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坂道を泳ぐ。

通学路に長い長い坂道があったことを思い出した。

部活帰り、夕焼けの指すその坂道を3人で登っていく。
前列に、カワイさんとキザワさん。
その後ろからせっせとついていくのは、決まって私。


ずんずんと先導していくふたりを、私がちょこちょこと追いかける。
このポジションはとても楽。
歩くペースはどうしようだとか、向かってくる自転車をどう避けるか、なんてことを考えなくて済む。
前に習えで集団行動さえ守れれば、それだけで安心安全だった。
スイミーみたいに、右に揺れたり、左に揺れたり。
1つの生命体みたいにして動くと、安心感が湧く。
コミュニティの中に、確かに私はいる。
友達の輪の中に、確かに私はいる。

前のふたりは楽しそうにおしゃべりをしていた。
キザワさんが話題をふって、カワイさんがそれに共感する。
話の内容は部活のことだったり、帰った後にみるドラマの展開予想だったり。
ちょうどよいテンポで繰り返される会話のリズムが好きだった。
だから私はいつもニコニコしながら聞いている。

たまにカワイさんが振り返って、わたしの姿を確認してくれたときなんて、特に嬉しい。私はちゃんと居るよ。
後ろをついていって、君たちと一つの生き物になったみたいに、共にあるよって。
でも嬉しさが先行してしまって、上手に話題を返せない。
いつも試合で活躍してるカワイさんや、卒なく練習メニューをこなすキザワさんに比べて、私はどんくさかったから、マトモな意見なんてできなかった。
流行りのドラマを見てもよく分からなかった。
だから曖昧に答えて、お茶を濁す。
カワイさんから「そっかぁ、練習の時、ちゃんと考えながらやるといいよ。あ、あとマジであのドラマ面白いから!」なんてアドバイスをもらう。
「うん、そうする」と従順に返事をしては、また一つの生き物に戻っていく。
こんな私でもふたりは仲間として扱ってくれるから、今日もこの坂道を泳いでいけるんだ。


時々、ありがとうの気持ちが溢れすぎて、前のふたりに聞こえないくらいの小さな声で「ずっとこの3人で、歩きたいな」とつぶやくことがある。
なるべくバレないようなタイミングを伺って、ボソリとつぶやいてる。
仮に聞こえてしまったらどんな答えが返ってくるかが怖かったから、わざと小さく言う。
途中のトンネル内で大型トラックが横切った時とか狙って、音をかき消させた。
坂道を登りきってふたりと別れた後、その背中へ向かって祈るみたいにつぶやくこともあった。

「本当はふたりとも気づいていて、わざと答えてくれないのかもしれない」
そんなことを考えては1人で勝手に悲しくなっていた。
だって私はどんくさいし、話も合わせられない。
ふたりは優しいから、後方からちょこちょこついて来る私をただただ受け入れてくれる。
でも本当は嫌なんじゃないかと考えてしまう。
ついてこないでと言い出せないだけなんじゃないかとか、迷惑をかけてしまっていたらどうしよう、とか。

群れを放り出された後の世界を想像すると、とても孤独で、生きていける気がしなくて、やっぱり怖い。
頭の中がグルグルと回る。
思考の渦でアンプのツマミが回されて、ますます声のボリュームが小さくなっていく。

答えが怖くなって、私はスイミーに徹する。
群れから放り出されないように。
友達のままでいられますように。
ふたりの話題になんとか合わせて、隊列を乱さないように。
空気を乱さないように。ちゃんと1つの生き物になれるように。
ふたりの歩幅にあわせて、足音もピッタリ重ねる。
私は、どこまでも小心者だった。


ある時、ふいにいたずら心が湧いた。

坂道を登りきって「また明日」とするところまでは一緒。
そこから私は踵を返して、ぴったりとふたりの後ろについていく。
歩幅を合わせて、足音を重ねて。
1つの生命体としてすっかり訓練を積んだスイミーにとっては、朝飯前のことだった。
おおよそ1.5mくらいしか離れていないのに、ふたりは私に気づくことなく平地を進んでいく。
右に曲がれば、視界に映らないように私も大きく右にコーナリングする。
左に曲がれば、逆側に。
どこまでいったら気づくかな。

坂道を登っている時と変わらずに、ふたりは楽しそうに笑い合っている。
坂道以降の通学路は、私にとってなじみがない道。
でも不安はない。
いつもみたいにふたり背中にぴったりとくっついて、歩き続けるだけだから。

