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花屋日記 そして回帰する僕ら

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ファッション女豹から、地元の花屋のお姉さんへ。その転職体験記を公開しています。
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#バラ

「花屋日記」49. モード界に一番近いバラ。

 花屋での最終日、私はたくさんのプレゼントを受け取った。スタッフからのメッセージカードやブーケ(花屋から花屋へ渡されるブーケなんて、実はめったにないことだ)、そしてセキュリティチームのモトヤさんがこっそり手配してくださったというホールケーキまで店舗に届けられた。元料理長ならではの、さすがのチョイスだった。  常連だったシノダ様は店で一番大きなブーケを購入され、それを私に「プレゼント」と言ってくださった。店長は後ろでそれを見て見ぬ振りをしていた。もしかしたらこちらの裏事情をいつ

「花屋日記」31. 「15本のバラ」の秘策。

「いえ、ちょっとね…妻と喧嘩したんですわ」  私がブーケのご用途をお尋ねすると、その方はバツの悪そうな顔で首元を掻きながらおっしゃった。スーツをお召しになった40代くらいの男性だ。 「あら、それは大変ですね」 「僕が悪いだけじゃないんですけど、でも僕が謝ったほうがいいんでしょうねえ…」 原因が何だか分からないので、返答が難しい。 「旦那様から謝ってもらったら、きっと奥様は嬉しいでしょうね」 私は言葉を選びながら相槌をうった。 「うん、いつもそうなんです。そのほうが結局うまく

「花屋日記」30. それはすでに情熱と呼ばれるもの。

 6歳くらいの男の子がうれしそうに店に駆け込んできた途端、 「なにしてるのよ、やめなさい!」 と母親の叱る声が聞こえた。しかし少年は気にもとめず、ブーケひとつひとつに見入り、棚の上の観葉植物も興味津々に観察しては「サボテンだ!」と歓喜の声をあげたりしている。こんなテンションの高いお客様のご来店は久しぶりだ。  やがて「これがほしい」と少年が言うのが聞こえた。 「なんでよ、出来合いのブーケじゃだめなの?」 「このお花がいいんだよ」 少年が迷わず指差したのは「オールフォーラブ」

「花屋日記」22. バラをめぐる夜の攻防戦。

 うちの店では「柳井ダイヤモンドローズ」というブランドのバラを束にして定番商品にしている。人気品種がミックスで山口県の産地から届くので、毎週買っていかれるリピーターも多い。  ある晩、ブルーの作業着を身につけた無骨そうなおじさまと、部下らしき男性3人があとに続いて店にやってきた。どうも飲み会の帰りらしい。 「バラはないか? 俺、バラが好きなんや」 とおじさまが上機嫌で言う。 「今朝届いたばかりのバラのブーケがございますよ。これは『シェドゥーブル』と言ってロゼット咲き(花弁が