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ドラマにおける「シスターフッドの男性版」を考える

 最近ドラマを見ながら考えていたことを、自分の思考を整理する目的で書いてみる。

「シスターフッド」が盛り上がりを見せた2023年のドラマ界隈

 2023年は、国内のドラマを語る際に「シスターフッド」という語がよく使われていたように思う。
 1960年代以降の女性解放運動を起源とする言葉で、同じ目標に向けた「女性同士の連帯」を意味する。ドラマや映画を評する際には、(「目標」が明確に掲げられるか否かは作品によるけれど)「生きづらい世の中で生きていくための女性同士の友愛や協力」を指して、この語が用いられることが多いだろう。

 2023年のドラマで言えば、「18/40~ふたりなら夢も恋も~」や「くすぶり女とすん止め女」では、「シスターフッド」の語が、公式Webサイトの番組紹介欄に登場する。

 私が見たドラマの中では、「今夜すきやきだよ」のあいこ(蓮佛美沙子)とともこ(トリンドル玲奈)、「セクシー田中さん」の田中さん(木南晴夏)と朱里(生見愛瑠)の関係がまさにシスターフッドと言えるだろう。どちらの作品でも、二人の前には性別や年齢にまつわる偏見が横たわっている。
 そんな中で、どちらの二人も互いを尊重しながら、苦手なことは補い合いつつ、時には目の前の不条理に対して共に立ち向かって、前向きに日々を暮らそうとしていた。見ていると自然に勇気づけられるようで、非常に良質なドラマだった。


「シスターフッド」と対置される「ホモソーシャル」

 シスターフッドの対義語ではないものの、よく対比的に用いられる語として「ホモソーシャル」がある。
 ホモソーシャルは同性(特に男性)同士の緊密な結びつきを指す語で、ホモソーシャル的な結びつきには多くの場合、ミソジニー(女性蔑視)やホモフォビア(同性愛嫌悪)が伴う。

 2023年12月から2024年1月にかけて放送されたドラマ「SHUT UP」では、シスターフッドとホモソーシャルの両方が分かりやすく描写されていた。以下が簡単なあらすじだ。

 東桜国際大学に通う由希(仁村紗和)・恵(莉子)・しおり(片山友希)・紗奈(渡邉美穂)の4人はみな苦学生で、アルバイトで生活費を稼ぎながら女子寮で一緒に暮らしていた。ある日、恵が望まぬ妊娠をする。産み育てる余裕のない恵は、相手の男性・悠馬(一ノ瀬颯)に中絶手術の費用を負担するよう求める。彼は自分がその子の父親であることを認めず、費用も払おうとしない。
 悠馬は大会社の御曹司で、名門の明鵬大学に通っている。恵が彼と出会ったのは、彼が代表を務めるインカレサークルだった。
 由希ら4人は、恵の手術費用を確保しようと奔走したり、その過程で起きたトラブルに対処したりしていく中で、悠馬のサークルで性暴力が横行していたことを知る。その事実を明るみに出し、復讐を果たすため、悠馬の交際相手・彩(芋生悠)と協力しながら悠馬に立ち向かっていく。

 このドラマにおけるシスターフッド的な関係とはもちろん、由希ら4人+彩の5人だ。彩は悠馬と同じ明鵬大学に通うお嬢様で、由希らとは置かれた境遇が異なる。悠馬の行動に疑念を持った彩は、悠馬が起こした所業を明らかにするため、由希らと行動を共にする。
 一方、ホモソーシャル的な関係は、悠馬のサークルの中心メンバーである、悠馬を含む男子学生たちに見られる。彼らは、自分たちの欲望を満たすために、あるいは権力者との結びつきを強めるために、女性をモノのように利用する。彼らは明らかに由希らを見下し、相手を対等な一人の人間として扱おうとしない。
 このように「SHUT UP」では、シスターフッドとホモソーシャルが鮮明に対比をなす構図が描き出されていた。


「ホモソーシャル」に属さない男性に居場所はあるか

「SHUT UP」には、シスターフッドにもホモソーシャルにも属さない人物が登場する。悠馬のサークルの中心メンバーの一人である伊月(野村康太)だ。
 伊月はサークル内で事務仕事を引き受けているが、いつも仕事を淡々とこなしていて、他のメンバーたちと深くは関わらない。悠馬たちの女性を軽視したような言動に違和感を覚えつつも、その違和感を掘り下げようとはしない。

