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第19回全州国際映画祭 オープニング

5月3日(木)

ホテルは1泊朝食付きでおよそ15,000円。映画祭が出してくれてる。あたらしくできたホテルで、前回までのゲストの宿泊先とは変わったらしい。10階の部屋。広い。バスルームでは、トイレの水を流すボタンがどれかわからず、まちがえてウォッシュレットを作動させるのがこわくて、しばらく並んだマークを眺めた。両サイドが愛枝さんと勝さんの部屋。先に寝てたふたりの部屋から、深夜にテレビの音がかすかに聞こえはじめる。ツイッターを開いたら、韓国リーグの野球中継を見てると愛枝さんがツイートしてた。

朝、2階のビュッフェ。待ち合わせをしてなかったけれど、勝さんは先にいて、愛枝さんはすこしあとにきた。3人で朝食。愛枝さんは、前日の夜に食堂で食べたイカのキムチがお気に入りらしく、ここにもあるよと、よろこんでた。

朝の全州の街をひとりで散歩。商店街の店が開きはじめたころで、まだそんなに人も歩いてない。入口の細い通路を通ったさきにオープンテラスのあるカフェを見つけて、珈琲を飲みながら煙草が吸えるかもしれないと思い、入ってみる。「OPEN」の札が立ってたけれど、まだ準備中だった。いいよと言ってくれたので、アメリカンを注文してテラス席へ。灰皿を持ってきてくれた。ミンスンさんから受け取った映画祭のガイドブックを読んでみる。全部で20スクリーン、同時に上映が進む映画祭だった。このなかで『ひかりの歌』をえらんで見にきてくれる人がどれだけいるのか、心配になった。遠くからだれかに話しかけられる。見ると、年配の人がこちらにコリア語でなにか伝えてる。すこし声を張って、コリア語は話せないんですと伝えたら、きょとんとして、ソーリーソーリーと言いながらそばまで来てくれた。コリアンに見えたとのこと。帰化をしてるけれど、母は在日のコリアンだから、そう見えたことがなんだかうれしかった。ガイドブックを見せて、映画祭に参加するために日本から来たと話したら、どの作品でいつ上映があるのかを訊かれ、タイムテーブルを指差しながら、練習したコリア語でタイトル(ビッツィノレ)も伝えた。見にいくよと言ってくれる。舞台の稽古期間中で、一緒に全州に来られなかった出演者の北村美岬さんから、写真を撮ってきてほしいとオリンパスのペンカメラを預かってたから、さっそく取り出して、記念に写真を撮らせてもらった。ついでに自分のiPhoneでも。SNSにアップロードしてもいいか確認したら、オーケーオーケーと言ってくれる。そのカフェの常連客なのだろうと思ったけれど、話し終えるとなにも注文せずに去っていった。名前を訊くのを忘れた。しばらくしたら、入口の反対側にある駐車場から歩いてくるのが見えた。塀から身を乗り出して、私はパンといいますと日本語で伝えてくれた。握手した。

カフェを出て、しばらく散歩をした。あたらしい服飾店や雑貨店が並んでたり、古い様式の建物が現れたり、無理やり日本に例えたら、金沢に近い街だと思った。12時にホテルのロビーで待ち合わせして、愛枝さんと勝さんと、特設メイン会場の全州ドームがあるエリアへ。途中のメインストリートの見上げたところに、今回の参加作品のポスターが並んでる。韓国のデザイナーと映画祭参加作品のコラボポスターを制作する企画があって、ずいぶん前に、賛同するかどうかの確認の連絡があった。探しながら歩いてたら、すぐに見つけられた。『ひかりの歌』第2章の、ある場面のキャプチャー画像を加工したかわいいデザイン。いいポスターだと、3人で盛り上がる。美岬さんのカメラでも1枚。ゲストセンターで、チケットの予約などで必要になるゲストパスや、記念のリュックサックなどを受け取る。しっかりした作りのリュックだと勝さんがよろこんでる。さきほどとは別のカフェで珈琲を飲んで解散。愛枝さんはメイクアップのためにホテルへ、勝さんはセレモニーで履く靴を買いに商店街へ。私は散歩。ラフォーレ原宿みたいなビルのそばにあった、カジュアルな韓国料理店で遅い昼食。肉の饅頭が入った牛骨スープ。600円くらい。おいしい。ホテルに戻ってセレモニー用のスーツに着替える。

集合時間にロビーへ。愛枝さんは鮮やかな青のドレス、勝さんはノーネクタイの黒スーツ。ふたりともかっこいい。私は東京国際映画祭のときに着たものと一緒。勝さんがシャツの色とネクタイをほめてくれる。別行動の間、勝さんは円からウォンへの両替のために、銀行にも行ったらしく、順番待ちがすごかったのに、次々に他の女性たちが話しかけてくれて、若い番号の札を譲ってくれたとのこと。おれ、こっちで好かれる顔なのかもしらんと言ってた。『ひかりの歌』チームはレッドカーペットの前半組らしく、他に『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』チームの相原裕美さんと相原裕美さん(同姓同名で監督とプロデューサー)、他の国の作品チームもロビーに集まる。『ひかりの歌』が全州国際映画祭に参加するために、とてもお世話になった川喜多映画財団の坂野ゆかさんの姿も。初めて会ったとき、熱心に話を聞いてくれた坂野さん。前日にロビーで会えたときに、あらためてお礼を伝えた。

