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何者でもない私たちに、乾杯しよう。Lab-Cafeバーリニューアルの「初心」

本郷の学生が作り出すディープなたまり場、Lab-Cafeがバーとしてリニューアルオープンしてから、2021年6月11日でちょうど1年が経ちました。

当初は真新しかった「学生によるシックなバー」という形態も日常に溶け込み、「なぜバーを?」という問いを投げられることも、以前ほどではなくなってきました。良い意味で「当たり前」のものとして同世代の方々に受け取ってもらえている感覚があり、それは私たちが1年前に夢見ていた景色そのものです。

10年間続いた学生カフェをバーに造り替えた背景には、どういう想いがあったのか。なぜバーという形態だったのか。なぜ本郷という街に、それが必要だったのか。

こうした「初心を尋ねる」ような問いへの答えは、Lab-Cafeという場を楽しんで使ってもらうのに必ずしも知るべきものではありませんし、問わず語りをするのは無粋です。
しかし同時に、ふと立ち返るタイミングが来た時に、雲散霧消してしまっていては困るものでもあります。
そこで、1年という節目を借り、バープロジェクトの発起人である私、石橋拓真が、ここに「初心」を記しておこうと思います。

10年間の歴史

Lab-Cafeは、2008年に東大の院生によって設立されたサードプレイスです。
リーマンショックに沈んでいた日本の閉塞感を打ち破る鍵は「異分野融合」にある。
そんな信念を持った学生たちが、理解ある大人の方々のサポートを受け、本郷の雑居ビルの7階にオープンしました。

設立に際して彼らは、それまで学会などで訪問していたオックスフォードやUCLA、ハーバードなどの大学コミュニティをベンチマークにしました。
そして「本郷から新しいものを生み出し続ける学生の異分野融合サードプレイス」という理念を、下記の3つのコンセプトに落とし込みました。

1. 夜遅くまでゆっくりできる場所
2. 肩書に関係ない仲間を見つけられる場所
3. 新しい何かに挑戦できる場所

これらをもとに、平日夜はカフェとして営業し、その他の時間は学生のサイドプロジェクトの拠点として開放するという形態が実現しました。スポンサーは受けるもののスペース内にその色は出さず、あくまでも文化事業としてのスタンスをとりました。

以来、寄付・協賛をして下さる個人や法人の方々のご支援を受けながら、代々学生が引き継いでスペースとプロジェクトを運営してきました。
その中で、東大産学連携プログラムのTodaiToTexasや人工培養肉ベンチャーのIntegriculture、メタマテリアル解析ベンチャーのNature Architect、フレキシブル回路基板ベンチャーのElephantechなど、様々なプロジェクトが生まれ、巣立っていきました。

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「協賛解消」という危機、「閉店」という選択肢

転機が訪れたのは、設立後10年が経った2019年。それまで運営費を援助していただいていた協賛企業からの支援が切れてしまったことがきっかけでした。理由は複数ありましたが、大きかったのは「機能の形骸化」でした。

実際、その頃のLab-Cafeは、平日夜のカフェ営業には人が殆ど訪れず、イベントやミーティングなど「用がある時に来る」のみでした。ならばと運営メンバー陣も多種多様なイベントを展開し、自分たちなりの努力を試みるのですが、それらのイベントをも越えた「偶発的な出会い」を生むことには繋がらず。コミュニティは冷え切ったままでした。そんな中で下された「協賛解消」という「最後の一撃」は、私たちに根本からの見直しを促しました。

「そもそもなぜ人が来てくれないのか?」悲鳴のような問いに向き合う中で立ち返ったのは、10年前の設立時の3つのコンセプトでした。

1. 夜遅くまでゆっくりできる場所
2. 肩書に関係ない仲間を見つけられる場所
3. 新しい何かに挑戦できる場所

これらは、見方を変えれば

1. 学生を惹きつける、落ち着いた勉強場所という「基本機能」
2. 集まった人たちがフラットに関わりあう「交流機能」
3. 偶発的な出会いから新たな挑戦が生まれる「プロジェクト創出機能」

