ガールズアンドパンツァーとその音響

はじまりは「V8!V8!」

東京都立川市、駅から徒歩3分ほどのところに、シネマシティというシネマコンプレックスがある。シネマ・ワンとシネマ・ツーに分かれ、全部で10はシアターがあるだろうか。ここで10年前、マッドマックス・怒りのデスロードという映画が放映された。それまで無名に近かったシネマシティは、ここのシネマ・ツーaスタジオで音響周りに大改造を施し、ウーファー爆盛り、「極上爆音上映」なるものを開始したのだ。
改造車の走る音、迫りくる弾丸いや砲丸、そのすべてが文字通り身体を揺さぶってくる。それまでに音圧がすごかったのだ。そして、そこに目を付けた人物がいる。
岩浪美和、ガールズアンドパンツァー(以後、ガルパン)の音響監督である。

ガルパンと爆音の親和性

それまでの映画館の音響管理に不満を抱いていた岩浪音響監督は、ここぞとばかりなのかどうかはわからないが、シネマシティにおいて自らの手で音響管理を行い、極上爆音上映を行ったのだ。
ガルパンという作品を知らない方のために軽く説明しておくと、茶道や華道とともに戦車を操る「戦車道」という日本女子のたしなみがある世界。それまで戦車に乗ったこともない女子高校生たちが、廃校をかけ、弱小校から一気に優勝までたどり着く、戦車をモチーフにしたスポ根アニメである。戦車と聞くと物騒かもしれないが、乗員の安全は確保されている、スポーツとしての戦車道なのだ。
閑話休題、これが一気に火をつけた。戦車の駆動音や砲弾の発射音、それがウーファーと上手に嚙み合い、一日10回回しを何日も行い軒並み満員御礼という、異常ともいえる事態に陥ったのだ。隆盛期には、それこそ予約開始からほんの数秒で満席、白旗があがるほどの人気だったのだ。

東の幕張新都心、西の立川(ただし関東に限る)

ガルパンは、その勢いをそのままに瞬く間に上映館を増やしていった。もともと4DXを想定して作られていたガルパンの劇場版は、砲撃戦さながらに揺れまくるアトラクションのような作品となり、オタクの間で一台ムーブメントを巻き起こしたのだ。
その勢いの中で、大手シネコンが指をくわえて見ているわけではなかったが、当時はまだそこまで浸透していなかった。シネマシティ一強時代だったのだ。ここで一人の劇場支配人が自分の劇場でガルパンを上映したいと言い出した。イオンシネマ幕張新都心の当時の支配人、サブカルに聡かった羽藤氏である。
イオンシネマ幕張新都心の当時のウリはULTIRAという超巨大スクリーンで、イオンシネマという大手シネコンの中でも指折り数えるほどしか実装されていなかった。そして、日本全国の中でも数少ない、Dolby Atmos(以下、Dolby)という、360度から降り注ぐような音響設備を兼ね備えていた。
羽藤氏と岩浪監督は数多くのメールを撃ち合い、岩浪音響監督が直に音響調整を行い、そしてイオンシネマ幕張新都心の巨大シアターで映像・音響ともに最高の上映を行いだしたのだ。
こちらもシネマシティに負けず劣らずの人気を博したのだが、ここで終わらないのがこの2人だった。特に岩浪音響監督は、世界標準となりつつあるDolbyに強い関心を持っていた。そして、音響に力を入れたアニメ作品を生み出した。初の国産Dolby対応アニメ、BLAME!である。
これを上映したことにより、イオンシネマ幕張新都心の人気は急上昇していった。ことガルパンに関しては、東の幕張新都心・西の立川シネマシティという、ガルパンの第二の聖地(第一の聖地は舞台となっている茨城県大洗町)になってきたのだ。
そこに、ライブで培った音響調整を行える川崎のシネマチッタや、日本各地の音響自慢の映画館が手を挙げ、ガルパンは岩浪音響監督が手弁当一つで日本各地を飛び回り自ら音響調整を行い上映していくという、前代未聞のことを行ったのだ。

そしてDolbyが日本の中でも標準となっていく

あれから何年の月日が経っただろう。邦画の音響を憂いていた岩浪音響監督が抱いていた夢、「音響を楽しむために行く」映画館が各地にできていった。中には改造してDolby設備を持たせたシネマコンプレックスもある。
映画はただ大画面のスクリーンで見て楽しむものではなくなってきた。シネマシティでは音響技師が巧みに機材を操り、極上音響上映・極上爆音上映を当たり前のように上映している。イオンシネマ幕張新都心では支配人が変われどガルパン劇場版・最終章を一日たりとも休むことなく(スクリーンは小さくなったが)継続して上映を続けている。
現在ならば、BLUE GIANTがその音楽を日本各地で響かせている。私もシネマシティの極上音響上映と新宿バルト9でのDolby上映を「聞き比べ」てきた。
映画はもはや見るものではない。五感で感じるものなのだ。そのために今、映画館は成長を怠ってはいけないし、観客は映画館に足を運び、映画を盛り上げていくべきではないだろうか。

#映画にまつわる思い出

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?