送迎車があるかと思ったら、歩きだった。会場までけっこうな距離がある。愛枝さんが、ほんとに? ほんとに? とわらいながら歩いてた。3000人収容の全州ドーム。外まで人がいっぱい。レッドカーペットのスタート地点に設営された待機所で、韓国の俳優の人たちと一緒に開始を待つ。韓国映画に出演してる日本人の俳優の人がふたりいて、それぞれ愛枝さんと勝さんの旧知の仲だったらしく、おたがいにびっくりして、再会をよろこんでた。ちょっとした荷物を入れるために普段使いのショルダーバッグを持ってて、どこかに預けられるかと思ってたら、どうやらそのまま歩くことになりそうで、焦る。愛枝さんが、持っててぜんぜんだいじょうぶだよ、そういうもんだよと教えてくれる。私は終始おどおどしてる。勝さんは、メガネを外すかどうかで迷ってたけれど、会場の外からすでに感じるお客さんの熱気に、これはちゃんと見といた方がええやろと言って、着用したまま歩くことにしてた。

レッドカーペットはドームの表からはじまり、そのまま中につづいた。人の多さと歓声に圧倒されて、ここで止まるとか、歩き出すとか、ここで写真撮影があるとかを知らせてくれる、スタッフの人たちの身振り手振りが視界に入らない。たぶん、すごく段取りに迷惑をかけてしまった。レッドカーペットは、客席の真ん中を通るファッションショーの舞台みたいで、こんな光景、そうそう立ち会えることはないと思い、美岬さんのカメラを取り出して記念に撮影。お客さんたちがわらって、ポーズを取ってくれたりする。自分のiPhoneでも撮影。さっさと歩いた方がいいのに、いっぱい撮って、そのたびにお客さんは歓声をあげてくれるやさしさで、勝さんは早く早くとわらいながらジェスチャーしつつ、客席に向かってサランヘヨと言ってる。愛枝さんのエスコートをまったくできなくて、席に到着してすぐに謝った。愛枝さんは、てっきり勝さんがエスコートしてくれると思ったのにと、私のことは許してくれた。勝さんは、監督があんなパフォーマンスしてたら、そら乗っかるやろ、大ウケやったでとうれしそう。案内された席はカーペットのすぐそばで、他のチームが歩くのをたのしく見た。『ワンピース・インターナショナル・クラシックス』の鈴木卓爾さんは、フライヤーを胸の前で見せながら歩き、『勝手にふるえてろ』の大九明子さんはたまに立ち止まって、客席に投げキッスをした。俳優であり監督でもある鈴木さんの、作品をちゃんと覚えてもらうためのささやかな工夫と、大九さんの身のこなし。『勝手にふるえてろ』は公開時に見てて、俳優の人たちの体の動かしの気持ちよさが心に残ってた。大九さんの歩き方、立ち止まり、投げキッス、歩き出しのキレのよさを目の当たりにして、納得した。レッドカーペットが終わり、そのままオープニングセレモニーへ。コリアンの伝統民謡とヒップホップのコラボライブがあったり、紙吹雪が舞ったり、観客をたのしませるための工夫が随所にあって、たのしいまま。

セレモニーの終了後、すこし休憩時間。愛枝さんは着替えのためにホテルへ。あとで聞いたら、やっぱり送迎がなかったため、勝さんがエスコートしてくれたとのこと。私はオープニング作品の『焼肉ドラゴン』を見るため、そのまま会場に残った。全州ドームは映画の上映環境としてはこれまで経験したことがないもので、音の反響がつよく、外の街や上空の飛行機の音も入ってくる。『焼肉ドラゴン』はものともしてなかった。1970年の大阪万博の時代に生きた在日コリアン家族を描いた作品。それを韓国の観客のなかで一緒に見た。息がつまるような場面でも、思わず笑ってしまう、気持ちが着地できず、言葉にできず、それが人生と思えた。随所で笑いが起きて、すすり泣きが響いてた。上映後、監督の鄭義信さんはお客さんに囲まれてた。私も囲んだら、握手しながらカムサハムニダ(ありがとうございます)と言ってくれた。『焼肉ドラゴン』は日本では6月に公開。そのときまた見にいく。

バスに乗って、オープニングパーティの会場へ。鈴木卓爾さんと隣になり、『焼肉ドラゴン』の感想を伝えあった。会場は、前回までゲストの宿泊先だったらしいホテルのホール。愛枝さん、勝さんと合流。パーティの終盤は、釜山映画祭のプログラム担当のひとり、サンさんとずっと話してた。いまの日本の政治のこと、私が高校でやってる授業のこと、日本映画のこと、たくさん話した。気づいたらほとんどの人が会場を後にしてた。サンさんは、『焼肉ドラゴン』がすごくよかったみたいで、鄭さんに感想を伝えたかったらしく、鈴木さんも一緒になって探したけれど、もう姿が見えなかった。最後の送迎バスに乗ってホテルへ。就寝。

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