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茶と角 12

※連載初回の「はじめに」を読んでいただけたら幸いです。ちょっとお断りをしておきます。


 そして孫娘の結婚披露宴の日になりました。美香と母は、大勢の招待客と共に並び、順番を待って、会場の入口に親族といっしょに幸せそうに立っている孫娘に、ご結婚おめでとうございます、と笑顔で挨拶をしました。
 席に着くと、美香は母に聞きました。「どうしたんだろう? 花婿さんの姿が見当たらないね」
「いたじゃない、隣に」小さな声で母が言いました。「花婿さんのお父さんだと思ったんでしょ? そうじゃなくて、あの人がそうよ」
 美香は衝撃を受けました。「えっ? 信じられない。六十手前くらいに見えるよね?」
「私もびっくりした。少し年下のかわいらしい男の子が好みだと思ってた」母が言いました。

 その日の深夜、孫娘の母親が美香の母に一人で会いに来ました。「あなたと会ってちょっと話したかったの。こんな時間にごめんなさい」と、身内にだけ配った特別注文の羊羮をわざわざ持って来てくれたのでした。孫娘の母親は玄関の表で話して帰り、美香は寝ていて、そのことを母から翌朝に聞いたのでした。
 二人は塩豆大福がきっかけで仲良くなり、喫茶店に行っておしゃべりをするような仲になっていました。孫娘の母親は、美香の母には本音で話をしていました。
 孫娘の母親は、「びっくりしたでしょう? あまりにも年上だから。でもあの子をもらってくれる人がいただけでありがたいのよ、こっちとしたら。そう考えることにしたの。だってあの子には本当に手を焼いてたんだから」と話しました。
 孫娘はここ数年、毎日夜中に帰って来る生活で、ほとんどお屋敷にはいない状態が続いていたので、奥様が夜ひとりきりにならないように、母親がお屋敷に泊まるようになっていました。早朝に自宅へ戻り、海外出張の多いご主人のために和朝食を作って、また奥様のところへ何かしらはあるお手伝いのために戻るという生活を繰り返すようになっていました。孫娘が奥様の跡目になれるように身に付けて欲しいものが沢山あったのですが、その見込みがないまま、孫娘の勤め先の上役の転勤がきっかけとなり、その男性に嫁ぐことを彼女が決めたことは、母親からすると本当は不満だらけなのでした。
「あんな何も出来ない子、よくもらってくれたと思うわ。あなたにしかこんなこと言えないから愚痴こぼして悪いわね」
 母から聞いたこの話は、美香には深く思い遣ることが出来ました。
 しかし孫娘の立場からすると、自分に合わないことから逃げたかっただけだと推し量ることも出来ました。
 どちらもかわいそうだな、気持ちが通じ合わないんだもん、と美香は思いました。

 その日の夜、美香は、父が勤める会社の廃業と、父の再就職先の話を両親から聞かされました。本州を離れることになるが、美香はどうするか、引っ越せば、今までとは相当違う生活になるぞ、と言われましたが、もちろんいっしょに引っ越すよ、と即答しました。
 一人暮らしが出来るほど、お給料はもらっていないのでした。
 悩まなくても、こうしてお稽古をやめなくてはならない日が来るんだ、と美香は思いのほか納得が行きました。

 お稽古の日、茶通箱をいただく日を最後に、茶道をやめることを美香は伝えました。引っ越しが理由だと話しました。すると小山さんが、
「私も美香ちゃんといっしょにやめさせていただきます」と言いました。続いて大山さんも、
「私もやめます」と言いました。「私たち、もう年寄りだから、本当はここまでお稽古に通うのは大変なの。よく頑張ったと自分でも思うわ。ねぇ、小山ちゃん?」
「私、茶通箱がいただけるなんて思ってなかったの。もう十分お稽古を楽しみました」小山さんが言いました。
「どうしてそんなこと言うの? この人(美香のこと)はしょうがないけど、あなたたちは時間がまだあるから、考え直してよ」とおかみさんは言いました。

(つづく)




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