という3つの「機能」を表しているとも言えます。
10年前には、こうした「機能」は本郷エリアが全く備えていなかったものであり、それ故にLab-Cafeが誕生したのでした。が、2019年までの10年間で、様相は大きく変わりました。

元々Lab-Cafeがカフェという形態をとっていたのは、「大学の図書館以外に勉強できる場所が無い」という本郷エリアの課題を、創設メンバーが痛切に感じていたからでした。
しかし10年が経ち、状況は大幅に改善。学内には図書館下のラウンジが整備され、学外には数多の就活カフェがひしめくようになりました。「ゆっくり勉強できる場所」は、もはや本郷ではコモディティと化していました。

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▲東京大学総合図書館別館、ライブラリープラザ。出典:東京大学

また同時に、「プロジェクト創出の場」も、劇的に充実してきていました。リアルテックプロジェクトなら本郷テックガレージ、AIアルゴリズムを用いたプロジェクトならKernelなど、10年の時を経て本郷は「挑戦する機会」に事欠かない街になっていたのです。

これだけ本郷が充実した街になったのなら、Lab-Cafeはもうお役御免なのではないか?新たな時代の到来を喜びながら、身を引いていくべき存在なのではないか?
客観的な分析の結果、私たちは「閉店」の2文字を強く意識するようになりました。

コンセプトに立ち返る

しかし、何故かその選択肢にも違和感が残りました。今あるものを手放したくないという根拠なき拘泥なのか、あるいはもっと別の理由があるのか。答えの出ない悩みは数カ月続きましたが、ふとした時にコンセプトを図式化してみると、見えてくるものがありました。

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先の3つのコンセプトは、この図の左側のような層構造になっていると捉えられます。勉強のために人が集まるというベースがあり、集まった人が交流し、その中での化学反応によって新しいものが生まれていく。
そして10年を経た本郷エリアの様子は、図の右側のように表されます。勉強する場所もプロジェクトを走らせる場所も豊富にあり、最早Lab-Cafeが無くとも誰も困らない街。しかしよくよく見てみると、2段目が空白であり、3段目が宙ぶらりんになっていることに気が付きます。

これは一見不思議な現象に見えます。「学生向けスペース」を謳う場所ではどこでも「新たな出会い」が喧伝されており、むしろ「交流」こそが飽和した機能なのではないかと。しかし、場の提供者であると同時に他のスペースの利用者でもあった私は、それらが本当の意味で「よき交流の場」となってはいないことを、感覚的に知っていました。

「偶発的な出会いと化学反応の場」という、誰でも思いつくような使い古された「良いアイデア」が、未だに理想的な形で実現されていないのは何故か。
観察と考察の結果が辿り着いたのが、「かき混ぜ役」「入口での引力」「ラベリングの排除」の3要素でした。

①「かき混ぜ役」の不在

例えば就活カフェや学内のラウンジ。前者には洒落た内装に無料のドリンクがあり、快適に作業ができます。後者には可動式のホワイトボードまで備え付けられ、勉強会には理想的な環境です。しかしいずれも、「知り合い」と出くわすことはあれど「知り合いの知り合い」に輪が広がる場ではありませんでした。一体なぜか。

そもそも誰かと誰かが出会うというのは相応にエネルギーの居る現象であり、そのエネルギーを乗り越える触媒を何らかの形で用意することが必要です。その触媒は机の形だったりイベントだったり音楽だったりしますが、最も基本となるのは人、即ち「ちょうど良い形で出会いのパスを繋げる、かき混ぜ役」です。

言うは易し、この「かき混ぜ役」は中々に難儀な仕事です。やりすぎては鬱陶しく、やらなさすぎては存在価値がありません。場に居る1人1人の所属や興味、人柄等のバックグラウンドをしっかり把握した上で、その場での表情や会話の輪の様子を細かく観察し、あくまでもさりげなくアシストを試みます。非常にコストのかかる繊細な仕事です。

