笠原楓奏『人の死なない話をしよう』のこと。

かつてないほどホスピタリティにあふれた歌集である。一言で『人の死なない話をしよう』を評すれば、それに尽きると思う。そして、ほぼ間違いなく今年のベスト3に入る歌集だろう。では、この歌集のどこがそれほど優れているのか?

そもそも、歌集におけるホスピタリティとはなんだろう。まずひとつは、歌の1首1首の完成度である。ホテルに例えれば、基本的な設備やサービスといったことになるだろう。もうひとつは、その歌集のオリジナリティである。斬新な構成や形式、オリジナリティのあるテーマ、つまり「その歌集の新しさとはなにか?新たにこの世界に出す意義とはなにか?」という点である。ホテルなら、そのホテルでなければできないサービスや、他のホテルとの差別化を図る特徴といったところだろう。

まず、基本的な1首1首の完成度が非常に高い。

全自動無条件俺肯定機五万円ならすぐに買うのに

いい子だね 虫も殺さぬ顔をして息も個性も殺しています

要するに死んだ花だろ花筏見下ろし二人歩き出す春

3首引いた。1首め。よほどの金持ちならともかく、そうでない限り五万円はそうポンとは出せない額だ。しかし主体は、それほどまでに誰かから「無条件で肯定されること」を欲している。祈りのような気持ちだろう。おそらくこの歌の「五万円なら」のすぐ後に、「借金してでも」という言葉が入るのではないか。
2首め。これもまた、決して誰かから無条件に肯定され得ることのない主体の叫びだろう。こうして静かに、誰かによって、社会によって個性が圧殺されてゆく。そして叫ぶことさえできないまま、主体は心を殺すのだろう。
3首め。「花筏」という、世間一般では美しいものとされている物の代表格に対するシニカルな視線は、世界に対するささやかな反抗だろう。

では、この歌集のオリジナリティや新しさとはなんだろう。まずはその形式である。正方形。これが非常に目を引く。よくある形式の、よくある歌集にはしないという意思のあらわれだろう。そしてこの歌集のラスト13ページにわたる、「短歌の形式」に徹底的に挑んだ作品たちが素晴らしい。中でも「新冥界国語辞典」と「砂山のパラドクス」は絶品だ。ラスト13ページに至るまでのスタンダードな形式の作品たちが丁寧に作られているからこそ、この実験的な作品たちがより輝く。

もちろん、こうした作品たちに対する旧来の保守的な方たちからの批判は、容易に予想される。奇抜なことをやりたいだけだ、という見解もあるだろう。しかしもしそういう意見があるとしたら、問いたい。ありきたりの表現でありきたりのテーマを歌った作品を集め、リスクを負わず誰も踏み入れたことのない歌の表現技法を試そうともしなかった歌集に、『人の死なない話をしよう』という歌集以上の価値がどこに見いだせるのかと。この歌集は単に奇抜なだけの歌集ではない。今にも押し潰されそうになっている作者の叫びを、新たなる表現技法によって柔らかく包み込んだ歌集なのだ。

『人の死なない話をしよう』の発売に合わせて作者はPVを作ったが、これもまた歌集史上初の試みだろう。そしてそうした視覚情報以外にこの歌集には、開いた瞬間に感じられる「ある仕掛け」があるのだが、それは買った人だけの秘密ということにしよう。この歌集は間違いなく現代短歌の最前線を走る、奇跡のような作品である。ぜひあなたも、2000円と少しで手に入る奇跡を目撃してほしい。最後に、この歌集で一番好きな哥を引く。

歌なんて詠めなくていい詠まなくて生きられるなら詠めなくていい

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