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鳩の礼節

山鳩の餌付けを始めて、かれこれ二年になる。
朝、空を仰ぐと、家並みが続く先に伸びる電線に鳩が止まっているのが、小さく見える。かと思うと、我が家の直ぐ前の電線に鳩が二羽並んでいることもある。いつぞやは、朝起き抜けに窓の外を見ると、庭のバラのアーチの先に一羽の鳩が、チョコンと止まっていて、私は、慌てて撒き餌の用意をしたことがあった。
山鳩は、神出鬼没で同じ時間、同じ場所に現れるなどということは、まずない。
山鳩は、極めて用心深い野鳥なのである。
過酷な自然の中で、命のやり取りをして生きる山鳩にとって、野性を失いペットのごとく人に懐くということは、とりも直さず己が命を縮めることになるのだろうと一人勝手に納得している。

気ままで可愛いさの欠片もない山鳩であるが、私は、餌付けを続けている。
何より近所迷惑にならないように細心の注意を払いつつ、雀の襲来を避けながら、鳩の気配を見定めて、餌台に穀物を撒いておく。
すると、たちまち雀が押し寄せて、餌台の上は、見るも無惨に食い荒らされるなんてことは、しばしばだけれど、そのまま放って置くと、いつとはなしに、餌台の上は綺麗になっている。
山鳩が来たのである。
その清潔な様は、まるで誰かが、箒でもって清掃したようであった。
私は、この行儀の良さ、礼儀正しさに魅かれて
何の得にもならない、まして徳にもならない餌付けを、この二年間ずっと続けてきたのではなからうか、と思うことがある。

先日、夕暮れ時に帰宅した。
門を入ると、夕闇の迫る庭先に、一羽の山鳩がいた。山鳩は私に気付くと、立ち止まり、狼狽えたように辺りをキョロキョロ見回した。
山鳩は、その日、餌に恵まれず、お腹を空かせて、日の暮れかかる中、我が家に来たのだろうか。
私は、急いで、しかしながら、足音を忍ばせて、水を満たした水盤を用意し、その脇に穀物を撒いておいた。
しばらくして行くと、既に山鳩の姿はなく、餌台の上は、綺麗になっていた。

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