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アメリカ大学留学⑨〜2年目(後半)〜

ここからは自分の正直な感想や考えを基に人生を振り返っております。不快な表現や足らない言葉遣いをお許しください。

写真は夏期間のクラブチームでプレーをする、ATSUSHIと関口メンディです。ATSUSHIが自分です。



2018 夏
米国大学生活2年目の春学期を終える頃、自分は次の夏期間の準備を始めていました。

夏期間は約3ヶ月もあり、その期間
「授業を取る」「オフを取る」「夏のクラブチームに参加する」
などの選択肢があります。

自分の大学入学時期は「2017の1月」です。

自分の同世代は「2016の4月」に大学に進学する年代なので、
自分は約1年遅れているという事もあり、
少しでも早い時期に卒業したいという気持ちがあったので、

この2018の夏期間はオンライン授業を取る事に決めました。


サッカーの方では、春学期中に監督からいくつかのセミプロチームの打診がありました。

自分の第一希望は
MLS(米国プロリーグ)のユースクラブへの参加
でしたが、そのオファーはありませんでした。

その他の選択肢から、
今年度は仲の良い日本人が参加予定のクラブチームに参加する事を決めました。

その背景には前年度のチーム選びの失敗の影響もありましたが、
「プロを見据えた挑戦」よりも「居心地の良い環境」を選んでしまいました。

実際プロを見据えれば、夏期間の活動はとても重要になってきます。

当時の自分は夏期間の活動に関して、
「秋学期の大学サッカーのシーズンの為の準備期間」
としか考えておらず、理解が足りていませんでした。

今振り返ると、結果的にこの2018年夏期間のチーム選択はまたしても「失敗」となった気がします。



選んだチームは、アーカンソー州

Little Rock Rangers 

当時はNPSLに所属しているチームでした。(現在はUSL2)

(NPSLやUSL2など、わからない方はこちらを読んでみて下さい!)


自分の大学から5人参加しているという事もあり、
「楽しくサッカーの出来る環境」でしたが、

所属選手や監督の質は低かったので、
「成長を望める様な環境ではない」

と感じていました。

監督がとても癖の強い人で、自分はあまり好かれていませんでした。

自分のプレースタイルは、
技術と戦術理解度は高いがアスレチック(フィジカル)能力は低い
という感じでした。

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監督には明確な戦術への知識が無かったので、
戦術理解もクソもなく、長所である技術の高さもあまり評価して貰えていませんでした。

監督と明確に溝を作ったきっかけとなったのが、プレシーズンの練習試合。

センターフォワードで起用され、「ロングボール主体でシンプルに攻める戦術」でした。

身長175cmで貧弱な自分が180cm後半の屈強なCBと空中戦でフィジカル勝負をする状況でした。

ついでに自分は性格が穏やかで優しいので、
激しい競り合いを避けるタイプ(このタイプアメリカ人嫌いです)だったという事もあり、
その試合はボールを見上げるだけでした。

状況に嫌気がさし監督に文句のある態度を示したら、あっさりと交代させられていまいました。
前半30分くらいだったと思います。

後半から「ボールを大切にする戦術」に変えたので、「何やねんこいつ」と思いました。

その試合以降自分のチーム内での序列は下がってしまいましたが、
出場すれば貢献するいぶし銀的な立ち位置でした。


シーズン途中のある試合、試合期間が中2日という過密日程だった事もあり、ベンチメンバーだった自分にようやくスタメン出場のチャンスが回ってきました。

チームも自分も良い感じで、ようやく監督やコーチ陣の信頼を勝ち得た様に感じていた矢先、悲劇が起こりました。

トップスピードから急ブレーキをかけ逆方向に切り返そうとした時、
地面に足をとられ、捻った形となり、
怪我からの途中交代を余儀なくされてしまいました。

足首が腫れ上がってしまい、レントゲンを取らないとわからない状況でした。

後日病院で検査を行った結果、足首の骨折でした。

足首の骨が捻れた状態で3方向に折れているという診断結果で、手術が必要との事でした。

腫れ上がった左足首。色々汚くてすみません…

手術費用は約70万円で、大学側が全額負担してくれましたが、
保険など色々な問題がありました。
(保険は絶対にしっかり対策をしておいた方が良いです)

その後、自分は約半年間サッカーから遠ざかる事となり、人生で初めての大怪我を経験しました。

2018夏のシーズンは途中離脱という事となり、
さらに大学の秋シーズンも全休する事になりました。


自分の離脱後、

夏のクラブチームは
地区トーナメントを優勝し、全米トーナメントへ出場するなど
歴史的な好成績を残し、

大学のチームも秋シーズンに
地区トーナメントを優勝し全米トーナメントへ2年連続で出場を決めるなど、

とても充実した結果を残していましたが、自分はそこに貢献する事が出来ない悲しみで居た堪れませんでした

この2018夏期間が、自分の人生において悪い意味での「転機」となってしましました。


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