南イタリアの匂い

 2003年の夏に南イタリアを観光した。父が定年後の第2就職で滞在していたので押し掛けたのだ。3日間父の運転で走りまわるうちに、強い日射しとどこまでも続く白茶けた丘陵、遺棄された建物の多さにおそれをなした。芳醇な歴史を読み解くには自分の中のフックが少なすぎた。
 アルベロベッロに向かう途中のトゥーリという街に立ち寄った時だったと思う。通りがかりの建物の中でノミを振るう若い職人がいた。見るともなしに暗がりを見上げていると、視線に気づいてウインクしてくれた。今となっては碌な笑顔すら返せなかった事が悔やまれる。旧市街の修復は花形職だろうことや「何の建物?」と聞けばコミュニケーションできたろうと想像できるからだ。
 真夏の早朝、湿度が上がる前のひとときだけ、この東京で「南イタリアの匂い」を感じる事がある。FBもインスタグラムもない頃の記憶に刻まれた寸景が、匂いに誘われて懐かしく立ち上がってくる。

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