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それでも、めんどくさい人間関係を、今はまだ選びたい。

昔からよく人から相談を受ける方だ。


夫婦のこと、恋愛のこと、友だちのこと、仕事のこと、などなど。


秘密ごとの共有も多い。


私は決してマツコデラックスみたいに、面白くかつタメになる返答が出来るわけでも、人生経験豊かなわけでもない。


ただ割と道徳的な概念が欠如してる方で、犯罪に関わること以外は偏見を持たないタイプなので話しやすいのかもしれない。


沖縄に越してからは、物理的にみんなと距離があることもあり、より安全パイ度合いが高まったのか、突如、堰を切ったように悩みをぶちまけられることも多い。


たくさんお悩みを聞いてきたので、最近では「この人ここ悩んでるのけど、本質の問題はここだよね」とか、「ああ、この人は過去にこういうことあったから、今ここでつまずいてるんだな」とか、いろいろわかってくる。


しかし、本人には言わない。


問題の渦中にいる人は、そんなことを上から目線で言われても嫌なだけだし、本質は自分で気づかないと意味がないし、別に気づかなくてもいいと思うし。



人が悩む原因のほとんどは、アドラーも言うように対人関係だと思う。


もし自分一人だったら「何を食べようかな?」とか迷うことはあっても、悩むことはない。


自分以外の人間と関わるから悩むのである。



東京に住んでた頃、よく週末に伊豆に行っていたのだけど、とある伊豆の山奥で、ほぼ自給自足しているオジサンと話す機会があった。


オジサンは、昔ずっと六本木に住んでいて、美容のプロでテレビにでたり本を出したりしている人で、側から見たら華やかな世界で活躍している人だった。


しかし今は仕事を辞め、まるで秘密基地のようなツリーハウス風の家を持ち、その下に広がる自給自足の畑に行くには、手作りされた自家発電式エレベーターを利用する。


乗っているバイクがBMWだったのが、六本木時代の名残を感じさせたが、それでもかなり俗世から離れ、人と合わない生活をしていた。


そんなオジサンがどんな話の流れか忘れたのだが、「山奥に住んで、人と関わらなくなって本当にストレスがなくなった。あのね、人間と関わるからストレスが溜まるんだよ。あなたも早いとこ隠居して、山奥に越して人と関わらないようにしたらいい。毎日すごいハッピーなんだよ!!」と言っていた。


その後もしきりに隠居の素晴らしさを語っていたのだが、私は、「人間関係が一切なくてハッピー!!」と言ったその時のオジサンの目がちょっと怖いと感じ、

「私は、まだ、人間関係、欲しい」

と思ってしまった。


この日以降も、たまにあのオジサンの目を思い出す。


そして、いや、まだあの域にはいけないな…と自分の気持ちを再確認する。


いつの日かもっと年を取ったら、あのオジサンみたいに、自分だけの世界に籠りたくなるかもしれない。


でも私は、日々こうやって人のお悩みを聞いたり、自分自身も悩み苦しみドタバタしている人生が、時にはしんどく、時には救われると感じることもあるので、まだもうちょっと人間関係に関わりながら生きてゆこうと思うのだ。


…とここまで書いて、東京から沖縄に引っ越したのも十分、隠居の始まりじゃね?と思うのであった。


ラエコ

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