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ヴェルビエ・フェスティバル2023①





30周年を迎えたフェスティバル、今後の30年は…


 今年も2週間に渡る『夏季ヨーロッパひとり研修旅行』を計画、実行しました。今回は旅行先をスイスに絞り、まずはピアニストのクララ・ハスキルが住んだVevey(ヴヴェイ)に数日間滞在してから、スイス国鉄やゴンドラを乗り継いでVerbierに移動、Verbier festival (ヴェルビエ・フェスティバル)で演奏会を聴いたり、マスタークラスを聴講するなど音楽漬けの日々を過ごしました。今年はヴェルビエ・フェスティバルにとっては30周年という特別な年で、これまでフェスティバルを支えてきた大御所のアーティスト達から若手アーティストまで、豪華な出演者による演奏会が連日続きました。オープニングのコンサートは現地では聴くことができなかったためメディチの配信を見ていましたが、第一回フェスティバルに出演した指揮者のズービン・メータ氏が30年ぶりに同音楽祭を訪れ、ピアニストのユジャ・ワンとラフマニノフのピアノ協奏曲第三番を演奏、華やかな幕開けとなったようです。オープニングでは行政、州当局の代表者、音楽祭のディレクター等がスピーチをしました。それによれば、今後30年、音楽祭を永続させていくためにディレクターの奥様が共同ディレクターに就任することが決まり、具体的にはヴェルビエにコンサートホールを備えた文化施設を建設し、リサイタルや室内楽のコンサートの他に、教育を目的としたプログラムの構想などのプロジェクトが進行しているそうです。

舞台裏に貼られた過去のフェスティバルのポスター
Église de Verbier 室内楽のコンサート


 ヴェルビエには2回しか行ったことがないのでまだまだ初心者ですが、この音楽祭の特徴と魅力の一つは、収容人数500から600人程度のこじんまりした教会で行われる室内楽のコンサートと、ありきたりではない意欲的なプログラムではないかなと思います。室内楽では初顔合わせと思われる意外なアーティスト同士の組み合わせもあれば、エベーヌ・カルテットように、常に固定メンバーで演奏活動しているグループのコンサートもあります。また、プログラムに関して言うと、今回特設会場で若手人気指揮者のラハフ・シャニによって上演されたベルグの難解なオペラ「ヴォツェック」は、珍しい演目で非常に楽しめました。2年前に話題を呼んだ、藤田真央さんのモーツァルトのピアノソナタ全曲ツィクルスも、ヴェルビエならではのチャレンジングな企画でした。観客が喜びそうなコンサートを提供するだけでなく、若手の演奏家が成長するきっかけになるような場を作ろうといった、ディレクターの意図を感じ取ることができます。

音楽祭の楽しみ方:演奏会を聴く

 演奏会の会場はÉglise de Verbier (教会)とSalle des Conbins(特設会場)の二会場があり、午前中11時からのコンサートはÉglise de Verbier、午後15時から1時間の短いコンサートが同じくÉglise で開かれ、夜はÉglise とConbinsの両方で演奏会があります。いずれもヴェルビエ中心地から徒歩圏内なので開演前になると皆さんゾロゾロ歩いていますが、少し離れた位置にある高級ホテルからは送迎用のナベットが出ているのを見かけました。特設会場のConbinsはキャパが大きく舞台も広いため、オーケストラの演奏会はこちらで行われますが、チケットが高いのに音響がイマイチなので教会の方がコスパが良さそうです。ただ、教会は客席がフラットで舞台が見えにくいのが難点です。

Salle des conbins 

 どちらの会場でもドレスコードはなく、とってもオシャレして聴きにいらしている80歳ぐらいのブルジョワジーなマダムもいれば、アカデミーの学生はTシャツで来ているし、服装は人それぞれです。また、遠方からわざわざ聴きにいく場合は、演奏者の直前キャンセルがわりとあることは覚悟しておかなければなりません。今回は30周年記念ガラ・コンサート出演とリサイタルを予定していたチョ・ソンジンが突然キャンセルになり、リサイタルの方は代わりにアレクサンドル・カントロフが弾きました。アレクサンドルも大人気のピアニストですが、ソンジンをかなり楽しみにしていた私は正直、ガッカリしながら会場に向かうと、客席には韓国人のお客さまがかなり聴きにいらしていました。わざわざ韓国からいらしていた人もいることを思うと気の毒でしたが、カントロフはブラームスの一番のソナタやシューベルトのさすらい人幻想曲をメインとした気合いの入ったプログラムを誠実に弾き、数日前に急遽決まったとは思えない素晴らしいリサイタルに会場は拍手喝采の大喜びでした。

