卵焼き

自分のことを1番惨めに感じたのは中学生の時、先輩に殴られて泣いて帰った夜のことだと思う。

先輩と私は親密な間柄だったけれど、いつのまにか拗れて、殴り殴られる関係になっていた。毎日サンドバッグみたいに殴られたり蹴られたりしていたというのに、嫌われるのが怖くて抵抗ができなかった。
私を殴る理由を教師に聞かれたとき、にやけながら「受験のストレス発散」なんてふざけたことを言う男に殺意も抱いていたのに、どうしたらこの愛憎入り混じる泥沼から抜け出せるのかわからなかった。
ただ「私が悪い」と思い、暴力を受け入れ続けていた。

幸いなのは泣いて帰っても親がいなかったことだ。
殴られたところが痛くて、それよりも大好きだった先輩に嫌われたという事実で胸が痛くて仕方なくて、あの時期はずっと泣いていた。
泣きすぎて顔の皮膚が痛いけど、お腹は空くのでご飯を作る。料理なんかできないから、卵を焼くだけだ。

フライパンに油を敷いて火をつける。その間にボウルに卵を割り入れて塩胡椒を入れる。フライパンが温まったら卵を入れて、スクランブルエッグにしてお皿にいれる。お皿の上に白いご飯も乗せて、母が朝に作ったお味噌汁も温める。

四人がけのテーブルに一人前のご飯を乗せて、一人で食べる。もう夜なのにカーテンを閉めていないから窓ガラスに自分が写っていた。
泣きすぎて目が腫れているうえ、眉が下がり鼻水まで出ていて情けない顔をしている。
先輩に嫌われている顔を見たくなくて下を向いたままご飯を食べ終わる。優しかった先輩のことを思い出しながら洗い物をした。

それからしばらくして教室で黒板を拭いている時、急に「全て」が理解できた。
年下の女を殴って楽しむ先輩は言語道断だけれど、そんな奴に縋り付く自分もまたみっともなく、恥ずべき振る舞いをしているのだとその時初めて自覚した。

先輩に近づくのはその日でやめた。
奴がいたら全力で逃げた。私の同級生には「アイツ頭いかれたのか?」と言っていたらしいけど、もうどうでもよくて全てを無視していた。
彼とは卒業してからそれきりだ。

大人になればなるほど、もっとたくさんの辛いことに遭遇した。落ち込むことがあったら、美味しいご飯をシャンシャン作ってたらふく食べる。
腹が落ち着いたら、あの卵焼きの夜の私よりは強くなったはずだと自分に言い聞かせて、モンスターのような事象に立ち向かいに行く。


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