 伊月は行動を起こす彩の様子を見て、サークル内部で起きていた問題を徐々に知っていき、最終的に由希ら4人+彩と共に闘うことになるのだが、その立場は複雑だ。
 彩からは、サークルの問題について今まで知ろうとしなかったこと、見て見ぬふりをしてきたことを責められる。一方で、問題について悠馬にそれとなく訊ねようとすると、「伊月には関係ない」と遮られる。
 伊月はサークル内で横行している性暴力の実態調査を担うことになるのだが、彩の仲介で由希ら4人と初めて会ったときには、しおりから「この人ほんとに信用できるの?」と詰め寄られる。

 もちろん、サークルの中心メンバーでありながらサークル内の問題に気づかなかったこと、直視しようとしなかったことには一定の責任はあるだろう。それにしても、全員から好意的でない眼差しを向けられていて、孤独だ。悠馬たちのホモソーシャルにはなじめないし、由希たちのシスターフッドに協力はするけれど、完全に仲間に入れてもらえるわけではない。
 
 では、伊月が心を落ち着けられる居場所はどこかにあるのだろうか。自分が抱えている悩みやすっきりしない思いを吐露し、寄り添ってくれる存在はいるのだろうか。大学内外のどこかにはいるのかもしれないが、少なくとも作中では見当たらなかった。


生きづらさを語る男性たち

 さて、冒頭で「シスターフッド」という語がドラマ界隈で隆盛を見せていることに言及したが、一方で、「ブラザーフッド」という語はほとんど聞かれない。
 そもそも近年シスターフッドが多く描かれるようになったのは、これまでのフィクションの中で男性同士の絆ばかりが描かれ、女性同士は分断・対立させられてきたことへの反省・反発・反動という側面もあるようだ(※1)。だから、ブラザーフッドをいまさら盛り立てる必要もないのかもしれない。

 とはいえ、(やや乱暴な理解で言えば、)今までに描かれてきた男性同士の絆は、ミソジニーを含んだいわゆる男子校的なノリや、精神的・肉体的なたくましさを称揚する価値観を含むものも多く、「SHUT UP」の伊月はそこにはなじめないだろう。
 では、男性たちが、生きづらさを共有しながら、互いに支え合いながら、社会で生きていこうとする作品はないのだろうか。

 実は、冒頭でシスターフッドの例として挙げた「今夜すきやきだよ」と「セクシー田中さん」では、男性の生きづらさも描かれていた。

「今夜すきやきだよ」の5話では、世間が求める「男らしさ」に沿って生きてきた男性であるゆき(鈴木仁)が、「男らしさ地獄」から抜け出したいと言うしんた(三河悠冴)と出会う。しんたと対話していく中で、ゆきは自分も苦しみを抱えていることを認め、悩みを打ち明け始める。

「セクシー田中さん」の7話における、小西(前田公輝)と進吾(川村壱馬)の対話は興味深い。
 小西は、学歴も年収も手に入れたことで異性からモテるようになったけれど、どこか虚無感が拭えないこと、自分の悩みや弱さを話す相手がいないことを語る。進吾は、これまでブラック会社に勤めてきて、女性が結婚相手に求める最低限の年収すら得られない人間であったことの苦しみを振り返る。
 両者の語りの中にはミソジニスティックな言葉が含まれていたり、一筋縄では理解しづらい屈折した感情が含まれていたりするものの、等身大の男性としての葛藤が描かれていたように感じる。

 また、古い性別観を持つ父親の下で育てられ、30代半ばの今もその価値観に囚われながら生きる笙野(毎熊克哉)も、このドラマの中で生きづらさを抱える男性の一人だ。


互いの苦しみに寄り添い合う二人

 支え合う、という関係がよりはっきりと見えるのは、2023年10~12月に放送されたドラマ「いちばんすきな花」の椿(松下洸平)と紅葉(神尾楓珠)だろう。

 椿は「都合のいい人」だ。誰にでも分け隔てなく優しい椿は、しばしば周囲から面倒ごとを押し付けられる。幼い頃から自分の感情を隠して「いい子」を演じてきたせいで、誰にも本音を打ち明けられない。その方が万事穏やかに進むし、誰にも嫌われないから。彼は婚約者にも素の自分を見せられず、そのことが遠因となって婚約を破棄されてしまう。
 一方、紅葉は「調子いい人」だ。容姿に恵まれ、誰とでも仲良くなれる紅葉のもとには、いつも多くの人が集まってくる。けれどそのつながりは表面的なもので、時には紅葉の容姿や社交的な性格を周囲にあくどく利用されたりしていて、誰とも深い関係を築くことができない。

