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けつあごの生まれた日(大池ニキ)

「え?もう一つのエピソードですか?いや~、欲しがりますね~」
少し前のめりになりながら、満面の笑みを浮かべて大池氏は言った。
一見謙遜に見える態度の裏には、隠せない胸筋の躍動を私は見逃さなかった。
「大池さん、2回顎が割れたっておっしゃってたので、もう一つのエピソードを是非お聞きしたいと思いまして」
低頭でおねだりする私に対し、
「じゃあ少しだけですよ」
憎めない笑顔で大池氏は語り出した。


あれは年長の時だったかなあ、
磯部君という友達がいたんですね。
磯部君は目が細くてね、笑顔になると眼が何処にあるかわからなくなっちゃう。でもね、よく笑う子でしたから、僕も磯部君と遊ぶの好きだったんですよ。

僕の通っていた浅草寺幼稚園には、「つるつるおやま」っていう遊具があるんですね。知ってます?つるつるおやま。
なんて言うんですかね、半球型のお山みたいな形をしていて、
登ったり、ジャンプしたり、もう無限に遊びを生み出してくれる奇跡の山ですよ。そう、もう奇跡の山。

たしかあの日も磯部君と遊んでいて、雲梯とか、滑り台とか、
縦横無尽に遊具を楽しみつくして、僕たちは奇跡の山、そう「つるつるおやま」にたどり着いたんです。もう必然ですよ。
その頃には僕らのウォームアップ終わってますからね、もうきゃっきゃ言いながら遊んでいた。

磯部君が先におやまの上にいて、僕はそれを追いかけておやまの頂上を目指したんです。でも、磯部君はその間に逆から山を下りて、僕の後ろにこっそり回っていたんですよね。完全に背中とられてました。そして、

「わっ!!!」
磯部君が僕をびっくりさせようと大きな声をあげて、僕の背中を押した。
うわー!!!!!
そのはずみでバランスを崩し、転倒したはずみで

つるつるおやまの山肌に顎を強打してしていました

僕の記憶はこれでおしまいです。
あまりにも強く顎を強打しましたからね、脳震盪?そのあとの記憶ないんですよ。次に気づいたのは水飲み場でした。

僕の周りに先生たちが集まっていて、水道で僕の顎を洗っていました。
血と砂がへばりついた僕の顎を綺麗に水で流してくれました。

でもね、僕は年長にして顎を割るのは2回目。
言ってみれば顎割れ経験者だったんですよね。
年少の時みたいに取り乱したりはしませんでした。

僕は自分で顎を強く押さえ、歩いて病院に行った。
病院で先生に「ああ~顎、割れちゃったね~」と言われながら、
ピンセットで白くてふわふわして丸い、濡れた綿みたいなもので顎をポンポンされたんだよなあ。

結果、3針縫いました。

磯部君はすごく謝ってくれたけど、
僕の顎には今でもその傷跡は残っている。
顎が割れても自分で歩いて病院に行った強さと共に。

第二部 完

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