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就活カフェや学内のラウンジにはどちらもスタッフが常駐はしていますが、彼らの仕事は「場の監督」であり「人と人とを繋ぐおせっかい役」ではないように見えました。
そもそも就活カフェであれば運営側の目的は「スペース利用時に学生のデータを集める」ことであり、登録時点でそれは達成されているためにそれ以上のコストを払うのは営利企業として合理的ではありません。
そして学内のラウンジであれば、その場を利用する全員をスタッフが把握するというのは(東大のような大きな大学では)原則不可能です。
それゆえに、「かき混ぜ役の不在」が起きていたのです。

②「入口での引力」のミスリード

一方、プロジェクト創出のためのスペースでは、発表会などで頻繁に交流の機会を設けており、一定の盛り上がりを見ています。しかしそうした「交流」の場は、得てして想定の範囲内の出会いに収まるケースが殆どでした。これは「予想もしなかったような出会いのある場」とは、少し趣を異にするものです。一体なぜか。

改めて、人と人との出会いには相応のエネルギーが必要です。そして重要なことに、人は思っているほど「新たな出会い」を必要としていません。「分野を越えたつながりを」「団体やプロジェクトを越えた横のネットワークを」という掛け声は響きは良いですが、その人や団体の一番の興味関心は既に手元にある活動や研究そのものなのであり、そもそもお互いに対して興味をさほどは持っていないというのが実際の所です。

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しかし、そうしたつながりは決して無価値ではなく、むしろ私たち学生にとって掛け替えのないものです。Lab-Cafeの目的の一つでもあります。ポイントは、それらは「結果として生まれるもの」だということ、ゆえに「交流のための交流」は成立し得ないということです。

例えば友人と旅行に出かける時、そのプランを決めるものは、旅先の美味しいご飯だったり、綺麗な景色だったりします。旅を始める時にはこれらを目当てに出かけますが、旅を終えた後に記憶に残るのは、それら一つ一つのコンテンツよりもむしろ、その時々で友人とどんな言葉を交わしたか、どんな反応を彼らがしたかではないでしょうか。
私はこれらを「入口での引力」「出口での満足」と呼んでいます。多くの場合前者はより具体的で即時的、即物的です。そして後者は言語化しづらく、狙って得られるものではないぶん深く心に残ります。

「予想外の出会い」は、「出口での満足」に当たります。起こる前には想像もつかず、その価値は起こってからでしか分からないものです。それを入口の段階で言葉で分かりやすく示すには、出会いの可能性を相手が言葉でイメージできる範囲に予め狭めておく必要があります。
先述の「交流のための交流の場所」は、「出口での満足」となるべきものを「入口での引力」として見せてしまうが故に、出口で得られる結果を乏しいものにしてしまうと考えています。

③「ラベリングの排除」と「何者コミュニケーション」

そしてこれが3つのうち最も重要なのですが、就活カフェや学内ラウンジといった「勉強の場」、インキュベーション施設などの「プロジェクト創出の場」が共に欠いているポイントは、「ラベリングの排除」です。

私たちは、様々なラベルを身に纏いながら日々過ごしています。○○社や××大学といった所属組織だけでなく、専門分野のラベル、性別のラベル、年齢のラベル、国籍のラベルなど、大小さまざまなラベルによって、「自分」というものが規定されています。

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そのラベルは場所によって変わります。就活カフェであれば「○○業界に興味のある学生」、インキュベーション施設であれば「××プロジェクトをやっている学生」として、利用者は迎え入れられます。そこでは学生は社会的に立派な肩書を持った「何者か」になろうとする指向性を求められ、自らを積極的にラベリングすることを期待されます。

そうした「何者かであることを求める」風潮は物理的な場だけでなく、SNSをはじめとしたサイバー空間にも広く浸透しています。そして社会全体としての不安定性が増し、「組織に安住する」のではなく「個として生き抜く」ことが良しとされる流れが加速しています。結果として、自らをラベリングし、ブランディングする「何者コミュニケーション」とでも呼ぶべきものが、社会人のみならず大学生にまで要求されるようになっているように感じます。

