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赤星拓のセカンドキャリアへの挑戦②:「引退会見の前日、彼は何をしていたか」

先日、12年間という長い年月をサガン鳥栖の為に捧げ、記録にも記憶にも残る男である赤星拓の引退会見が、男気溢れる豊田選手の主催で行われました。

彼の言葉を借りるのであれば、これだけサガン鳥栖に尽力してくれたレジェンドの力を「無視していたようになっていたと僕は思う」という思いは誰もが抱えていたのでしょう。会場には予定されていた数を大幅に上回るほどに人数が参加。椅子も足りず立ち見をする人も続出。

それだけ心の奥底で赤星拓という選手の引退会見を必要としていたということが目に見える形で分かる結果となりました。

赤星さんはこの機会にと最後の一人まで丁寧にファンサービスを行い、彼とサガン鳥栖の物語はここで一つの章を終えます。

しかしながら、赤星拓の物語はこれからも続いていきます。今回の記事はそんな一つの物語を紹介するものとなっています。それではお楽しみください。


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この日は3月24日、引退会見の前日のお話になります。

舞台はここ「げんき館おおぶち」という施設です。

先に紹介をしておくなら、

生徒数が足りず廃校となった学校をリノベーションして合宿施設

この「げんき館おおぶち」は福岡県の八女市に位置しており、もともとは「八女市立大淵小学校」という場所でした。

一歩中に入ると元々が学校だったということを感じさせるような構造のエントランスが迎えます。

廊下も見事に整備されており、構造は学校でありながら旅館のような過ごしやすさを感じます。

おひとり様、大人の方で3,240円、中学生で2,700円、小学生は2,160円と非常にお手軽な価格になっており、さらに市内在住の方はさらに割引等のサービスもございます。


そこで今回赤星さんが行おうとしているのが、彼の力を存分に活かすことができる地域クラブチームでのサッカー指導です。

今回はこの施設に合宿をしている地元のサッカークラブである「八女FC」というクラブチームに対して指導をしてきます。この八女FCは中学生が主体となって活動をしており、チームの中には様々な中学校から練習に集まっているといいます。

合宿に来ている選手たちは午前中にランメニューをこなして、午後から赤星さんの指導を受けるという流れになっていました。簡単な休憩を挟んだのちに、午後の指導に向けて最初に赤星さんとのご対面です。

つい先日までJリーグチームに所属をしている「プロサッカー選手」と対面することに緊張や興奮などの表情が隠せないようでした。しかしながら、「サガン鳥栖の赤星拓」を知っている子はおらず、スマートフォンで彼の名前を検索して存在を知ったという子が多かったと聞きます。

「子供たちがどう思うかは自由だけど、せっかくの機会だから少しでも良い経験になればいい」

と赤星さんも移動中の車内で語っていました。

子供たちも集合していざ指導開始となります。

集合時間にピタリと人が揃わなかったということに対しても注意を促しますが、せっかくの機会ということもあり、そこには詳しく触れずにトレーニングに入っていきます。

まずは子供たち一人ずつにボールを持たせ、ボールタッチやリフティングなどから選手たちのレベルを見ていきます。

その後もボールを使ったトレーニングをしていく中で選手たちのレベルを見極めていきながら、そのレベルに沿ったトレーニングを次々と行っていきます。高度なトレーニングを受けてきたであろう赤星さんが考えたメニューとは思えないような、プレーヤーたちにとって比較的「やりやすいメニュー」が多かったように感じました。

後でお伺いしてみると、やはり選手たちのテンションがなかなか上がらなかった中で雰囲気を和やかにするような狙いがあったそうです。

ただコーチを引き受けてやるだけではなく、そのチームにあったレベルのトレーニングを採用し、そして選手たちのトップパフォーマンスを引き出してあげるとということが赤星さんの指導の狙いだったのかもしれません。

