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「普通の年になりますように」豪雨被害を受けた秋田の農家の願い、原点とつながり続ける記者の活動

こんにちは、青森支局の赤羽柚美あかばねゆみです。私は昨年7月の秋田県での豪雨被害で知り合いの農家を取材し、以下の記事を書きました。

ただ、この記事では、私が農家の佐々木義実ささきよしみさんを豪雨被害の前から知っていたことには触れず、佐々木さんが米作りにかける情熱を伝えきることができなかったのではないかという思いが残りました。

なぜ佐々木さんが山あいの田んぼを続けてきたのか。
どうして青森の記者である私が佐々木さんを取り上げたのか。


今回は、記事を書いた理由をストレートに伝える大阪支社noteという場を借りて、私の目線で、佐々木さんの農業に対する姿勢を紹介します。


■ 出会い


秋田県大仙市大沢郷宿椒沢の「秋田百笑村」の佐々木さんは、無農薬にこだわり手間暇かけて米と肉牛を育てる農家です。

現在記者になって2年目の私は、学生時代に佐々木さんに出会いました。

佐々木義実さん

当時、私はコロナ禍で留学も行けなくなってしまい、秋田県仙北市の劇団わらび座の事業部でインターンをしながらオンライン授業を受けていました。わらび座では修学旅行の中学生を佐々木さんら地元の農家と繫ぐ事業もしており、コロナ禍で修学旅行がなくなったり、劇団の仕事も減ってしまったため、会社の方々とともに佐々木さんの田んぼで稲刈りや「はさがけ」を体験させていただいたのが始まりです。

はさがけとは、刈った稲を束ねて、木で組んでつくる「はさ」にかけて天日干しにして乾燥させる工程です。近年は乾燥機を使う農家が増えましたが、佐々木さんは「はさがけをすると、稲わらの養分も追熟して米がおいしくなる。それに、できたわらを飼っている牛に食べさせたり、地域のお祭りの大綱引きなどでも使う。昔ながらのやり方には意味があり、農村の文化も残したい」と言います。

私は佐々木さんのこだわりをもって仕事をする姿に感銘を受けました。時短や便利さを求める現代において、手間のかかる作業を丁寧に行い、それを楽しんでいる姿はむしろ新鮮でした。

はさがけをした稲と大学時代の記者

「いただきます」という言葉は、命やご飯をつくってくれた人に対しての感謝を込めて言う言葉と教えられましたが、佐々木さんの「食べる人に喜んでほしい」という思いを知ってからは、一層心を込める言葉になりました。

そして、自分が体験したものをもっと多くの人に知ってもらいたいと感じ、メディアなら伝えられるのではないかと感じたのが、記者という仕事を選んだ理由のひとつです。佐々木さんとはインターンが終わってからも農作業の体験をさせていただいたり、玄米を買ったりして、繋がりを持っていました。

■ 豪雨


昨年7月16日、秋田が豪雨で被害を受け、テレビでは秋田駅が浸水する様子が流れていました。見慣れた場所の被害に驚いていた中、佐々木さんから1通のメールが届きました。

田んぼも道路もまだ冠水中。
今年の稲作は不作だな。
今の時期は稲の茎の中で幼い稲穂を形成してるけど
24時間以上水没してるから稲が窒息だ

メールに添付されていた画像

大好きな風景が、毎日食べている米が、大変な被害を受けている。私にできることはなにか―。

私は青森支局に所属する記者ですが、いてもたってもいられなくなり佐々木さんに詳しい状況を聞こうと電話をしました。

佐々木さんは、自分の集落は道路が冠水したため1日半孤立して、浸水した米は例年の半分もとれないかもしれないこと、山あいにある田んぼでは土砂崩れが起きたことを教えてくれました。

「この田んぼは昭和45年に減反政策が始まったとき真っ先に減反した。でも20年もしたらどんどん荒れて、18代続く祖先に申し訳ないと思ってなんとか復田した、俺の思い入れの田んぼなんだ」と残念がりました。

