対話 3

記憶力が良くてよかったこと、だっけ?社交は、ある程度しやすい気がする。あとは、暗記物が得意になる、とか。思ったよりいいことないねぇ。

「ふーん、意外とメリットってないもんなんだね。社交かぁ」

んとねぇ、おそらく人間は自分のことを覚えていてもらって悪い気はしないんだと思うの。片方しか覚えていない気まずさはさておいて、覚えていてもらった方は悪い気はしない(はず)からそういった意味で出会って2回目の人と、そこそこ質の高い再会ができるのかもしれない。顔を見たときに判別できるかどうか、頭の中にある引き出しの中に解像度の低いその人がいるかどうか、っていうのは多少関係しているのかも、とは思う。

ああ、あとあれだよ。記憶の断片を繋いで対象の像を紡いでいくのは、とても楽しい作業だ。ある人の属性や特徴のピースを集めてある人を特定の「個人」にする作業は決して飽きることがないね。数ある情報から大事なところは間違わないように(表面はよく間違う。最近好きなものとか、食べたものとか)摘んで填めていくのはなかなかに愉快だよ。大学生になってから会った、高校の時は数回の交流しかなかった後輩、だとか。新卒の研修で出会って暫くしてから2人で遊ぶ時、とか。

「それさ、情報に溺れちゃったりしないの?20年?くらい?生きてきたわけじゃない」

ばかだねぇ。5年くらいで溺死しちゃうよ。そんな沢山のことを覚えていられるわけないでしょう?私は残念ながらコンピュータでもロボットでもないので、そんなに膨大な量は覚えられない。頭の中の引き出しはせいぜい1つや2つ、ウォークインクロゼットが入るほどには余裕がないんだ。

だからね、私が覚えているのは「私が興味のある」対象に限るの。その幅が人より少し広くて(いうて体育館の白線か校庭の踏みしめられた白線くらいの差)少し深いだけ(道に蔓延る水たまりの達くらいの差)だから。さっき言ったでしょう?2回目に会うときに情報を繋げるって。あれはね、初対面は全員に興味があるから。会ったことのない人と会う行為はそれだけで好奇心を満たしてくれる。記憶力を使うことになんの抵抗もないし、する必要もないから自然と頭に入ってくる。…?あ、嘘だわこれ。そもそも2回目の「会う行為」をするかしないかを最初から選んでいる、が正しいかもね。

だからまぁ詰まる所、私は記憶する対象を選んでいるんだろうね。その辺りの舵の切り方は間違いなく私の感情によるものだから、なんともいえないけれど。でもみんなもそうでしょ?英単語は覚えられないけど好きなアイドルの歌やメンバーの顔と名前は覚えるじゃない?


「まぁ…そう言われれば確かに、って思うのに君がいうとどうしても変な感じがするのはなんでだろう。怖かったのはさっきのやつ。初対面で振り分けてるのは、なかなかに傲慢じゃないの…?2回目会って覚えてない人って、いる?もしくは、2回目も会わないまんまに終わってしまった、とか」

ああ…もう覚えてないよ、そんなことは。傲慢?それはそうだ。自分の観察眼を信用しすぎているところは間違いなくあるだろうね。そうやって失敗したことも多分あるんだろうけど、わすれちゃったなぁ。

「ずいぶん都合のいい頭だねぇ。ただのちょっと記憶ができるだけの傲慢で自分勝手なひと」

#対話

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?