坂道と違うのは、カワイさんもキザワさんも決して振り向くことはないってとこだけ。
あんまりにも気づかないものだから、だんだんにイタズラ心が膨れ上がっていく。
どんな風にネタバラシをしたら、一番驚かれるだろう。
どうやったら一目おかれるだろう。
私が知りようのなかったふたりの話を、明日の帰り道でそっくりそのまま再現してみるのも面白いな、なんて思った。
そんな想像を巡らせながら、笑いが漏れるのをなんとか抑える。

ふいに、キザワさんがカワイさんに話を切り出した。

「ねぇ、そろそろまずいんじゃない…?」
「まずいって、何がよ」
「いやだって、あたしらも目つけられてんじゃん。あの子といっしょにいてさ。」
「あー…キザワは、そう感じたんだ。」

概要はつかめなかった。
でもふたりの言う「あの子」が、真後ろにいる私を指していることだけは分かった。
私は足音をさらに潜めた。口がだんだんと乾いていく。
つばを飲み込む音でさえ、聞こえちゃうのではないかとビクビクした。
私の脳みそが、「この先は聞いちゃいけない」と警告音を鳴らしていた。
しかし、この至近距離ではもう足を止めることができない。
そのまま、キザワさんは続けた。

「カワイもさ、今回スタメン外されたじゃん。前は入ってたのにおかしいよ。個人練だってめっちゃしてるし、得点率だって悪くなかった。じゃなきゃカワイが外されるワケない。絶対誰かがコーチに口聞きしたんだって。あの子に構って練習サボってるとか、そういうアリエナイこと陰で言ってるんだよ。それも許せないけどさ、カワイもちょっとさ、あの子に入れ込み過ぎだって。あんたがそういうの見捨てられないやつってのは知ってるけど、あたしらまで一緒におとされたら意味ないじゃん。距離置こうよ。あの子と。次の夏で最後になんだからさ、それまで我慢してさ。終わったら部活もなくなるんだからさ。それからいつも通りに付き合えばいいじゃん。あの子と。カワイがスタメン外されんのだけは、アタシ納得行かない。」

せきを切ったように、キザワさんの心の内が流れ出した。
その声は勢いを増して、だんだん怒気がおびる。
カワイさんは「まぁ落ち着いてよ」となだめながら、その濁流を受け止めている。

「あの子」と言われるたびに体が震えて、隊列を乱しそうになる。
できるだけ息を殺して、ただでさえ小さい体をさらに縮こませた。
バレませんように、バレませんようにとただただ祈り続けるしかできなくなっていた。
もう走って逃げ出すことも、いたずらに暴露することも選べず、ただ1つの生き物としてふたりの後を泳いでいくしかなかった。
思いの濁流が落ち着くと、カワイさんが困ったように答える。

「わたしも納得はいってないけどさ、あの子が絡んでるからって理由にはならないと思う。単純にわたしの練習量が足りなかっただけかもしんないし、それにわたしのミスで負けた試合だってあったじゃん。コーチはさ、公平に見てくれてるはずだと思う。いや悔しいよ、めっちゃ悔しいけど、だからってさ、あの子のせいにしたらもっと悔しいじゃん。キザワもさ、あの子一人にしてたら危なっかしいって言ってたじゃん。わたしらくらいしかいないよ。あの子の盾になってあげられんの。」

「そうだけどさ、その時とはもうなんか状況が違うじゃん。あきらかにアタシらごと、はぶられてる。あの子だったら、ひとりでも大丈夫だって。ってか一人になってみないと、わかんないことだってあるじゃん。実際。これ以上はアタシらのためにも、あの子のためにもならないって。」

わたしの中から生き物だったはずの何かが、欠けていく。
足音をぴったり重ねた一歩を最後に、私は佇む。
少しづつ離れていくふたりの背中が、いずれ視界から消えてくれるのをひたすら待った。

見知らぬ通学路。
ふたりの足音が一歩づつ遠ざかっていく。
同時にせまってくる静寂が怖かった。
その静寂には孤独って名前がついている。
まるで永遠の時の中で佇んでるみたいに、世界が遠い。
どうか、どうかと夢であってほしいと、内心で祈っていた。

ふたりが正面の自動販売機で立ち止まり、何かを購入していた。

あっ、となった。

振り返ったキザワさんが私の姿を捉えて目を見開く様子を、ハッキリと確認した。
こちらに視線を向けたまま、自動販売機で何を買うか物色しているカワイさんの背中を引っ張っている。