そして、シンプルなトレーニングの中で、身体の使い方や声の出し方をプロ経験者に教わることで、プレーヤーである子供たちにも強い影響を与え、ゲームの中ですぐにプレーが良くなる選手などもおり、選手たちも本当の意味でサッカーを楽しんでいるようにも見えました。

全体的に少しずつではあるものの、活発さが出てき始めてきたタイミングでゲーム形式のトレーニングを挟みます。このトレーニングもただゲームをするだけでなく、様々な形でゲームをスタートさせるといった工夫を加えることで、絶え間なく選手たちに「考えさせる」プレーをさせます。

もちろん、彼が一日ここに来ただけでプレーヤーの動きが良くなり、チームが強くなるというのは難しいのかもしれません。そうしたことも理解した上で、このトレーニングの中で「選手たちに考えるプレーをするためのヒント」を散りばめていました。

そして、トレーニングの中で「最も良く声を出していたプレーヤー」を途中で引っ張り出して、ここまでするか!?というほど、全員の前で称賛を送っている姿がありました。

ここで注目して欲しいのは

「もっとも上手いプレーヤー」

をピックアップしていないということです。ボールを持つと数人を抜き去るようなテクニックを披露したプレーヤー、そして守備では1vs1で何度もボールを奪取しているプレーヤーもいました。

そんな中で、

「最もチームを盛り上げようとしたプレーヤー」

を褒め称えたのです。

結果として、これによって「俺も褒めてくれ!」と言わんばかりに声を出すプレーヤーが多くなり、ゲーム形式のトレーニングも最初とは比べ物にならないほどの盛り上がりを見せました。

彼が見ているのは、「サッカーの技術」だけではありません。サッカーに対する愛や、人間としてのプレーヤーの姿も見ているのでした。そういった細かい目配りが、プレーヤーたちのやる気を引き出したのだと僕は思いました。

このトレーニングが彼らのサッカー人生で、少しでも影響を持ってくれて、この日の教わった種から芽を出してくれることがあれば、彼が「ここ(八女)に来てサッカーの指導をする」ということに非常に大きな意味があるといえるでしょう。

また、僕は写真を撮っている中で20名近くいる選手たちを全員把握することはできませんでしたが、赤星さんに聞いてみたところ

「もちろん選手のレベルは、全員分かったよ」

それに付け加えて赤星さんが大事としていたのは、

「レベルも見るんだけど、その子のやる気や声の出し方をよく見てる」

ということであると仰っていました。

またトレーディングの最後には、集合時間が遅れたことに対して再び言及をするという、優しい中でも厳しさや正しさを貫く姿勢がありました。

トレーニング終了後には、コーチの方々にお話をお伺いする機会があったので、現在の八女FCの課題や現状について話を聞いてみました。

過去には全国大会に出場するほどの実力を持っており、現役Jリーガーの田中佑昌選手(現在:ヴァンフォーレ甲府)や過去にセレッソ大阪などに所属した高橋大輔さん、そして弟の高橋祐太郎さんも所属していた八女FCですが、現在では地区の四部リーグを戦っているという状況です。

そんな中で専門的なコーチもおらず、チームは消滅の危機にあったといいます。そういう中で現在は過去に全国大会に行った世代の強豪だった八女FCを知っている世代の方々が

「このチームを無くしたくない」
「OBの僕がやらなくて誰がやるんだ」

という思いでボランティアとしてサッカーの指導に携わっているといいます。

少子化が進む中、そして子供たちの選択肢も多様化していく中で選手を揃えることさえ難しくなってくる時代に、厳しく指導をすればサッカーを嫌いになってしまい退団してしまうことがあれば、チームを維持することもできなくなるという難しい中で、プレーヤーたちに「どうなって欲しいか」という思いを訊ねてみたところ。

先日のイチローさんの引退会見の時にもあったように「熱中したもの」を持って欲しい。それがサッカーでなくてもいいが、いまこのクラブに所属してくれているので、その中で最大限のものを彼らに渡したい。

