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年越し2021-2022

noteを書いていたことなどすっかり忘れて1年近く過ぎてしまった。
例によってどこかに記録しておかないと何があったか忘れてしまうので何か書いておくことにする。

そして今年は10年目の節目で人生のひとつの時代に区切りがついたのでちゃんとその辺りのことも絡めて書いておくことにする。

2021年これをやった

・3月から相性抜群のボイストレーナーさんと出会い声が抜群に伸びる。

一言で言うとこれだけのことなんだけど、この出会いは人生の救済と言っても過言ではなかった。ミドルティーンくらいの頃から歌で高音が出ないことに悩み始め、自分には音楽は無理ではないかという考えと戦いながら無理な発声で歌を歌い続け、25の時に声帯ポリープを作り入院、全身麻酔で手術をしたことがある。ボッキリ折れてしまい、自分がステージに立つ人間になるなんてことは想像すらできない状態が何年も続いてしまったのだった。歌うことは生きることだ、とすら思っていた時期がある。それが今こうしてライブをやる人間になり、散々苦しんだ高音も出るようになって、生きていたらこんなこともあるんだなと感慨深く思う。

・箱ライブ5回

大宮ヒソミネの店長にお声がけいただいて、6月から出演させていただくようになる。2019年3月に最初のギターを買ったときには想像もつかなかったことだ。これはMCで繰り返し話していることだけれど、神谷美恵子が言う通り、苦しみの中から自分の真の拠り所となるものを生み出す、ということをやってみたら歌になったので、ギターをつけて歌うようになった。歌を生み出した当初は子守唄のように頭の中に流していた。作る曲に演奏技術が追いつかなくてヘタクソな演奏でステージに立つプレッシャーはいつもあるけれど、何か表現の核を持った存在であることには自負があってなんとかやれている。

・「深い河」MV公開

最初に生まれた「深い河」という歌をMVにした。聞いてくれ。

・KSJ西東京大会出場

去年はお客さんとして楽しんだKOTOBA SLAM JAPANの西東京大会で今年は楽器が使えるとのことだったので出場してみた。大会詳細はググってくれ。

結局、言葉を中心に考えたときに楽器は1回戦でしか使わなかったけれど、そのことで弾き語りだけでなく朗読やトラック作成など、やることに幅ができた。ギターを弾きながら詩を読むひとりMOROHAスタイルもやってみたのでそういうレパートリーが増える可能性も今後ある。

・各種ポエトリー系オープンマイク

というわけで「詩を読む」を純粋にやる場面も出てきて、2021年の後半は頭がだいぶ忙しかった。

ひとつの時代が終わった

10年前、2011年3月11日が心療内科の初診日だった。
それから七転八倒しながら月日を重ね、今に到る。
このnoteは希望を生きることを決意してからの記録だけれど、この前に長く人生の暗い夜を彷徨っていた時期があった。
リカバリー、そして生き延びる算段をつけること、自分で自分を幸せにすること、自分の生きたい人生を生きること、そういうことをひとつひとつ選び取り、たくさん遠回りをしてここまでやってきた。

子どもの頃からあんなに切望していた音楽活動を今やっていて、抱えた負債もクリアになり、生きていくのに十分な収入を得て、この度有期雇用から無期雇用に晴れて転換され、クビの恐怖に怯えることもなくなった。

ひとり生き延びることだけ考える、そういう10年がこれで終わったのだと思う。
新年を迎え新しい時代がどんな色彩になっていくのかはわからないけれど、私はそれを今度は自分の手で作っていくのだ、そういう覚悟は持っている。

2021年のナンバーワンあれこれ

・2021年の音楽ナンバーワン

去年と同じくROTH BART BARONのアルバム「無限のHAKU」が最高傑作を塗り替えてくれて、傷を深く癒し蘇らせてくれた。一曲選ぶのは難しいけれど、個人的に歌詞が刺さった「HAKU」を挙げて奥。

・2021年読んだ本ナンバーワン

オルガ・トカルチュク「昼の家、夜の家」を挙げる。越境する優しい眼差しにすっかりやられてしまった。こういう作品がノーベル文学賞を受賞するものなんだなとしみじみ。

・2021年買ったものナンバーワン

レコードプレーヤー。これを買ってフィジカル収集を再開してしまい、サブスクの音質にケチをつけるようにもなってしまったから、出費が増えてしまったきらいはあるけれど、日々の豊かさが増した。

最後に

人生の主語が変わりました。

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