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#5「朝鑑賞」でカリキュラム・マネジメント ーー生徒と共創するこれからの学校【後編】|校長の挑戦

新連載、「校長の挑戦」。いろいろなしがらみのなか、積極果敢にさまざまな挑戦をしている全国の校長先生への取材を一人ずつ掲載していきます。5人目は、先週に続いて埼玉県所沢市立向陽中学校長の沼田芳行先生です。

沼田先生写真

プロフィール
1986年、埼玉県所沢市立向陽中学校で教員生活をスタート。以来、小学校3校、中学校8校にて教壇に立つ。2001年、東京学芸大学社会科教育学研究室に内地留学。2009年に所沢中学校で主幹教諭、2010年から美原中にて教頭。2012年から所沢市教育委員会主幹を務め、2015年より三ヶ島中学校校長を5年間、2020年4月より向陽中学校校長。誰もが安心して過ごせる学校を掲げ、生徒が主役、生徒とつくる学校をチームで営んでいる。校長として、「朝鑑賞」を軸とする学校アートプロジェクトを仕掛け、新聞社、出版社の教育賞で優秀賞、最優秀賞を受賞。所沢市中学校長会会長、埼玉県入間地区中学校長会副会長。彩の国共育研究サークル学びの杜共同代表。他方、埼玉県中学生野球連盟会長を務める。家庭では父親として子ども3人の高校生活を支える弁当づくりを担当、その数は1,700食を超えた。

■「朝鑑賞」を起点に各教科の授業を変える

 一方で、課題もありました。生徒たちは自分の考えを言いたい、表現したいのに、語彙力が足りず、言葉に詰まることが多々あったのです。いわば、「思考力」「表現力」を支える「知識」が足りない状況です。どうすればこのギャップを埋められるのか、教員間で話題となることが増えました。そして、毎週金曜日の1時間目にいろいろな教科の教員が集まって、研修部会を開くことにしました。この部会では「つけたい力がそろった今、異なる各教科の見方・考え方を生かして、つながろう」を合言葉に授業改善に取り組みました。
つまり、「朝鑑賞」が起点となって、各教科の授業を変えていこうという動きが生まれたのです。資質・能力の三つの柱に沿って生徒たちにつけさせたい力を話し合い、教科間で連携しながら授業改善を図る。図らずも、新しい学習指導要領が掲げるカリキュラム・マネジメントが推進されていきました。
また、「朝鑑賞」のよさの一つに、本物に触れることがあります。美大生が描いたリアルな作品に力が宿っているからこそ、生徒たちはさまざまなことを感じ、考えます。そこから三ケ島中学校では、「生徒たちが本物に触れられる機会を増やそう」と、各教科でそうした実践が展開されていきました。
 たとえば、家庭科には「保育」に関する単元があります。通常なら教科書の内容をなぞって終わりですが、「隣の保育園へ、みんなで行っちゃおう」という話になりました。後日、園長先生の許可が得られたので、生徒たちはクラス単位で保育園へ出向き、0~5歳の子どもたちと触れ合い、実習を行いました。本当に楽しい学びとなり、終了後は「帰りたくない!」「もっといたい!」と言い出す生徒も出てきました。
技術科の木材加工の時間では、地域に住む元大工のお年寄りを招いて、生徒たちに手ほどきをしてもらいました。何十年ものキャリアを誇る匠の技に、生徒たちは尊敬の念を抱くとともに、木工の楽しさを存分に味わっていたようです。この授業がきっかけとなって、工業高校の建築科へ進んだ生徒もいます。
また、保健体育のダンスの時間には、県立芸術総合高校で舞台芸術を学ぶ高校生に来て指導してもらったりもしました。こうして本物に触れると同時に、外部の人たちとの接点も増やしていきました。そして、「朝鑑賞」で使っている作品は、校舎内の空き教室に集め、「むさしの美術館」と改装して常設展示をしました。
この「朝鑑賞」は、現任校の所沢市立向陽中学校でも、三澤一実教授の協力により、この9月よりタブレット端末を生かしたデジタル対話型鑑賞として始めました。4回ほど行いましたが、生徒からは「人の考えていることがこんなにも違うことに驚いた」「朝読書はひとりの世界に入るものだが、朝鑑賞はみんなで世界に入るもの」「人の心の扉を開けるもの」「何でも人に合わせがちなこの国で合わせなくていい時間があるのは大きい」「自分の色を出せる時間」「個性が認められる時間」「人間関係が変わる」「心を解き放つ時間」などの感想が出ています。新たな教育活動として次の芽吹きを期待しています。