一方、大学生の数年間は、「何者でもない」でないことを許された最後の時間です。朝井リョウの小説『何者』にも描かれているようにそれは「青春の終わり」であり、「人生の始まり」となるかけがえのない「さなぎの時間」です。そういう重要な移行期間を過ごしている大学生を「何者コミュニケーション」の波が飲み込んでいくことに、私は当事者として強い違和感を感じたのです。

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自分たちが最も望む場所を

3つのポイント「かき混ぜ役」「入口での引力」「ラベリングの排除」を備えた「よき交流の場所」が、本郷には未だ無い。これこそが、Lab-Cafeが担うべきピースであり、存在し続けるべき理由なのではないか。「閉店」という選択肢に伍する、「生き残る道」が見えてきました。
しかし先述の通り、「交流機能」だけを単体として備えた場は成立しません。ならばどうするか。私たちが考えた打ち手は、「基本機能を入れ替える」というものでした。

Lab-Cafeにそもそも人が来なくなったのは、「勉強や作業できる場所が欲しい」という第一段階の基本ニーズに応える場所が沢山できたためでした。予算や設備で勝ち目のない私たちが、そのレッドオーシャンの中で戦い続けるのは得策ではありません。

では、他にどういった基本ニーズを満たすのか。私は、ペルソナである大学生の高学年、つまり自分自身の生活リズムをつぶさに観察しました。その中で最も良いアイデアに思われたのが、「勉強するための場所」ではなく「勉強した後にガス抜きをするための場所」にする、というものでした。

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私たちの「ガス抜き」とは、社会から求められている役割から離れて、羽を伸ばしたコミュニケーションをすることを指します。それを目的として訪れずとも、この「非日常的な」場所で、価値観の異なる人たちとの対話を通してラベリングされた自分を見つめ直したり、気づけば「日常」に向かうエネルギーが醸成されている、そんな場所を作りたいと思いました。

「大学生のガス抜き」として多くの場合挙げられるのは「飲み会」です。サークルやゼミなどの仲間と、普段の活動とは違う場所で、盃を交わしながら親睦を深める。しかし個人的な話ではありますが、私はいわゆる大学生の「コンパ文化」に中々なじめなかったタイプでした。

「コール」や「ゲーム」といった形で「酔うための道具」としてドリンクを消費し、アルコールへの「強さ」を競い合い、声の大きな「陽キャ」が輝く。勿論そうした飲み会ばかりではないことも経験していましたが、ビール一杯で顔を真っ赤にして寝てしまう下戸だったため、心から楽しめたことはありませんでした。とはいってもお酒そのものは好きで、機会があれば美味しいお酒を少しだけ飲んで楽しむなどしており、「大学生とお酒」の関係には、もっと別な形があるのではないかとぼんやり思っていました。

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ここでようやく「バー」というアイデアが出現するのですが、それも初めはしっくり来ませんでした。大人でムーディな雰囲気は敷居が高く、何より学生が通うには価格が高すぎます。他にもパブやスナックといった形態もありましたが、パブはじっくりリラックスして楽しむのが難しく、スナックは「おじさんの集う場所」という昭和なイメージがつきまといます。

バーでもパブでもスナックでもない、新しい形態の酒場。その姿を模索していくべく、私は「新しい酒場を作ろう」とメンバーを募りました。そして各地の「クールなサードプレイス」を巡って、あれこれと見聞きし議論を交わしました。
どれも素晴らしい場所で、提供物や建築、そしてその場所を作る人との会話から沢山のヒントをもらったのですが、それはまた一つ一つ別の記事で紹介していければと思います。

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▲視察の中では、バーの他にも色々な場所に行きました。こちらは京都にある間-MA-。創作京料理屋と茶室と古本屋が一つになった「異空間」でした。