そんな思いを語ってくれました。

地域のサッカークラブチームの話ではありますが、かつてはサッカーの全国に出るほどの実力を持っていた選手が現在では指導者となり、子供たちの現実と向き合いながら指導をされている姿はとても印象的でした。

今回の赤星さんをお呼びしたのも「子供たちにより良い環境でプレーをして欲しい」という想いがあってのことだったと言います。プロにはなれないかもしれない、ユースに入るようなサッカーの上手い子たちよりは能力が劣るかもしれない、しかしそんな中でも「サッカー」をやり続ける環境を整え続ける姿に、サッカー愛のようなものを感じました。

トレーディングが終わると、お風呂などを施設で済ませた後に食堂で子供たちと一緒にご飯を食べます。

給食のような食事に赤星さんも思わず笑顔がこぼれます

子供たちもご飯をおかわりしたり、おかずを友達と交換し合ったりしながら楽しそうに食事をしていました。

子供たちの質問で出てきたのが

「赤星さんは勉強はしてたんですか?」

これに対して、

「もちろんしてたよ!」

と返すと子供たちからは驚きの声がありました。サッカー選手たるものサッカーだけで永遠食べていくのは難しい。だからこそ、勉強も大事なんだという姿勢を見せていました。

そういった会話をした後に、赤星さんが目をつけたのがこの食堂のお母さん達でした。

話を聞いてみると、この施設の近くに住んでいるお母さんたちで日替わりで料理を作っているとのことでした。非常に親しみやすく、包み込むような温かさを持った食堂に心温まりました。


そして、最後は赤星さんが子供たちやその保護者を対象に

「食育」

というテーマで話をしていきます。

「食育は栄養学とは違う」
「食べる力=生きる力」

という話から始まり、サッカー選手としての最大限のパフォーマンスを引き出すためには食育が必要なんだという繋がりから話を進めていきます。

実際にプロ生活を営んでいく中で、どんなものを食べていたのか、試合前日や当日に実際に食べていたものといった、具体的な例を持ち出すことで聞き手に凄く印象強く残るようなお話をされており、中学生のプレーヤーたちに向けても質問を受け付けて、食事についてのアドバイスを送っていました。

こういった地道な食育活動が地域のクラブチームなどに伝わることで、正しい食事を出来るようになるプレーヤーが増えるだけでも、彼がここに来た価値はあったのではないかと思います。

これを疲れた身体の中で真剣に話に食い入っていました。

僕からすると、この合宿施設に行くだけでも時間もかかりますし、サッカーを指導し、食育の話をすることは本当に大変なことだったと、同行をしていた僕でさえ感じました。

ーEND

最後に

そんな彼の今回の報酬として渡されたのが、

・いちご
・甘熟娘(うれっこ):キウイ
・八女の茶葉
・竹のお箸

この地域の特産物という非常に地域色のあるお土産をいただいていました。

このようにお金を超えた部分で繋がる関係は美しく見えると同時に、彼のサッカーを愛してやまない気持ちが分かります。本当にサッカーが好きじゃないと、そしてサッカーの未来を考えていないと出来ない行動だったはずです。

僕が赤星さんの姿を追っているのは、イベントのあるほんの数時間しかありませんので、彼の活動のほんの一部しか知ることができていません。

しかし、僕は彼のサッカーへの想い、そして彼のこの努力をより多くの人に知って貰いたいという思いでこの記事を作成しています。この記事に寄せられたコメントやメッセージは赤星さん本人にも届いているそうです。

あの感動的な引退会見の前の日には夜遅くまでこのような活動をされていたということを、ぜひ皆さんの知っていただけたら嬉しいです。


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今回は前回から引き続きパート②ということで、前回の活動に関しては下記の画像をクリック・タップしていただくことでご覧いただけることができます。

また、先日行われた彼の引退会見の様子を全文書き起こしをさせていただいた記事もありますので、赤星選手の今後を知っていく上での一つのけじめとなる重要なポイントとなります。まだお読みになっていない方は目を通していただけると、この記事をさらにお楽しみいただけるのではないかと思います。


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