美味しすぎない「上ポークライス」
幾ら歳を重ねても、知らない店に足を踏み入れるのは緊張する。そして、そこそこな年齢になってしまったからこそ、それを周囲に悟られないように取り繕うのだ。
よし、引き戸だな
押したり引いたりすることなく、スムーズに初入店を果たすだけで気持ちがいい。これだけで年寄の面目が立つ。多賀城駅の近くにある「食堂 大郷」に来た。今日は珍しくお目当てがある。上ポークライスを食べにきた。
席はそこそこに埋まっているのだが、お店はシンと静まり返っている。いらっしゃいませと歓迎されることもなく、空いている席に何となく座る。実は、ここに座り続けてよいのかも分からない。
水も運ばれて来ない。オーダーも取りに来てくれない。「すみません」と声をかけることも憚り、ただひたすらにジッと待つ。すると漸く客と認めてもらえたのだろうか。女将さんがやって来た。冷たい水の提供と共に注文を許されたのだ。
先に妻が頼んだ、生姜焼き定食が届く。お盆からはみ出た皿は、ゆるやかに傾斜している。その歪みを補正するように、大量にポテサラが盛られている。
隣の席で後にオーダーされたポークライスが横を通る。女将さんに諭される。あなたは「上」だから、と。「上」ならば待ちなさい、と。虚栄心や自尊心がむくむくと刺激される。そうだ、私は「上」なのだ。
入店から焦らされ続けて、上ポークライスが目の前に現れた。「ほら見て、上は凄いでしょう」という囁きと共に。
ソースとケチャップで構成された濃い味。ちょっと驚くほどに柔らかく分厚いポーク。ポテサラがソースの味を吸い、千切りされたキャベツと共にしっかりと脇を固める。食べるドラッグと言っても過言でない。食べる手が止まらない。
こんな夢心地に終止符を打つのは白米だった。柔らかい…。美味すぎない…。極上の動物性タンパク質による誘惑を見事に断ち切るご飯の柔らかさ。危なかった。危うく向こうの世界に連れていかれるところだった。
食事を終え、女将さんがニコニコとやってきた。
思ったよりもボリュームあったでしょう。
女性でもご飯大盛りにする人もいるんですよ、…皆んな小声でね、私に声をかけるんです…。
危ない。飴と鞭を使い分けられて、マインドコントロールされるところだった。今日はご飯の柔らかさに感謝しなくてはいけない。
帰りがけに、さて次回は何を頼もうかと考える。何を頼んだら、女将さんは私を認めてくれるだろうか…。そうだ、私は上の人間なのだから…。
サポートいただいたお金で絶妙なお店にランチにいきます。