私は、カワイさんが振り向くよりも早く、逃げ出した。
全力で駆けた。
ホンキを出したふたりに追いつかれないように、目についた細い通路に飛び込んでは、ジグザグに駆けた。
ずっと迷惑をかけていた。
ずっとずっと、気を遣わせていた。
分かってはいた。
うすうす理解はできていたけど、私は孤独がどうしようもなく怖くて、あの坂道に一人放り込まれるのが恐ろしくて、言い出せなかった。
ふたりのことを盾扱いして、ていのいい道案内にして。
ずっと身を呈して守ってくれていたのに、そればかりに甘えて。
涙を堪えて、ひたすら走った。

自分でも気づかない内に、家に着いていた。
部屋にこもると、当人達に伝わるはずのない謝罪の言葉をひたすらこぼし続けた。

私は今、孤独になった。
ふたりに合わせる顔が、そのまま溶けてなくなるくらい、ボロボロと泣いた。
群れをはぐれ、明日から私は一人であの坂道を泳ぐのか。
そう思うと、何もやる気が起きなかった。
もう自分の涙がなんなのかすらも、分からなくなっていった。


翌日は、お腹が痛いと母親に伝えて、学校を休んだ。
土日も、同じ理由で部活は休んだ。とてもいけなかった。
月曜からはなんとか登校できたけれど、部活に顔を出そうとしても足がすくんでダメだった。
結局、無理を言って母親から顧問に連絡してもらい、事情もあやふやなまま部活をやめることにした。

カワイさんとキザワさんは、クラスが別だったから、部活動以外ではめったに顔は合わせない。
でも、移動教室とかでたまにすれ違うことがあった。
私は極力顔を伏せて、何か声をかけられる前に通り過ぎる。
話しかけてくるかどうかさえも、確認したくなかった。
私の中の理不尽な怒りや哀しみが行き所をなくして、もう顔を見ることを拒絶していた。

カワイさんもキザワさんも、私に話しかけてくることはなかった。
他の部員は、私とすれ違うたびに、嫌味を残していった。

まだ日が昇ったままの坂道は、部活帰りとは全然違った顔をしている。
見慣れたふたりの姿が前列にない。
どこまでも鮮明に見渡せてしまう道の先が、私を不安にさせる。
全力で下ってくる自転車も、一人で判断して避けなきゃいけない。
歩くペースも歩幅も自分で決めて、周囲の人に迷惑をかけないように、ちゃんと「通行人」としてうまくやらなきゃいけなかった。
けど足がもつれてたたらを踏んだり、後ろの人に追い越されてしまうたびに、いわれもない罪悪感が心にたちのぼってくる。

私はうまく泳げない。
右に揺れるのも、左に揺れるのも怖いし、まっすぐに進むのも怖かった。
カワイさんとキザワさんに助けを求めたくなる。
でも、もうそれをやってはならない。
ふたりに散々迷惑をかけた。
もうこれ以上、ふたりを苦しませちゃいけない。
私達は別の生き物だったんだ。
一緒にいてはいけない生き物だったんだ。

私はこの坂を一人で登る。
登れるようにならなきゃいけない。




夏が過ぎ、秋が過ぎ、12月の半ば。
ちょうど冬休みに入る前日だった。
教室で持ちきれない荷物に四苦八苦していたところを、カワイさんに見つかった。
カワイさんの横にはキザワさんの姿もあった。

「あー…手伝おっか?」

そう言われてしばらく返答できなかった。
夏からずっと話しかけてこなかったのに、急にあの頃みたいな調子でこられて、よく分からなくなってしまった。
反射的に「あ、うん」と答えてしまう。
カワイさんが私の席まで歩みを進めて、その後からキザワさんも教室に入ってくる。

「…ん、アタシもちょっと持つよ」

戸惑いながらも「ありがとう」とお礼をいって、そのまま言葉もなく3人で教室を出た。
ふたりはもう夏で引退していたから、下校時間はわたしと一緒になっていた。


すっかり日の入りが早くなった帰り道を3人で歩く。
前列にふたり、カワイさんとキザワさん。
その後ろからせっせとついていくのは、決まって私。

でも以前と違う。
前のふたりは、おしゃべりしていない。
私があらん限りの教科書を詰め込んだ手提げを、1つづつ持ってくれているだけ。
でも、懐かしかった。
歩幅もペースも変わっていなくて、また一つの生き物に戻れたような気分になった。
右に少し揺れれば、私も習って右に。
左に揺れれば、私も左に。
自然と口からでていた言葉がふたりの耳に届く。
「夏、惜しかったね」
半年以上、届けられなった祈りの言葉が、口元のマフラーを貫いてしっかりと響いた。