そして「家に住めなくなった人も大勢いる中で、こんなのたいしたことないよ。記事になんてならないよ」と諦めた様子で話すのでした。

山あいの田んぼは私が学生時代に稲刈りの体験をさせていただいた田んぼでした。大きな機械で作業せず、バインダーや鎌を使い手間をかけてきた田んぼです。佐々木さんが「ここで仕事をするのが楽しい」と話してくれたのを思い出して、悔しくなりました。

土砂崩れが起きた、山あいの田んぼ

■ 記事を書く


取材した内容をデスクに伝えると、豪雨による農作物の被害の記事の一部として7月21日に配信できることになりました。秋田の地元紙に掲載され、佐々木さんにはたくさんのお見舞いの電話や訪問があったといいます。

そして、7月23日にさらに取材をするため佐々木さんに会いに秋田に行くと、集落では住民が集まって道路や用水路に流れ着いたゴミを取り除く作業をしていました。佐々木さんは「ここまで水が来ていたんだ。水と一緒にゴミが流れてきた」と被害を説明してくれました。

被害を説明する佐々木さん

山あいの田んぼの土砂崩れも見に行きましたが、言葉が出なくなりました。土砂崩れの影響で用水の水が流れなくなる被害もありました。税金を使って、土砂をどかすことも提案されましたが、これ以上山の斜面が崩れないようにするための簡単な工事をするといいます。

溜まってしまった用水の水

正直、直接被害を見ると、記者として被害の様子を伝える記事を書くだけでは何にもなっていないのではないかと思い、無力さに落ち込みました。そこで、デジタル用の記事では今後同様の被害を防ぐために、なぜ被害が起こったのかを調べようと思い、秋田県と国土交通省東北地方整備局に取材をしました。

豪雨の取材をする中、8月には猛暑が続き、佐々木さんの田んぼでは大干ばつが起きました。そして、9月の収穫では、冠水した平地の米の収穫が4割減少。米は香りが少なく、つやが無いものもありました。殺虫剤を全く使用していないので、虫の被害で黒っぽくくすんでいるものもありました。

「毎年新米を食べるときには感動するが、今年は物足りない」と残念がり、「今年は肥料と農薬の価格がやたらと高くなりかなりのコスト高となった。50年農家をしていてこんなに厳しい年はなかった」と話してくれました。

■ 重み


11月、佐々木さんの米を食べきったので、新米を買いました。「おいしくないけど我慢して食べてくれ。悪いな」と言われたので、少しどきどきして食べましたが、いつも通りのおいしいお米でした。私は玄米で食べるので、確かに黒っぽくなっている米もありますが、気になりません。

佐々木さんに送ってもらったお米

佐々木さんは、毎年修学旅行で農作業体験に来ている東京の中学校の文化祭に参加し、お米を販売したところ、たくさん売れたと言います。また、見た目の良い米を農協の検査に出すと「これまで何万俵と検査した中で、一番良い米だ」と言われたそうです。佐々木さんは「何十年も、自分たちで育てた牛や馬の堆肥を混ぜて、土作りにこだわってきたからかな」と分析します。

佐々木さんは今年の米の出来を残念がっていましたが、もともとこだわって作ってこられた米は、やはり良い米なのだと感じました。

毎日食べている、佐々木さんの玄米

私は、ほぼ毎食米を食べているので、佐々木さんの米が私のエネルギーになっているといっても過言ではありません。豪雨や猛暑を乗り越えた米は、一層パワーをくれます。

「来年は普通でありますように」

昨年末にもらったメールに書かれていた佐々木さんの願いです。全国各地で災害が起きる中、その言葉の重みを感じています。

青森・深浦の大イチョウの前で

赤羽 柚美(あかばね ゆみ) 2000年生まれ、東京都出身。
22年入社。神戸支局を経て、青森支局で県警や米軍基地など軍事分野を担当。老後に田舎でカフェを開くのが夢です。

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