からともなくそういう表現をしたくなる気持ちはわかるような気がする。

バンド1,2のパターン。自分が所有するこのパターンは2枚ともマトは3。それ以外にもフォントの違いやクレジットの些細な違いなど無数にバリエーションが存在しすべてをカバーするのは実質不可能。


通常のトラック番号パターン。マトが1だから最初はオーソドックスなトラック表記だった…とするのは早計。ジャケの装丁的に初回プレス時点でかなりの番号、17や18までマトが進んでいた形跡もありマトリクス番号はあてにならない。

エルヴィスの歌をサポートするのはメンフィス時代からエルヴィスと活動しているギターのスコッティムーア、ウッドベースのビルブラック、ドラムのDJフォンタナからなる通称ブルームーンボーイズに一部セッションマン達が加わった形。

このアルバムはそんな南部のローカルバンドが一夜にして全米随一の大手のレーベルとコントラクトを結び、あれよあれよとハリウッドやNYといった大都市エンターテイメントのマナーに取り込まれ、それまでと全然違う環境で憧れのチェットアトキンス等大物ミュージシャンやプロデューサーのディレクションを受け、大手のレコードにふさわしい音に最適化すべく鍛えられ、とまどいつつも意地とプライドをかけ、自らを育んだ南部随一の肥沃なミュージック/ブルーズシティ、メンフィスのビールストリートへの恩に報いるように魂のプレイを叩きつけその地のサウンドを世界へと羽ばたかせた若者たちの誇りの記録でもある・・・という点に思いを馳せながら聞くのも又一興である。

1,Rip it up
RRオリジネイターとしてエルヴィスと並ぶ存在であるブラックロッカー、リトルリチャードのカバー。DJフォンタナのスネアのヒットが曲にスピード感を与えるアンサンブルが見事。ローカル時代のカントリー色はナリをひそめ、ロカビリーから一歩前進した、新しいメインストリームのブルータルでプログレッシヴなハードコアミュージックとしてのロックンロールの登場を高らかに宣言しているかのようだ。

2,Love me
シングルカットこそされていないにもかかわらずチャートに登場した人気曲。代表曲のLove me tenderとは別曲。70年代のステージでの定番曲でもある。自分がエルヴィスを聞き始めの頃お気に入りだった曲でまだ楽器も始めていない、音楽理論はおろか楽器の音の判別すらできないような当時の自分の耳をも捉えたキャッチーでブルージーでポップな佳曲だ。

3,When my blue moon turns to gold again
白人であるエルヴィスはカントリーフィールドの影響も大きく、これはそんなバックグラウンドを反映するかのような軽快なカントリーポップ。メロディックながらブルーノートやミステリアスな和音を効果的に駆使したギターソロはスコッティムーア屈指の名演の一つ。

手前味噌だが、この埋もれた名演がもっと注目される事を祈ってレクチャー動画を作ったことがある。この手の動画を作り始めた初期のもので手書きの譜面が我ながら味わい深い。

4,Long tall Sally
これもLリチャードのカバー。この曲のカバーバージョンは数あれど個人的にはエルヴィスのバージョンはトップレベルでかっこいいと思う。デカいアメ車のごとく余裕を感じるノリが醸し出す摩訶不思議なスピード感を紐解く鍵はスウィング感がしみ込んでいるこの時代の演奏家がストレートなビートでプレイしようとする際に生じる「感覚と意志と出音の齟齬」が生み出す特有の質感・・・のような気がするが、この辺りは追求すればするほど色んな事が見えてきて個人的には永遠の課題。ロックンロール登場前の世代が現役でプレイしていた時代ならではの「究極の本物のロック」の凄み・・・である。

5、First in line
700曲近くある生前のエルヴィスの楽曲の中ではかなり地味な存在だが王道な感じのストレートな進行のわかりやすい曲で個人的には結構好きな曲。良くも悪くも迷いを感じるアレンジが味わい深い。ベスト盤の類には間違っても入らないようなこういう曲こそアルバムを聞く醍醐味。

