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#1 プロローグ〜日記をあとづけるということ〜【あとづけの留学日記】

あとづけの留学日記とは

タイに留学中、私は一切日記をつけてこなかった。そもそも私には日記を書くという習慣がない。今までも幾度となく挑戦してきたのだが、成功したためしが無い。「毎日書く」ということには問題はない。問題なのは書く内容だ。その日その日に起こった出来事を備忘録として書くことは可能だ。しかし、それでは面白くない。事実を横に並べているだけなのだから。一方で深く書こうとすると、それはもはやその日に起きたことを超えてしまう。特定のテーマに関するプチ論考のような体裁になってしまうのだ。それは果たして日記と呼べるのであろうか。

日記として書くものは人それぞれだ。備忘録であれプチ論考であれ、その日その日の出来事に絡めて文章にしていけば、日記と呼べる代物になるのだろう。そうであるならば、その日のうちに書かれたわけではないものも日記と呼べるのではないだろうか。そもそも日記が備忘録になってしまうのは、その日のある出来事が持つ意味を、同じ日のうちに消化や整理できていないから。日記がプチ論考になってしまうのは、逆にその日に起きたある出来事の意味を必死に見出そうとしているからに過ぎない。

ある出来事に関する意味も価値も、その時には判然としない。あらゆる物事の意味や価値は、後から記憶を遡り、振り返り、物語ることを通して昇華していく。ならば、その日のうちに書かない日記も日記たることができるはずだ。私はこれを「あとづけの日記」と呼びたい。

そして今、私は留学に行っていたときの日記をあとづけようとしている。

チェンマイ留学の概要

私は昨年(2022年)の6月から今年の3月まで、タイ北部のチェンマイ大学社会科学部に留学をしていた。学部生として在籍している大学の交換留学制度を利用した。大学4年生のほぼ全ての時期をチェンマイでの留学に費やしていたことになる。

学士課程では、タイ語とタイ地域研究を専攻している。そのため留学中も基本的にはタイ人の学生とともにタイ語で授業を取っていた。現地の言葉で留学するというのが、自分の留学における特徴の一つだ。

チェンマイ大学社会科学部の図書館前。

大学での勉強と並行して、卒業論文執筆のための文献収集や現地調査を行っていた。予備調査を含めれば、チェンラーイ、ガンペーンペット、タークという3つの県を研究目的のために訪問した。最終的に卒業論文執筆のために使用するデータはガンペーンペットで収集したものに限られる。それ以外の調査は自分自身の知見を深めるためのいい勉強になったほか、修士課程における研究をデザインするにあたり大いに役立っている。日本から来た、なんとなくタイ語の話せる青二才を暖かく受け入れてくれ、研究活動やプライベートに至る部分まで支えて下さった方々には感謝してもしきれない。

卒業後は東京における別の大学院修士課程に進学予定だ。進学先での専攻でもある教育社会学の観点からタイにおける越境現象について研究を続けていきたい。

そのほかにもボランティア活動やインターン、大学での部活動など、様々な機会に恵まれた。同級生や教授などの大学関係者はもちろんのこと、タイの高校生から国際機関の実務家まで、幅広い人とのお付き合いを通じて得られたものが多かった。曲がりなりにもタイ語ができたらからこその繋がりだった。

とにかく、良いこといっぱいの1年間だった。と、言いたいところだが、もちろんその裏には多くの葛藤や失敗が常に潜んでいる。留学を決心した際に思い描いていた期待や目標のうちどれくらいが実現したかと問われれば、半分もいかないと答えるほかないだろう。

コロナ禍を含め様々な社会的要因があるなかで、誰もが留学できる訳ではない。そのような中で1年間もタイで留学することができた自分はとことん恵まれている。伝えたい感謝もいっぱいだ。何より、思い描いていたことの半分すら実現しなかった留学であっても、その何倍も、思い描いてもいなかったような幸運に巡り会えた1年間でもあった。

もちろん、「今から考えれば」であるが−。

日記をあとづける理由

前置きが長くなってしまった。
この日記は、私がチェンマイに留学していたときのことを振り返りながら執筆していく「あとづけ」の文章たちである。どれくらいの頻度で、どれくらいの期間、どれくらいの長さの文章として更新されていくかはわからない。ひょっとしたら、プロローグだけ書いておしまいかもしれない。自分が書くいつもの文章のように、時系列なんて特にないに等しいだろう。そもそも、意味も内容もなければ、読み手もいないかもしれない。

それでも、これから留学を行く人・行きたい人–とりわけタイ語専攻の後輩たちのように現地の言葉で留学する人–のなんらかの参考になり、決して実用的でないとしても、その中に何か心に響くものがあれば、これ以上に嬉しいことはない。

大学構内のカフェ。同じく構内にある湖アンゲーオを臨みながらリーディングに励む。

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そんな綺麗事だけではない。もう少し真剣な事情も実は存在する。

私は文部科学省が民間企業と連携して行っている「トビタテ!留学JAPAN 日本代表プログラム」という制度に支援していただき留学をすることが可能になった。すでに新プログラムが始まっているが、私は旧プログラムの最後の代である14期生だ。

【文部科学省】トビタテ!留学JAPAN - その経験が、未来の自信。

トビタテは留学支援を通して国内のグローバルリーダーを産官学協働で育成することが趣旨なのだが、自分はその「グローバルリーダー」の基準を満たせるとも思わないし、同時にそもそも提示されている「グローバルリーダー」像に疑問を感じている節もある。

「グローバルリーダー」をめぐる持論は脇に置いておいても、このプログラムは非常に充実している。留学を検討している方はぜひ併せて確認していただければと思う。

このプログラムでは「エヴァ活」と言って、国内の生徒や学生の留学気運を醸成する活動を行うことが奨学生の条件となっている。あまり人を巻き込むことが得意でない自分は、どのようにこの活動を行えばいいのかよくわからないのだが、自分の好きな「文章を書く」ということを通してやってみようと感じた。

読むべくして読んでいる読者に読んでいただければ万々歳だ。留学を志す人に響くものがあればという気持ちはプログラムについての背景があってもなくても変わらない。

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最後に、この日記の一部は有料記事として設定することになるだろう。自分自身の生活について、インターネット上で何の制限もなく明かすことはさすがに躊躇われた。日記を読んでみたいと思う知り合いの方は、連絡をいただければプレゼント機能で記事をお贈りしたいと考えている。気兼ねなく連絡していただければ幸いだ。一人でも多くの人が、現地の言葉を通した留学を志してくれればそれほど嬉しいことはない。

P.S.

この「あとづけ」という言葉は自分のものではない。私を魅了し続けるイタリア人作家アントニオ・タブッキの著作からお借りしたものだ。興味のある方はご一読を。

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