 偶然に出会った椿と紅葉は、次第に心を許し合える友人になる。椿はこれまで胸の内にしまいこんできたたくさんの言葉を紅葉に投げかけ、紅葉は自分が抱えてきた苦しみを椿に延々と聞いてもらう。世の中には嫌なことがたくさんあるけれど、会話をしているときの二人は、この世界で初めて息ができる場所を見つけたみたいに心地よさそうだ。


中年男性の葛藤とアップデート

 これまでに取り上げた「今夜すきやきだよ」「セクシー田中さん」「いちばんすきな花」の3作の登場人物たちはいずれも20~30代の若い男性だが、現在放送中のドラマ「おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!」では、中年男性が葛藤する様子が描かれる。

 主人公である51歳の沖田誠(原田泰造)は、古い価値観を体現して生きてきたような人物だ。1話の冒頭では、「お茶は女の人が淹れた方がおいしいだろう」という、さすがに今どき誰も言わないようなジェンダーハラスメント発言をする。会社では根性論を振りかざし、家庭では家族の趣味を否定して、どちらでも煙たがられている。
 誠は、会社の部下や家族との間に距離が生まれていることを気にしてはいる。けれども、どうしたら良いか分からない。そんな折、息子の翔(城桧吏)から「お父さんみたいな人には絶対なりたくない!」と言われ、大きなショックを受ける。

 このドラマのキーパーソンとなるのが大学生でゲイの大地(中島颯太)だ。大地はもともと翔と友人で、沖田家に遊びに行った際に誠とも顔を合わせている。ある日、公園でヤケ酒をする誠を見かけた大地は、誠に声をかける。
 誠は大地に、家庭の悩みを打ち明ける。大地はその悩みを受け止め、周囲の人間とうまく関係を築くために、価値観をアップデートをすることを提案する。誠はアップデートを決意し、歳の離れた二人の交流が始まる。
 大地は、自分の凝り固まった偏見を取り除こうと奮闘する誠に寄り添い、誠の葛藤や混乱する気持ちに耳を傾ける。大地は誠の考え方を尊重しつつ、誠がうまくアップデートを成し遂げられるよう適切な助言をする。

 年齢も価値観も性的指向も違う二人の男性が交友を深めていく光景は、今までのドラマではあまり見られなかったもので、非常に新鮮に映る(※2)。現在放送されている第5話まででは、大地が誠を助けるという構図がメインだが、今後逆に、大地が誠に救われる場面もあるかもしれない。最後まで楽しみに見たい。


今後注目したい作品

 これまで見てきたように、2023年から2024年にかけて、国内のドラマでは「シスターフッド」だけではなく、男性同士が支え合う様子も描かれるようになってきている。広いドラマの世界のどこかには、「SHUT UP」の伊月、あるいは伊月のような視聴者が救われる場所もあるだろう。

「SHUT UP」のプロデューサーを務めた本間かなみは、最近のインタビューで「男性同士がケアする話を作りたいと思っています」と発言している。構想がどこまで具体化しているのかは分からないものの、本間プロデューサーの今後世に送り出す作品を心待ちにしている。

 また、これまでは女性同士の関係、男性同士の関係について述べてきたが、ケアし合う関係を築くのは同性同士でなくとも良いだろう。
 2月9日公開の映画「夜明けのすべて」はPMS(月経前症候群)に苦しむ女性と、パニック障害を抱える男性が、友達でも恋人でもない関係ながら、互いを助け合う物語のようだ。原作未読なので二人がどんな関係なのか詳細には分からないが、公開が楽しみだ。


(※1 映画「あのこは貴族」を見たとき、同じ男性と交際する二人の女性が初めて対面するシーンで、修羅場的な空気にはならず、二人が好意的に対話をすることに目新しさを感じた。
 以下の対談記事では、原作者の山内マリコがその場面を意識的に書いたことが語られている。
「文学、お笑い、映画が描く女性の連帯。『あのこは貴族』山内マリコとAマッソ加納愛子が語る、シスターフッドの“いま”」
https://moviewalker.jp/news/article/1020939/

(※2 この一文を書きながら、アメリカの映画「グリーンブック」を思い出した。この映画では、価値観、性的指向、そして人種の異なる男性二人が次第に連帯を見せていく。)


最後に。
「セクシー田中さん」の原作者である芦原妃名子先生のご冥福をお祈りします。素晴らしい物語を生み出してくださったことに、深く感謝します。 

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