6、Paralyzed
記録としてはエルヴィス生前最大のヒット曲となった「Don't be cruel」や57年のno.1ヒット「All shook up」等を作曲した黒人コンポーザー、オーティスブラックウェルの作。軽快なポップンロールの質感が2曲と似ているが、個人的にはこの曲の方が圧倒的に好み。50年代は性的な事は勿論クスリを思い起こす歌詞も絶対NGだったためタイトルの「Paralyzed/麻痺させる」や歌詞中の「Hypnotized/催眠にかかって」みたいな部分が引っ掛かり大々的に売り出されず、エルヴィス定番曲としての地位を得られなかった事が残念でならないが逆に革新的すぎて受け入れられなかった隠れた名曲・・・と言う意味では尊い。そんなヤバめの単語を比喩的に用いつつ内容自体は意中の相手に屈託なくストレートにわかりやすく思いをぶつけまくる古き良き時代ならではのもの。 

7,So glad you're mine
オリジナルではここからがB面。エルヴィスのローカルでのデビュー曲That's all rightのオリジネイターでもあるブルーズマン、アーサークルダップのカバー。この曲だけ前のアルバムのセッションから収録されている。ここでのギターソロで聞ける少しドライブしたトーン、この時代の白人ロックギタリストとしてはぶっちぎりの黒っぽさがスコッティムーアを自分の中で特別な存在にしている所以だったりする。

8,Old shep
「共に育った愛犬が年老いて目も見えなくなり老衰で動けなくなり銃殺せざるをえない少年」の心情を歌った実に悲しい曲で、ペットの介護や保険も存在する現代からすると色々と凄すぎる内容。オリジネイターのカントリー歌手レッドフォーリーの実話に基づいてるらしいが銃殺…てのが実にテッドニュージェント・・・じゃなくてアメリカン。少年時代のエルヴィスが地元の歌のコンテストで賞を取った際に歌った彼の想い出の1曲でもある。この曲の編集忘れバージョンが収録されているオリジナル盤が存在したり・・・とコレクター的にも印象深い曲。

9,Ready Teddy
これもLリチャードのカバーでエルヴィスのバージョンはシングルカットもされておらず、記録的にはそこまでの成果は残してないものの当時はTV出演時にも取り上げており、彼のレパートリーとしてそれなりに浸透していたはずの曲。ラウドでファストでブルータル・・な文句なしのロックンロールで先に述べた50年代特有のスリリングなエイトビートがキマりまくった最高のカバー。先にこのアルバムはバンド感・ライブ感が強い・・・と書いたがこの曲に一番顕著に表れている気がする。ギターの間奏ブレイク部でタイミングが怪しくなるのもライブならでは。

この曲のギターソロも個人的に大好きで少し前にレクチャー動画を作成。noteの記事としても取り上げている。

10,Anyplace is paradise
これもアルバムならではの隠れた名トラック。ギターソロも秀逸。スコッティムーアのゴリゴリのブルースプレイという意味ではこのソロが一番かもしれない。ギブソンL-5というウェスモンゴメリーの使用で知られるジャズ向けの機種で弾かれているはずだが、ダーティでワイルドでロックなドライブトーンはきっと地元メンフィスのロウなブラックブルーズメン仕込みだ。

11,How's the world treating you
エルヴィスを聞き慣れた身としてはメロディー的にここはこう行けばもっとエルヴィスが映えそうなのに・・・みたいなものを感じる曲だが、この時点でエルヴィスはまだデビューして1年未満の新人で色々と確立されておらず一応ヒットは出ていたものの持続せずワンヒットワンダーで消える可能性もあった新人歌手の一人に過ぎなかった・・・みたいな事を考えながら聞くとまた聞こえ方が違ってくる。

12,How do you think I feel
カントリー的なポップなコード進行がスーパーキャッチーな曲でこれも自分が楽器を始める前の純粋なリスナーの頃に大好きだった曲。カントリー歌手ウェブピアーズの作で50年代中期ぐらいに複数のカントリー歌手のバージョンが存在した。エルヴィスはローカルのサン時代にもこの曲にトライした形跡があるが、不完全な音源しか残っていない。個人的にアルバムの中ではかなり好きな曲の部類に入るのでサンの完全バージョンを是非聞いてみたかった。

おまけ

エルヴィスのディフジャケの中でも人気が高い英国ファーストプレス。収録曲は同じ。後のブリティッシュビートの面々達、ジョン、ポール、ミック、キース、ピート、レイ、デイブ、エリック、ジェフ、ジミー…がキッズだった時分に慣れ親しんでいたはずのジャケ…と考えると、ロマンが広がる。


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