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野球選手に多い肘のケガ〜UCL損傷の保存療法について〜

【はじめに】

野球選手に多い肘の怪我として肘の内側側副靱帯(尺側側副靭帯:UCL)損傷があります。

最近では中日ドラゴンズのドラフト1位ルーキーである草加投手が新人合同自主トレにて上半身に違和感を訴え、検査の結果「右肘内側側副靱帯損傷」と診断されたと報道されています。


UCL損傷の治療としては主に手術と保存療法に分けられます。

手術は昨秋に大谷翔平選手が受けたトミージョン手術が有名ですが、保存療法はどのような治療があるか知っていますか?また、保存療法した際の競技復帰率はご存知ですか?


今回はUCL損傷の保存療法について話をしたいと思います。

【UCL損傷の保存療法】

■保存療法による競技復帰率の変移

年々UCL損傷は増えてきていますが、実は競技復帰率も上昇してきています。

最初の報告として、Rettigら1)は2001年に保存治療による競技復帰率を42%と報告しています。


そこから15年後の2016年にFordら2)が再検討しています。

彼らは2006〜2011年の期間にMLBとその傘下のMiLB6球団で発生したUCL損傷43件を4つの重症度別に分類し、調査しました。

重症度 I:完全な靭帯で浮腫があるもしくは浮腫もない
重症度 IIA:部分断裂
重症度 IIB:慢性治癒外傷(カルシウム沈着から 石灰化)
重症度 III:完全断裂

その結果、再建術を受けなかった選手28名のうち,重症度Iの4名はすべてRTSP(100%)まで復帰し、重症度IIAは6名中5名(83%)がRTSP、重症度IIBは 18名中17名(94%)がRTSPまで復帰しました。


これを見ると15年間でかなり競技復帰率は向上していることがわかります。

ちなみにRTSPというのはreturn to the same level of playの訳で、単純に競技復帰(return to play:RTP) するだけではなく、術前と同じ競技”レベル”に復帰することを言います。


そして、最近UCL損傷の保存療法のシステマティックレビュー&メタアナリシスが発表されました。次にこの論文の要約を紹介します。

■保存療法のシステマティックレビュー&メタアナリシス

論文名:肘関節尺側側副靭帯損傷に対する非手術的治療後のスポーツ復帰: 系統的レビューとメタ分析3)

【背景】
肘尺側側副靭帯(UCL)損傷の非手術的管理の有効性は不明である。そこで非手術的治療を受けたUCL損傷のアスリートにおけるスポーツ復帰率(RTS)と以前のプレーレベルへの復帰率(RTLP)を明らかにすることを目的とした。

【方法】
系統的レビューとメタ分析を行い、包含基準はUCL損傷の非手術的管理後のRTS転帰について報告したレベル1~4のヒト研究に限定した。

【結果】
平均年齢20.45±3.26歳の患者365人からなる合計15の研究が同定された。
治療は主に、理学療法を併用した多血小板血漿(PRP)注射(n=189人;n=7研究)と理学療法単独(n=176人;n=8研究)から成っていた。

  1. 全体のRTS率は79.7%、全体のRTLP率は77.9%であった。

  2. UCL損傷の重症度グレードが高くなるほど、RTS率は低くなった。

  3. 近位部断裂のRTS率(89.7%;n=61/68)は、遠位部断裂のRTS率(41.2%;n=14/34)よりも有意に高かった(P<0.0001)。

  4. PRP治療を受けた患者と受けなかった患者では、RTS率に有意差は認められなかった(P = 0.757)。

【結論】
UCL損傷の非手術的治療を受けたアスリートにおいて、全体のRTS率は79.7%、RTLP率は77.9%であり、特にグレード1およびグレード2のUCL損傷では良好な転帰を示した。近位断裂のRTS率は遠位断裂のそれよりも有意に高かった。選手はPRP注射と理学療法による治療が最も一般的であった。


個人的にはこういった競技復帰率を頭に入れておくことは、患者さんや選手、指導者、保護者に説明するときに使えるかと思います。

そして、ひとくくりにUCL損傷とするのではなく、その重症度や断裂部位を知っておくことも重要です。PRP療法についても近年一般的になっています。

次はそのPRP療法とUCLの断裂部位に関する報告を紹介します。

【PRP療法と断裂部位】

冒頭に挙げた中日・草加投手も保存療法を選択し、『PRP療法』も視野に入れることが報道されています。

PRPとは多血小板血漿(Platelet-Rich Plasma)のことで、自身の血液から取り出した血小板を高濃度に含んだ血液を患部に注射して自然治癒力を高めて治す治療法です。復帰までの時間が短い半面、効果の出方に個人差が大きい側面もあります。
過去には田中将大投手がヤンキース時代の2014年に右肘内側側副靱帯の部分断裂で故障者リスト入りした際にPRP注射を受けると、約2カ月半で実戦に復帰しました。

https://www.chunichi.co.jp/article/838783


ただし、PRP 療法は現時点において確立した療法でなく、PRPに好中球を含有させるべきか否かの議論4)もあるようです。

■PRPの治療成績

①Podestaら5)による報告(2013)
27名の野球選手(プロ野球選手2名・大学選手11名・高校選手10名・リトルリーグ選手1名/うち投手16名)を含む合計34名のオーバーヘッド選手にPRP療法を施行し、その成績を報告しています。

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