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サイレンの音が聞こえる日

「今日は何の日?」と聞かれて、すぐに答えられる人はどのくらいいるんだろう。

8/9、長崎に原爆が落とされた日だ。

小学生だった頃、夏休みが始まったばかりで浮き足立っている8月の最初の週、6日と9日は黙祷のサイレンが鳴り響いていたことを今でも鮮明に覚えている。毎年あの音を聞く度に少し心がざわめいて、神妙な気持ちになっていた。

そういえば、東京に来てからサイレンの音を聞いていない。

今、この文章を書きながら、
どこかでみた原爆の熱風で人の影が壁に残った写真を思い出している。
見たことのある人は、どのくらいいるだろうか。

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わたしの母の実家は北九州で、祖父も祖母もずっと北九州に住んでいた。

なぜ突然こんな話が出てくるのかというと、
長崎に落とされた原爆は、本当は北九州に落とされるはずだったからだ。たまたま天候が悪く、視界が良好ではなかったため、目的地は長崎に移されたと聞いている。

だから、この日が来ると
「もし原爆が北九州に落ちていたら、祖父と祖母がどうなっていたか分からないし、もしかしたらわたしはここに存在しなかったかもしれない」と思わず考えてしまう。

そんな「もしも」なんて、歴史の中にいくらでも存在するんだろうけれど。

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8月6日に「今日は広島に原爆が落ちた日だね」という話を友人にした。そうすると、「このことに、今日1日ここでしか触れてない。これって良くないことだよね」と。

サイレンのない東京では、思い出すきっかけがなかなか無いのかもしれない。
そう思ってこの記事を書いてみた。

記憶が薄れていくことは仕方ない。
全てを覚えておくことは無理だ。

この日だけではないけれど、
日本にとって、そして個人にとって、
大きな意味を持つ日というものがたくさん存在していて、その日のほんの少しの間だけでも想いを馳せる瞬間があってもいいのではないかと思う。


東京五輪の閉会式、2020年8月9日は
奇しくも長崎原爆から75年目の節目の日なのだそう。

この日が、世界的にそれぞれの「平和」を考える日になることを願って。

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