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暗々裏に生きる。| 青ブラ文学部

煤けた色の雲から小粒な雪がしんしんと降りそそいでいる。
ぽつぽつと明かりが点灯しはじめた街中を、ひたすらに進む。
ズブズブ、ザクザクと、足元から小気味の良い音を一定のリズムで鳴り響かせる。

ふと視線を横に向けると、ひさしつき家屋の一角。
ぼんやり光る窓からの明かりが、灰色じみた積雪の真の白さを露わにしていた。
その力強さに引き寄せられるように、ポケットから冷え切ったiphoneを取り出す。
雪の粒が素手に吸い込まれ身の奥底まで冷やしていく感覚をこらえながら、窓明かりと雪のコントラストをフレームに収める。
時に俯瞰して、時に腰をかがめながら、何度もシャッター音を反響させる。

一通り撮影し、ギャラリーでおおよそ成果を流し見ると、誰にするでもなくウンと頷いて、iphoneごとかじかんだ手をポケットに突っ込もうとする。
だが、勢い余った最後のフリックで、以前の写真がうっかり表示されてしまった。

喫茶店の一席でコーヒーを飲む二人の写真。
着飾らない素朴なYシャツとスカートを着こなし、こちらに視線を向ける栗毛色の髪が特徴的な女性、となりには登山家のような蛍光色が眩しいジャンパーとニット帽をかぶった男性。
木彫の丸テーブル、背景には大げさな観葉植物がいくつも飾られている。

クリエイターとして、あるいは芸術家として、活動を共にしてきた2人の姿。ファインダーに収めたのは、他でもないこの私。

彼らは小説家と写真家。わたしは絵描き。分野は違えど、彼らとの合作は楽しいものだった。
都内で開催したグループ展はそこそこの盛況に終わった。その祝賀会の光景がこの写真だ。

あれから、どれほど時が経ったのだろうか。日付を見ると丁度2年前だった。
この時のコーヒーの香りも思い出せず、彼らの表情の意味も、結局わたしにはわからずじまいだった。

ひときわ強い風が私を襲う。
雪は号令でも掛かったかのように一瞬にして斜め向きに整列した。
液晶の上にパララと降り積もる。凍えるような一幕に顔をしかめながら、恨めしげに手で雪を払う。
みるみると寒さで赤くなっていく手を憂いて、iphone同伴のままいい加減ポケットへ送り込んだ。
腰をあげ、ふたたびザクザクと歩き出す。

先程の写真に映っていた二人との思い出を逡巡する。

「あなたは、今、よろこんでいるのよね?」

グループ展初日が無事に終わり2日目への準備を進めている最中、何気なくかけられた一言。
こちらの瞳をのぞきこんで真意を図る彼女が、これまで積みあげてきた幾多もの記憶と重なり合う。

鉄面皮、表情欠乏、ミステリアス。いかなる言葉をもってしても、それらが物語る事実はただ一つ。

私の無表情さだ。
生まれつき、私の表情はほとんど動かない。哀しみ、怒り、憎しみ、喜び。どの感情に対しても脈がないように反応しない。
実の親、親戚、同級生、近所の人々、ただ一人の恩師を除いて、私に人の心がないのではないかと皆疑った。

だから、その手合の目線には慣れていた。むしろ一種の感謝すらある。
私はそうして培わざるを得なくなった孤独を、たまたま『絵』という媒体に打ち込むことが出来る素質を持っていた。
日々、食べることに困らない程度の生活は送れている。
彼らと開催した一件以来、もうグループ展はひらいていない。

「悪気はないんだ、でもよ、俺らも伝える仕事をしているもんでね。気になっちまうのさ。」

レンズが飛び出た物々しいカメラをイジりながら、蛍光色の眩しいジャンパーの彼が赤裸々に吐露した。
テーブル上のレシートをひったくり、お詫びとばかりにさっさと会計を済ました彼の行動が記憶に残っている。

彼らは伝える能力に長けていた。
小説を書いた背景、写真にこめられたメッセージ。
人前で語ってもつつがなく、グループ展に訪れた購読者たちとの距離も近しいように感じた。

一方で私はなんだろうか。物珍しさ、がもっともしっくりくる。
「無表情、寡黙、しかし作風は情熱的で、踊り明かすような狂気性すら秘めている。」
雑誌の紹介記事といえばこぞってそんなようなことばかりだ。伝える能力は私には皆無。伝わった試しがない。

