ザ・フール【彼は彼であって彼じゃない⑥】
突然ですが、皆さんは異性の脈ありサインを見抜けるでしょうか?
私は、わりと得意です。
観察力と五感が他人よりちょっと優れているので、周りからも「勘がいい」とよく言われます。
さて、話を本題に戻します。
朝まで2人で過ごした私と「彼」は、お酒が抜けきった頃に車で帰路についていました。
お互いオールするほど若くはないので、車内はどことなく口数少なめ。
私が窓の外を見ながら、なんとか一晩乗り切ったという安堵感を噛み締めていると、彼がひと言
「俺、男としてアリかな」
一瞬、言葉の意味が理解できなかったことと、最後の最後に”そういう”話題をふられたことで動揺したが、できるだけ悟られないように窓の外を見たまま答えた。
「アリ…だと思います。…世間一般的に。」
今振り返っても、なんて不器用な返しだったんだろうと恥ずかしくなる。
「”私的”には?思わない?」
なんとか声を振り絞り、世界一難しいマルバツ問題に「ぅん」と答えると、彼は「そっか」と言って運転に集中していた。
どんな顔をしているのか気になったけど、自分がしてしまった事の愚かさに気づいて遠くの山ですら焦点が合わなかったので、顔を覗くのはやめた。
家の近くに着くと彼がまた口を開いた。
「引越しまであとどれくらい?」
「3週間です」
「そっか…うん。また誘う」
世界一愚かな私は、この時の彼の勇気に一生感謝することになるだろう。
12時間ぶりの我が家は、自分のにおいがした。
彼のにおいに鼻が慣れるほど、長い時間一緒にいたのかと思い、あらためて恥ずかしさが押し寄せてきた。
そして先ほどの彼の言葉を思い出す。
たぶん、「男としてアリか」というのは彼からの”サイン”で
「また誘う」は彼から与えられたチャンスなのだと思った。
すっかり目が覚めていた私は、一睡もせずに引っ越しの荷造りを始めた。
引越し段ボールのほとんどは、漫画本で溢れていた。
そのなかには「彼」に勧められてハマったエヴァンゲリオンもあった。
ジョジョの奇妙な冒険はお互い大好きで、好きなスタンドについて語り合ったこともあった。
藤本タツキ先生の新作ルックバックは貸し借りしたし、ワンパンマンは最新話が更新されるといつも教えてくれた。
「男としてアリかナシか」
そんなの、アリに決まっていた。
この2年半、私がどれだけ彼のことをみていたか。
彼のおすすめアニメは必ずチェックしたし、恋愛映画を観れば必ず彼を思い出した。
彼が飲み会に誘ってくれるたび嬉しかったし、彼が話しかけてくれると疲れが吹っ飛んだ。
なにが”一般的に”だ。
いつも彼のことをみていたくせに、いざ向かい合うと顔を背けてしまう。
そんな自分が愚かで、腹立たしかった。
3日後、
「また誘う」という宣言通り、彼から連絡がきた。
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