「…ありがと。せっかく県大会でれたのにね、何も出来なかったわ」
「いや、カワイめっちゃ頑張ったじゃん。後半いけるいけるってずっと声出してさ。一番頑張ってた。他のみんなが動き悪かったんだって。…私とか。」
「ああ、あんたがベンチから出たとき、わかりやすいくらい緊張してたよね。あきらかにカッチカチでさ。笑っちゃったわ。ホント、本番に弱いよねぇ。」
「う、うるさいなぁ。」

カワイさんの言葉につられて、キザワさんも話し始める。
それまでのよそよそしさが抜けていき、柔らかい雰囲気が戻ってくる。

私は部活を辞めてしまっていたけど、県大会に出場した話ってだけは聞いていた。学校で初めての快挙だったらしい。
きっと私が抜けたことで、うまく練習が回ったのだろう。
ふと思っては、心がギュッと締め付けられた。

夏の大会が終わって3年が引退すると、もう私に興味を持つ人はだれもいなくなった。
カワイさんも、キザワさんも、同じだと思っていた。

だけど、こうしてまた私に話しかけてくれたことに驚いている。
気にかけてくれたことが、素直に嬉しかった。


「ってか、何であの時、あそこにいたの?」

振り向いたのは、キザワさんだった。
気にかけてくれるのは決まってカワイさんだったから、これは珍しいとか思った。
つられるようにカワイさんも振り向いて、ふたりして私の顔を覗き込む。
坂道の手前あたりで足を停めて、事情を話した。

いたずら心で、真後ろを張り付いたこと。
ふたりがあまりに気づかないから、あんなとこまでついて行ったこと。
至近距離で、たまたま私の話を聞いてしまったこと。
それから立ち止まって距離をとったけど、結局見つかって逃げ出したこと。

ひと通り話すと、ふたりともキョトンとした表情で顔を見合わせた。
次の瞬間、思いっきり声を上げて笑った。

「いや、真後ろって!あんたどんだけ存在感ないのよ!いや、話きかせちゃったアタシらも悪いけどさ!」
「ひぃ、ひぃ、それもう才能だよ。あーおっかし。すごいよ。アサシンとかになれんじゃない?すくなくともわたしたちは助からないわ!」

お腹を抱えて笑うふたりを見て、今度は私がキョトンとする番になった。

そういえば、キザワさんが私に気づいたのは大分距離を取ってからだった。
ふたりからしたら、なぜ私が逃げ出したのかすらわからないし、そのまま部活を辞めた理由もナゾに包まれたまま。
なるほど、これは話しかけにくいわけだと納得する。
自分の理不尽さに、思わず笑えてきた。

こうして向かい合って、ちゃんと笑い合えたのはいつぶりだろうか。
私は、一人で勝手に怯えていたんだなって思い知ってしまう。
孤独にさせられるとか。
このままでは放り出されてしまうとか。
言葉も交わさないまま決めつけて、ふたりの話を聞こうともしていなかったんだなって思う。

笑い声も落ち着いてきて、「いこっか」とふたりが坂道に向かって再び歩き出す。
いつもみたいにふたりを前にして、その後ろを歩こう。
1つの生命体になろうとするべく、ゆっくりと先を促す。

しかし、カワイさんもキザワさんも、速度を緩めた私を不思議そうに見つめている。
どうしたことかと内心で慌てていると、カワイさんが私を「横」に引っ張った。

「ほら、これで歩こうよ」
「あ、そうしよ。うしろから刺されちゃたまんないからね」

キザワさん、カワイさん、私、と、横一列で並んだ。
一瞬びっくりしたけど、散々一人で歩きなれた坂道に前にしたら、もう戸惑うことはなかった。
歩幅もペースも、自然と3人のものにチューニングされていく。
ふたりの声がずっと身近に聞こえる。
私もマフラーから口を覗かせて、話に加わる。
坂道を3人で登っていく。
あの頃に言えなかった言葉が、自然とこぼれだした。

「ずっとこの3人で、歩きたいな」

カワイさんは「なにそれ」とクスクス笑う。
キザワさんは「ええ、なんか恥ずくないそれ?」と引きつったような笑みを浮かべていた。
なんてことのない平凡な答えに、ちょっとだけ視界がにじんだ。





以上!私が学生の頃のお話でした。
ちなみに明日28日、このふたりと久しぶりに遊ぶ予定です。
こんなこともあったな~とふと思い出したので、エッセイ風にまとめてみた!
ちなみに本人達にバレると恥ずかしいので、カワイさんとキザワさんには脚色けっこう入れています。



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