周りが私の気持ちを都合よく解釈することで、これまで生きることを許されてきた。
感謝の気持ちは変わらない。恩と礼儀。文面上であれば、いくらでも上手く振る舞える。

だが、対面すると、長くは保たない。私には彼らが交わしているメッセージが途方もなく難解に思える。
私には、表情というものがわからない。
まるで無色の色鉛筆しか用意されていない塗り絵だ。
陰影をつけることも、濃淡を示すこともできない。
聞こえない音を聞けと言われている。
私のキャンパスは透明無色のように、何も描かれていないように受け取られる。

筆を取ることで、私は私の作品を世に送り出す。
体の外側に排出されたエネルギーが轟音とともにプレス機を通過し、肉付けされていく。
個展はどれも大盛況だった。
18にして身も蓋もない称賛を浴びた私は、見えない力であれよあれよとレールに乗せられてしまった。それから10年。今日も今日とて、絵を書き続ける生活を送っている。

だが、「私」というキャンパスが注目を集めた個展は一度たりともなかった。
どこまでこの生活を続けていれば、無地のキャンパスに「私」と題を付けることが許されるのだろうか。
そんなことをずっと考え続けている。

喫茶店の帰り道、先程の寒風のように私の心に鋭く突き刺さる言葉が思い浮かんだ。

「人はね、メッセージをおくりあってる。
表情や仕草、言葉。もちろん絵や写真の中でもいい。
暗々裏に、祈りや願いを込めている。
そして、それを受け取ってもらえる。
こんなにも嬉しいことは他にないと思うの。」

ここは私の独白だ。正直に話そう。

彼女に仄かな恋心を抱いていた。いや、恋という感覚が分からない私にとっては、恋に発展する前の小さな火種にすぎない。
私の無地のキャンパスに意味を見出してくれる、たった二人目のかけがえのない人になってもらえるかもしれない。
期待が音を立てて膨れ上がっていた。その情熱を私なりの絵に込めた。筆を走らせ躍動させ、私はキャンパス達を飛翔させた。


それから1年後、今日しんしんと雪降る夜からすればちょうど1年前。
結婚を知らせるハガキが、事務所を通して届いた。
ビビットカラーなど欠片もない漆黒のスーツを着こなす写真家と、純白のドレスに身を包む栗毛色の髪が特徴的な小説家の姿。

暗々裏、メッセージは私の遥か頭上を通り過ぎていった。
無地のキャンパスが、一人なにもない部屋の中ポツンと置き去りにされたまま、雪のように足跡を残すこともなく、かじかんだ手の紅さをほのめかすこともなく、ただ無地のまま、そこにあり続ける。
他でもない、ひそやかに交わされていたメッセージは、実態があるかどうかすら怪しい私というキャンパスなど、透明人間みたいにすり抜けていたのだ。

やっと到着したバス停のベンチ、浅く積もった雪を払い除け腰をかける。
あらためて、さきほど撮影した力強い雪の姿を両の眼に収めたかった。

光と影が互いに煌めいて、白の輝きと、黒の深さ。
ただの被写体にすぎなかった、それらの交信をただ見つめる。
ああ、良い絵だ。また書けてしまう。
また『私』を置き去りにしたまま、書けてしまう。

私は込める。
誰にとも届かぬメッセージを、キャンパスに込める。
止まり方など知らない私は、どこまでも独りひた走る。




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__ 絵画アーティスト、伊美出 政明。
3/14~16 ウィジュ原宿にて個展『暗々裏』開催。
あなたの内なる情熱を揺さぶる、ひそやかな体験を。
                  __明表新聞。
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山根あきら様主催「#青ブラ文学部」へ、初参加させて頂く作品です!
お題、借りさせて頂きました。
この場をお借りして感謝の言葉を述べさせて頂きます🙇‍♀️

暗々裏、って言葉の響きがとっても素敵で、「ひそやかに行われている日常のあれこれ」を膨らませながら書いてみました。

主人公である私こと伊美出いみで 政明」は、映画「イミテーション・ゲーム」の頭三文字をそのままあてた名前です。

映画作中の「人は誰もが暗号を使っている」ってセリフに
(暗々裏、って、暗号って意味にも取れるんじゃないかな?)
とインスピレーションを受けてババっと書き上げてみました。

実話を元にした素晴らしい作品ですので、ぜひそちらにも興味を持って頂ければ🐈️(なぜか映画の宣伝に。)


#青ブラ文学部



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