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花屋日記 そして回帰する僕ら

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ファッション女豹から、地元の花屋のお姉さんへ。その転職体験記を公開しています。
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#人生

「花屋日記」35. 天に向かって放て。

 鬱が脳の病気だということは、どれくらい世間に知られていることなのだろう? 私は自律神経の影響で2年近く、まったく読み書きができなかった。新聞を読んだり小説を読んだりしても、とにかく言葉が私の脳にとどまらず、一行を読んでも次の行を読むときには前の行の記憶が飛んでしまう。頭の中にもいつも靄がかかったようで、私は自分の思考さえ捕まえることができなかった。  これまで文章を書くというアウトプットを自分の表現活動の軸にしていた身としては、それは現実的に死にたいくらいショックなことだっ

「花屋日記」11. どこまでも邪魔なファッション脳。

 私はめんどくさいスタッフだったのだろう。そもそも新人なのにハタチではないし、中途半端にキャリアがあって、花の経験もまったくのゼロではなかったから。例えば店長に 「ピンクとイエローは絶対混ぜちゃいけない色だから」 と言われた時も 「なぜですか?」 「だって、ピンクは優しくてイエローは元気な色だから、普通混ぜないでしょ?」 「でも、例えばやわらかい色合いもありますし、お客様のお好みによってはその取り合わせも注文される可能性はありませんか? そういう場合もお断りした方がいいのでし

「花屋日記」10. 「あなたにこんな商売は向いてない」

 現実的な話をすると、花屋で働き始めて戸惑ったことの一つは商品単価が安いということだった。丸一日働いて、けっこうな数のオーダーをこなしても「花屋の売上ってこんなものなんだ!? そりゃ私たちの人件費もケチられるわけだ…」と思うような額にしかならない。閉店後のレジ締めをするたびに、私は毎晩愕然とした。びっくりするほど儲からないのだ。そして 「花なんて買う意味ある? 食べ物ならともかく」 「なんで花束ってこんな高いの? どうせ枯れるのに」 と冷ややかに見ていくお客様だって一定数おら

「花屋日記」9. 美しいのは花じゃなかった。

 花屋のスタッフは皆、エプロンの上からシザーケースをつけている。美容師さんが腰に付けているようなアレだ。中に入れているのは、専用のハサミとナイフ、ボールペンにメモ帳、そして店のオーダーシートなどだ。(私は不器用なので、手を切った時のための絆創膏もマストだった。)  私は毎日、オーダーシートを片手に接客をする。尋ねることはだいたい決まっているし、それほど細かな指定をしてくる人も多くはない。だがお客様の予算や用途、花のイメージなどを何百回とお聞きしていくうちに、私はだんだんとそ