詩歌によせて22

 第四首 正確には相聞歌には入らない。だが、若くして乳がんを患い、自らの命と生き方を自分に問いかける自己愛に満ちた歌なので、ここで取り上げる。31歳という若さでなくなり、最初の歌集が出版される前に亡くなった。彗星のように現れては消えていった。前衛短歌の先駆けのひとりとして重要な歌人である。自己から自己への相聞歌とでも言うべきものである。

 冬の皺 よせゐる海よ 今少し 生きて己の 無残を見むか 
(中城ふみ子)

 現在はともかく、作者が乳がんを患った当時は乳房を摘出するしかなく、しかも、命を救える程には医療が進歩していなかった。
 私はなんとなくこの歌が好きだ。「今少し生きて己の無残を見むか」という表現が私は好きなのである。無残ではない人生などは、あまりなかろう。どちらにどう転んでも、この世は火宅である。心中に修羅を抱えず生きられる人などは、それほど多くない。
 
 私自身は、現在物質的、あるいは金銭的に不自由しているわけではないし、何か不満があるというわけでもない。少欲知足を実践できれば、さほどの不自由は感じないで済むのだ。それでも、小さな修羅は心中にある。
 だが、「己の無残」は己にしか分からず、中原中也みたいに、わざわざそれを取り出して、「ほら、ほら、見ておくれ」というものでもない。(お断りしておくが、中原中也が詩の中で直接そのような表現をしているというのではない。ただ、私が彼の詩を読むときそのように思えるというに過ぎない。要は、彼が幼稚であるということだ)
 

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