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ツバメの巣立ち

四月の中旬、玄関ポーチに、ツバメが巣を作った。
はじめのうちこそ、ツバメの巣作りや子育てを面白がって眺めていたが、子が成長するにつれ、少々汚ない話で恐縮だが、その糞の多いことに困惑した。床に敷いた段ボールの上に、たちまち糞が積もり散り、段ボールを日に二度、三度と交換しなくてはならなくなった。その上、糞は段ボールの外にも、回りの壁にも飛散して、掃除するのが日課になった。
生き物の世話することの大変さを、今更ながら思い知らされた。
それでも、子ツバメたちは、みるみる成長して、天井下の泥の巣の縁から顔を出してあどけない小さな黒目で遠くの空を見ていたりする。

ツバメの成長は、とてもはやい。
天敵の多い自然界では、一刻も早く自立しなくてはならないようだ。実際、我が家のツバメの巣も二度ほどカラスに襲われて、ツバメのねぐらを壊されそうになったが、場所がよかったのか幸運なのか、巣の縁が僅か欠けただけで事なきを得て、ツバメたちは確実に成長していった。
巣作りから二ヶ月ほど経ったある日、泥の巣の様子が違っていた。辺りには、生命の気配がまるでない。澄んだ静けさばかりが満ちていた。
巣は、空であった。
家の前の電線に、四羽の若鳥が、等間隔に並んでいた。時々、短く笛を吹くように囀ずり、親鳥を待っている。
この小さな体が、五千キロの長旅に出立するのは、いつのことになるのだろうか。
私は、足音を忍ばせて、そっとその場を離れた。


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