■地域の「過去」「現在」「未来」を考え地域力を創出するプロジェクト型の学び

 外部との接点を増やしていったのは、生徒たちに将来的に「地域・社会を見る目」をつけさせたいとの思いがあるからです。そうした観点から、三ケ島中学校では総合的な学習の時間で、地域に根差したプロジェクト型の学びを展開しました。1年生は「過去」、2年生は「現在」、3年生は「未来」をテーマに、自分たちの地元について探究的・協働的に学びました。
 1年生はまず、地域にくわしい7人の方々を教室に招き、グループに分かれて講話をうかがいました。ここでも、ただ単に聞くだけでなく、教員がファシリテーターとなって、地域の方と対話をしました。そして聞いた話をもとに、後日フィールドワークに出て、地元の寺社仏閣や自然などを写真・動画に撮り、資料としてまとめました。その資料を3年生が技術科で活用して動画作品として仕上げ、「実録ドキュメント・みかじまの昔」として地域の方々を招いての上映会で披露しました。生徒はこうして縦割りで学ぶことも味わいました。
 2年生は、地元のお店や事業所などで職場体験をします。3日間、ただ働くことを体験するだけではありません。お菓子屋で職場体験をした生徒は、「どうすれば、お店が繁盛するか」を考え、企画書を作成しました。その後、教員がその企画書にフィードバックするなどして、プレゼンにつなげ、対話型の活動が進められました。
 3年生は、子育て、高齢化、環境、福祉、インフラ整備など、自分たちの街が抱える課題について調べ、その解決策を考えました。その過程では、市役所や社会福祉協議会、自治会などの人と対話の場を持つなどして、地域にかかわるさまざまな情報を収集しました。そして最終的に、関係者を集めてプレゼンを行いました。公園づくりのアイデアを、中学生の視点を大事にしながら地域の代表者に声として届けることができました。
 この活動で重視したのは、生徒たちが「探究的な見方・考え方」を働かせるようにすることです。一人ひとりが、見たことや聞いたことをもとに問いを立て、試行錯誤しながら自分なりの結論にたどり着く。そのプロセスのなかで、地域について調べ、地域の人と対話をする。まさに新学習指導要領が掲げる「社会に開かれた教育課程」が具現化されます。
 とはいえ、生徒たちに観察力や思考力、表現力、コミュニケーション力、主体性などがなければ、こうしたプロジェクト型の学びはうまくいきません。その点で「朝鑑賞」は、探究的・協働的な学びを充実させるためのベースづくりも担うことになりました。

ジャイアントアート

■「チーム学校」:教員が連携しながら教科横断的な学びを創出

 中学校には「教科の壁」があり、多くの教員は他教科で何を教えているかを知りません。しかし、生徒たちは社会に出れば、9教科すべての知識を総合的に活用しながら生きていくことになります。そのため、これからは「教科の壁」を取り払い、教員が一つのチームとなって教科横断的な学びを創造していくことが求められます。
「チーム学校」を育むには、教員同士の会話を増やすことが大事です。日々の職務を遂行するなかで、放っておいても、異なる教科の教員間での授業に関する会話は生まれません。そこで、所沢市立向陽中学校では、定例の校内研修をワークショップ型にしました。さまざまな教科・学年の教員がグループを組んで、特定のテーマについて意見やアイデアを出し合っています。始めて1年半が経ちますが、教員同士が気さくに話し合う雰囲気が職員室に生まれ、会話が「対話」へと変化をするようになりました。
 また、前任校では、他教科の教員が何を教えているかが分かるように年間指導計画のマトリクス表を作成して配っていました。すると、美術科が鑑賞でダヴィンチの「最後の晩餐」を扱っている時期に、国語科でも「最後の晩餐」に関連する教材を扱っていることがわかるなど、教員たちは多くの気づきを得ました。そして、教員の主体的な提案により、教科横断的な学びが展開されるようになっていきました。
 たとえば、保健体育のバスケットボールの単元指導計画を、他教科の教員が考えるという試みが行われました。保健体育の見方・考え方として「する」「みる」「支える」「知る」という4つの活動が位置づけられていますが、ある教員が「体育が苦手な生徒には『支える』活動として、登場曲をつくらせてみては?」と提案したり、ある教員が「『知る』活動として、シュートの理想的な角度を計算させてみては?」と提案したりしました。
こうした取り組みと並行して進めているのが、生徒主体の学校づくりです。若手教員だった頃に経験した、生徒に「委ねる」「任せる」指導は、管理職となった今も継続しています。
 たとえば、向陽中学校では昨年度、学校教育目標の見直しを生徒会と校長とで行いました。コロナ禍で、学校教育のあり方が問われるなか、「誰もが安心して過ごせる学校」を目指して、どんな教育目標がふさわしいかをともに考えたのです。生徒たちは、他校の教育目標などもリサーチしながら、3回にわたってディスカッションを重ね、最終的に「自律」「貢献」「共生」という新しい学校教育目標が完成しました。

■学校を「おもしろく」「楽しく」したい

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この続きは、2022年3月刊行予定『校長の挑戦』に掲載予定です。お楽しみに!

執筆:教職研修編集部
制作協力:株式会社コンテクスト

「校長の挑戦」は下記の『校長の覚悟』の続編です。
ぜひ、こちらも併せてお読みください。


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