音楽祭の楽しみ方:マスタークラスを聴講する

 マスタークラスは毎日午前中と午後に開かれていて、無料で自由に聴講できます。今回はまずピアノのリチャード・グード氏によるマスタークラスで、ベートーヴェンのOp.101の三楽章と、モーツァルトのK.332のレッスンを聴講しました。選抜されたアカデミー生達はレベルが高く、それぞれ異なるメソードで学んできているのに加えて、すでに個性やアピール力があるのはさすがです。マスタークラスの会場は数カ所に分かれていて、ピアノのマスタークラスは大抵Hameau(アモー)と言う別荘風の敷地の一角にある、小さなホールで行われていています。ヴェルビエの中心地からは離れているのでバスでのアクセスになりますが、まるで印象派の絵画そのままのような光が揺らめく庭をお散歩できます。別の会場でのマスタークラスに移動するためにバス停に向かっていると、同じくマスタークラスを聴いていた見ず知らずの数人が「車で送ってあげるよ」と、彼らの車に乗せてくれました。話を聞くと、ヴェルビエに持っている別荘に音楽祭とは関係なく滞在中で、時々マスタークラスを聴講しているのだそうです。バスは20分間隔でしか来ないので、彼らのご好意に甘え助かってしまいました。

Hameauの庭


ピアノのマスタークラス会場


 Chalet d' Adrienというホテルでは、ヴィオラのマスタークラスを聴講しました。本来、今井信子先生がレッスンされる予定だったのですがキャンセルになり、代わりにIsabelle Charisius(イザベル・カリシウス)というヴィオラ奏者が担当されていました。彼女はとても明るくフレンドリーで、ご自身の楽器を生徒に貸してあげたりしながら和気あいあいと、活気溢れるレッスンでした。一方、別の日に30分だけ聴講したオーギュスタン・デュメイによるモーツァルトのヴァイオリン・ソナタのレッスンは、これぞ正統派という感じの、ぐうの音も出ない的確なアドヴァイスを聴くことができました。そんなデュメイさんはiPadで楽譜を見ていらしたのですが、全く使いこなせていない様子がお茶目で微笑ましい光景でした。

ヴィオラのマスタークラス

Mont fort 標高3330へのエクスカーション

 ヴェルビエの街は標高1600Mに位置しますが、3回ゴンドラを乗り換えるとMont fort という標高3330mまで登ることができます。今年はなんとしてでもMont fortに登ってマッターホルンを見たい!と願っていたので、お天気がまぁまぁ晴れた朝に、思い切って登ることにしました。ホテルで山頂の天候を確認すると「気温は5度だけれど、空は比較的晴れてるよ」と教えてくれました。1回目のゴンドラを乗り換える地点に行くと、そこから2260まで行くためにスキーのリフトのようなチェアリフトタイプ(写真)に乗ることになり、一瞬怯みました。

Télésiège 壊れてなくても怖いでしょ。。。


4人がけの足がブラブラするブランコのようなチェアリフトに一人で乗り、「これ本当に大丈夫?」と不安になり後ろを見ると、後続の人たちはジェットコスターと同じような安全バーを自分達で上から下ろし、カチッと椅子に固定していました。安全バーがあることを初めて知り、慌てて真似して下ろしてみたものの、バーが壊れていて椅子に固定できず、手でぎゅーっと押さえていないと上に戻ってしまいます。必死で腕で押さえつけていましたが、空中にスーッと滑り出した矢先、なぜか1分ぐらいリフトが止まってしまいました。風が強いのでブラーンブラーンと左右に揺れるわ、安全バーは壊れているわで、あまりの恐怖に失神しそうになりました。
眼下には岩場が広がっていて、こんな高い所から落ちたら間違いなく怪我では済まない。ここで死んだら後が厄介なので、前だけを見てバーにしがみつき、ガクンとなる時に振り落とされないように気をつけながら、なんとか2260Mまで辿りつきました。数日前にVerbier に来ていたブルース・リウは、やはり同じタイプのゴンドラに乗ったり、スカイダイビングをしている写真をインスタに載せていたような気がしますが、あの人の運動能力は尋常じゃないですね。2260Mに着いた時点で、更に上まで行くのが怖くなってしまいましたが、マッターホルンは後1000メートル先です。全く恐怖を感じていなさそうな子供達にくっついて、次のゴンドラに乗り換えました。次からは大きな箱に15人ぐらい一緒に乗るタイプのゴンドラで、係のお兄さんも同乗していたので安心して乗っていられました。
 ようやく3330MのMont fort に到着すると、目の前にモンブラン、マッターホルン、グランコンバンなど4000メートル級の山々が迫ってくる絶景が広がっていました。お天気の神様が微笑んでくれたお陰で、ヴェルビエ滞在のもう一つの恩恵に預かることができました。雲が少なかったので、マッターホルンの山頂がくっきりと見えました。感動のあまりしばらく立ち尽くしていると、「今年はこんなに晴れる日は珍しいんだよ」と、係のお兄さんが教えてくれました。運よく晴れた日にこんな所まで来られたので、ゴンドラのステーションにあった宇宙船のようなレストランのテラスで白ワインを飲み、怖さを吹き飛ばし、更に高い展望台を目指して階段を登ることにしました。展望台は少し寒くて空気が薄いような気もしましたが、これ以上ないほどの爽快感を味わいヴェルビエの凄さを知りました。

マッターホルンの山頂


展望台から見下ろすMont fortのステーション。右奥に見える雪が積もった山がモンブラン

 2900Mから3330Mまでのゴンドラは30分に一本しかなく、しかも夕方前には下りの最終便が出てしまうようなので、行くと決めたら朝出発した方が良さそうです。(続く)





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