秋斗のひとり言 

 もう、ほんっとにドンくさい。ああ、イライラする。
 和泉さんよう、いいかげんに過去ばかり振り返ってねえで前に進みなって!もういいんだよ、俺のことはこれ以上引きずらなくていいんだ。
 過去に戻ることができても、俺は和泉さんをかばって死ぬ。少しも後悔してない。むしろ、愛する人のために死ねたんだから本望だよ。
 公安警察になった瞬間から、死ぬ覚悟はできていた。もっと悲惨な死に方をする可能性だってあったんだ。でも俺は、世界で一番好きな人の腕の中で死ねたんだから、幸せだった。
 嘘じゃない。本当に幸せだったんだ。
 だけど肉体から魂が離れた瞬間、和泉さんが号泣している姿が見えて「ヤバっ!」と思った。大丈夫かな、ちゃんと生きていけるかなって…。
 案の定、毎日毎日泣いてばかりいて、ろくに眠らず、飯も生命維持ギリギリしか食わず、何にも関心を持たず、仕事も辞めてしまった。自分を責め続けて、自分の命なんか枯葉くらいにしか思わなくなった。
 俺を殺した犯人を捕まえることだけに執念を燃やしてる和泉さんを、俺はなす術(すべ)もなく、ずっと見てた。辛かった…。
「俺のことでこれ以上苦しむな〜!前を向け〜!!」って何千回叫んだかわからない。
 だから俺、行くとこに行けなくてずっと和泉さんのまわりをうろついてるんだよ。
 和泉さんが、俺を殺した犯人の仲間に殺されそうになった時に、そいつに膝かっくんかけて和泉さんを逃がしたり、電車のホームでフラついて、線路に落ちそうになってるのをつかまえて引き戻したり、酔っ払って雪道に寝転んだ和泉さんが車にひかれないように、警察官を誘導したり…。手がかかるったらないわ! 俺、おちおち遊んでられないんだけど。
 和泉さんがあんまり嘆くから、いっそのこと俺がいるところに連れて行こうかと思ったこともある。だけど、菊がいてくれたから、思いとどまったんだ。
 もし菊がいなかったら、早々(はやばや)とその辺でのたれ死んでいたか、犯人に返り討ちにあって命を落としていたと思う。
 菊…本当にありがとう。そして…すまない。
 お前が和泉さんを好きなことは、薄々気づいていた。だから、先手を打って打ち明けたんだ。好きだってことを。ごめん…。優しいお前は、自分の恋を封印した。心に秘めてしまった。俺が死んだ後もだ。辛かっただろう? 
 だから俺は死んだあとで、和泉さんがお前の気持ちに気づくよう、頑張ったんだけど、和泉さんは復讐心で頭がいっぱいで、正気を失っていた。
 それで俺は、春田さんに会わせたんだ。ショック療法というか、あの人の力を借りて、和泉さんを正気に戻そうと思って。俺に瓜二つだし、ものすごく優しい人だから、ガチガチに凍った心が溶けて正気に戻るかもしれないと期待したんだけど、想像以上にドツボにはまってしまった。余計な苦しみをお前に与えて、本当にすまない。
 春田さんに対する和泉さんの気持ちは、恋なんかじゃなかった。あまりに俺に似てたから脳がバグっただけだ。
 バレンタインデーにチョコをあげようとしてるのを見て、菊は随分傷ついただろうと思う。だけど、お前が怪我した時、春田さんを背負い投げしたことを思い出して欲しい。
 お前しか見えてなかったじゃないか。和泉さんは自分の心に鍵をかけているから自覚してないけど、お前を愛してるんだよ。
 和泉さんと俺は、愛し合っていたけど、ぶつかることも多かった。結構ケンカもした。だけど、お前と和泉さんはあんまりケンカにならないだろうな。
 お前は揺りかごみたいに和泉さんを優しく包み込んで、尽くして、母なる大地みたいに愛するから。
 和泉さんを幸せにできるのは、お前だ。お前しかいない。
 俺が生きている間は、和泉さんを独占したから、これからはお前が独占する番だ。
 幸せになってくれ。お前たちが結ばれたら、俺は安心してあっちの世界に行ける。
 って思ってるのに、伝わらね〜!!
 和泉さんが、俺の写真を入れたペンダントを落としただろう? 
あれ、俺が落とさせたんだよ。それなのに、お前が見つけてしまって、俺100回くらい舌打ちしたわ。
 ところで菊…お前、家出て行っちゃったのか?
まあそりゃそうしたくもなるわな。俺にそっくりな奴のことを「好き」とか口に出すし、お前のことは「弟」なんて言うし。煮え切らないと言うか、曖昧と言うか、腹立つよな〜!
お前が賭けに出て点滴中にキスして告白したのに、和泉さんそれでもまだ目が覚めないのかよ。いったいどうしたらいいんだ。
 そういえば以前、春田さんに頼んで幽霊役やってもらったよな?
俺、あれやろうかな。今度は本物の幽霊。
俺が出て行って説教してやろうかな。
 あ、ヤバい、菊が目を覚ました。
 今からおむすびごろりんの仕込みか。がんばれ。
つうかさ、おかか以外のおむすび作れば?

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