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教育においての「混ぜるな危険」がある

モンテッソーリ教育をしてきた親がその後、子供をサピックスに入れたら、相性が悪かったという趣旨のツイートが流れてきました。

子どもにとってこれまで無限に本を読んだり、踊ったり、刺繍をしたり工作をしたりしていてよかった時間が全部細切れになるんですよ。。。。思いっきり手と頭を使って集中していたら家中が幸せに満たされていた時間が、基礎トレと漢字にはじまり、覚えたり理解したことを表現する時間になるんです。

ものすごいストレスと、これまでものすごく学ぶということが好きなのね、これを伸ばしていこうね。と周囲に育まれてきたものが、全部ゼロになって子供の全細胞がここはイヤー! と言っていたんだなと今は思います。

「モンテッソーリ教育」と「日本の受験」。ほぼ思想が真逆です。複数の教育手法を混ぜると、その根本的な哲学が違うために、子どもは混乱するかもしれません。

教育哲学的に前者は「学習者中心」。実存主義や、進歩主義がベースとなっていると言われます。国際バカロレアやアメリカ式などが代表例です。

後者は「カリキュラム中心」で、本質主義・伝統主義の教育哲学が基本にあります。マレーシア式や日本の教育、英国式もちょっとこっちに近いかな。

アプローチもまったくと言っていいほど異なります。

競争か? 協力か? 大きく異なる教育理念

従来の教師中心・カリキュラム中心の教育では、「すべての生徒に同じことを同時に学ばせる」ことを目的にします。受験が最終的に目指すものは「カリキュラムに書いてあることを全て網羅すること」だと思われます(そこまで受験に詳しくないですが、大学受験を見る限り)。

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