東奔西走、喧々諤々の結果出来上がったのが、こちらのコンセプト文でした。

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カフェ、バー、パブ、スナック…これまで多くの人が憩う場所がもつ性質のうち、私たちが良いと思ったものをブレンドし、私たちの言葉に落とし込んでいきました。既存の文化の枠組みに閉塞感を感じていた自分たち自身が、一番望んでいる場所をイメージしました。その意味では「カフェをバーにした」という表現は厳密さに多少欠けますが、最も近い形態であり、最も分かりやすい「場のラベリング」として採用しています。

「酒場」である理由

酒場以外の選択肢も、勿論ありました。シーシャ場、雀荘、茶室、果ては生き物の飼育室など、あらゆる角度から様々な可能性を検討しましたが、最終的に酒場に落ち着いたのは、それが前述の「交流場所」のための3つのポイントに最も沿っていたからでした。

バーには、思わず「飲みに行きたい」と心を躍らせるようなカクテルがあります。それが「入口での引力」となって、勉強の疲れを癒したい人を惹きつけます。バーでの時間はカクテルだけを見つめて過ごすには長すぎますから、バーテンダーや隣の客と話すようになります。相手の事を何も知らなくとも、お互いにグラスを持っていれば乾杯をして、「それ、美味しそうですね」と話を始めることができます。その間、彼ら(彼女ら)は「ラベルを排除」された「何者でもない一人の飲客」として、フラットかつオープンに接することができます。そしてその会話に、バーテンダーという「かき混ぜ役」がそっとスパイスを効かせます。さりげなく生まれた出会いと会話は予想外の発見を生み、「出口での満足」を高めます。

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そのイメージができたら、それを具体的な工夫に落とし込んでいきました。

🍸「入口のフック」となるようなものにすべく、カクテルにはとことんこだわる。
💲学生がカジュアルに来られるよう、内装はプレーンにし、価格も抑える。
💡高価なリキュールや食材は買えないので、ストーリーの作りこみと発想力で勝負する。
🍷アルコールへの強弱に関わらずカクテルを楽しめるよう、モクテル(ノンアルコールカクテル)をアルコール入りカクテルと同じ「主役」として押し出す。
📅覚えやすいように、営業日は曜日固定で週1日にする。(現在は週2日営業)
💺人の動きが流動的になるよう、バーチェアは背もたれのないシンプルなものに。バーテンダーと同じ目線で話せるように、少し背の高いものを。
👔スタッフもゲストも同じ学生として等しく交ざることができるよう、あえて私服でサーブする。
📚人と人との会話を妨げるものは極力排除し、逆に会話のフックになるようなインテリアを散りばめる。
📝「知り合いが知り合いを呼んでくる」という緩やかな広がりを大切にするために、予約はフォームを使わずにスタッフとゲストのコミュニケーションで行う。

さいごに

こうした幾多の小さな工夫を経て、2020年6月11日に、Lab-Cafeはリニューアルオープンを迎えました。世の中の状況は未だ明るみませんが、この場所を愛して足を運んでくださる方々のお陰で、私たちは何とか歩みを進められています。ほんとうに、有難うございます。
今はさらに1年を経て、理念、味、オペレーションの全てにおいて進化しています。バーを軸にしながらアートギャラリーとしての企画展示も開始し、学生アーティストと一緒にオリジナルカクテルを飲みながら作品を楽しめる「飲む美術館」として好評を博しています。

「初心」とタイトルに記しましたが、いずれはこの「初心」も古びてゆきます。その時はその時で、求められる「サードプレイス」の新しい形を見つけていくのだと思います。私たちは日々変化し続け、「良い場所とは何か」という問いに向き合い続けます。

これからも、Lab-Cafeをよろしくお願いします。

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[Author Profile] 石橋拓真
東京大学医学部医学科5年。
Lab-Cafe学生運営統括。バー・LT・ギャラリー・ワークスペースの取りまとめ役。
宇宙開発が好きで、宇宙医学の学生コミュニティを立ち上げた。
お酒は好きだが、弱いためすぐに寝てしまう。

20201226-27 年末合宿_201230


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