菊之助のひとりごと 和泉さん、まだですか

 また……。和泉さん、また返り討ちにあって怪我したんですね。
どんなに俺が苦しいかわからないでしょう。怪我をした和泉さんを見ているだけで、俺の体も心も痛むんですよ。
 やみくもに突っ走ったってダメなんですってば。証拠を固めて現役の警察官引き連れて、一網打尽にしなくちゃ。一人二人捕まえたって本当の解決にはなんない。奴らを根絶(ねだ)やしにするんです。
 和泉さん見てると、ハラハラして心配で、いっそ公安辞めて一緒に敵討ちしようかって、頭をよぎることがある。だけど、それでは秋斗の死が無駄になる。
 俺、わかってます。和泉さん…本当は、心の底の底の底で思ってるでしょ。あいつらを殺して、自分も死にたいって。
 だけど、それは秋斗が望むことじゃない。あいつの死が、犬死になる。
秋斗が和泉さんをかばって死んだのは、自分の命より和泉さんが大切だから。でも、それだけじゃない。あいつは、ああ見えてもろいとこがあるんです。和泉さん、わかってないと思うけど。もし和泉さんがあの時死んでたら、秋斗は今の和泉さんみたいになったと思いますよ。いや、それ以上かも。あとさき考えずに、一人で敵陣に乗り込んで殺されてたと思う。
「クソジジイ」なんて呼んでたけど、本当は和泉さんに依存していた。和泉さんがいないと生きていけないくらい。
 秋斗が、あの世から俺にメッセージ送ってくるんですよ。
「クソジジイを頼む。死なせないでくれ」って…。
 秋斗、心配すんな。俺は命に代えても和泉さんを守る。そして絶対にお前の敵を討つ。お前を殺した奴らを全員捕まえて刑務所に入れてやる。それをやり遂げるまで、和泉さんは前を向くことができないんだ。自由に生きることができないんだよ。
 和泉さんが返り討ちにあって死んでしまうかもしれないって、俺が毎日どんなに不安か、和泉さんにはわからないでしょうね。あなたの心は秋斗でいっぱいで、俺なんか目に入らないから。
 和泉さんにもしものことがあったら、親友と愛する人を失った俺はどう生きていけばいいんですか。おむすび作って、偽物の俺を演じて、毎日二人の墓の前で泣いて…。
 秋斗が死んだ時、俺は思い切り泣くことさえできなかった。和泉さんがボロボロになっていたから。だけどもしこの先、和泉さんが返り討ちにあって死んでしまったら…。俺は和泉さんみたいに復讐心しかなくなってしまうかもしれない。生きる理由なんかなくなってしまうから。
 和泉さんには言えないけど、俺は叶わぬ夢を見てるんです。いつの日か、和泉さんが俺を見てくれるって…。そして、お隣の春田さんと牧さんみたいに、幸せに暮らすんだって。ばかですよね。叶うわけないのに…。
 あ、そうだ。春田さんに見られちゃったのマズイなあ!
 それにしても彼は秋斗にそっくりで、会うたびに内心ドキリとする。性格は全く違うみたいですけどね。
 春田さんとの出逢いが吉と出るか凶と出るか、まだわからない。和泉さんが立ち直るきっかけになるんじゃないかって思ってるけど…わからない。
 会社で春田さんの手を思わず握ってしまったって言ってたけど、気持ちはわかる。
 今日の怪我のこともあるし、春田さんは和泉さんのこと「ヤバイ人だ」と思ってるんじゃないかな。通報されたらマズイし、とりあえずおかかおむすびに現ナマつけて持って行こうかな…。


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