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『旅のラゴス』人の還る場所。|読書感想文

私たちが「還る」場所とは、どこなのだろうか。
「帰れる」場所はあれども「還る」場所は決まっていない。
旅に出るというのは、そんな「還る」場所を求めて、流浪の日々を過ごすことなのかもしれない。

1️⃣誰かの記憶に残り続けるラゴス

本作の主人公ラゴスは、旅に取り憑かれている。
若い頃から各地を転々とし、著者・筒井康隆のあふれんばかりの想像力で描かれた架空の街並みや人々の生活を目の当たりにし、時にその文化に馴染み、そうして必ず次の旅への決意をたぎらせるような生粋の旅人だ。

ラゴスの旅への好奇心は、さすらい人やすれ違う商人たちにも遺憾なく発揮され、屈指の聞き上手として各地でたいへん好かれ、印象深い人物として皆の記憶に残りつづける。
そしてラゴスは、驚愕するほど情事に目敏い男でもないが、好意的な感情に対して鈍いわけでもないから「この人はおれを大層、好いている」と自覚ができる人間だ。ラゴスに旅に出てほしくはない、一緒にいてほしい、ここで最期まで時を共にしてほしい。そういった彼を好く人々からの感応を一身に受け止めながらも、彼の旅への決心はほとんど揺らぐことがない。

ラゴスは大変賢い男であるし、おそらく若い頃の彼は美男子といっても差し支えないほどの容姿も(直接的な描写はないが)兼ね備えている。過酷な旅を続けているから肉体もそれ相応に仕上がっていて、各地の文化や風習といった教養、さらに旅先での交渉術もふんだんに培われ、街で彼を迎え入れる人々は、一見して彼が只者ではないと見抜く。好意的な視線をあびることがほとんどだが、たまに「奴隷」としての価値を見出され、ひどい目に遭うことも少なくない。
彼は、どんなかたちであれ人々の記憶の中に刻まれる。それほどに強烈な旅人なのだ。

この小説はラゴスが20代で旅にでたころから、晩年までを描きあげたSF長編であり「ビルドゥングス・ロマン」でありながら、その成長を間近で見続けられる者はラゴスを除き誰一人としていない構造になっている。
しかし、彼のことは、誰も忘れない。そしてラゴスも恩義を忘れることがない。だからこそ、彼の一人称視点でありながらも、どれだけ彼が人々に愛されているかを読み取ることができる不思議な文体となっている。

【ビルドゥングス・ロマン】
主人公がさまざまな体験を通して内面的に成長していく過程を描く小説のこと。ドイツ語のBildungsroman(ビルドゥングスロマーン)の訳語で、自己形成小説成長小説とも訳される。

教養小説:wiki


2️⃣ラゴスを愛する女性たち

ラゴスは作中で魅力的なヒロインの数々と恋仲になったり、あるいはそのまま結婚をすることがある。長らく時を共にした者もいれば、不貞の関係を越えずに思い合うような純文学的な恋もする。だがそうして彼となにかしたらの関係を結んだものは例外なくラゴスに置いていかれ、引き留めようにも、これまた例外なく彼の旅を止めることはできず、次の風景へすすんでいく。

かといって、ラゴスが軽薄だとか、性に奔放とかいうわけではない。むしろそういった性的な好奇心は、流浪の旅を続ける住人たちの事情からすると、ラゴスのそれは希薄に映る。彼の生まれに関係することかもしれないし、性愛に対する深い信念があるかもしれないが、少なくとも性への執着が彼の旅を止める動機にはならない。

例外なく愛されることの多いラゴスにとって、いつも通りに振る舞えば充実してしまうものだから悩みようがないことなのかもしれないが、彼の好奇心はおおよそが知的欲求に向かい、そうして自由と、果てない発明と研究と、「旅をする」ことに向けられる。

そんな彼の生き様を、作中の女性たちはこよなく愛する。旅への果てなき探究心を尊敬し、気持ちを察してくれる真摯な態度、物腰の穏やかさ、さらには肉体や容姿も優れている彼のことを、ただのパートナーとしてではなく、一人のありのままの人間として受け入れる。

ラゴスが旅にいってしまうことの必然性を、彼女たちはどこか予感しているのだ。そうしてその予感が現実のものになろうとすると、彼女らは涙を流してラゴスを引き止める。しかしそれさえも、もう無駄なことだと、どこか諦観している節さえある。ラゴスを愛するということは、つまりこういうことなんだと、彼と時間を共にした女性たちは、はじめから分かっていながら、別れの間際になって思い知らされる。

そうして去っていくラゴスは、決して彼女たちを不意にしているわけではない。自分が去ったあとも彼女たちが困らないように手を尽くして、残せるものは残し、次の旅を見据える。戸惑い「一緒にいましょう、暮らしましょう」と懇願する彼女たちの耳に「だめだ」と、彼は力強く返す。
決して絆されぬ彼の力強い決意が、また彼女たちの脳裏に「ラゴス」という男を、深く深く刻みつけることを知ってか知らずか。
彼はまた砂漠へ、海へ、森へ、北や南の果てへと、誰かに背中を向け続けている。

3️⃣ラゴスが焦がれた、唯一人の女性

常人であれば心が擦り切れてしまいそうな出会いと別れを繰り返してなお、ラゴスにも忘れられない人がいる。小説を読みはじめてたった2P目に登場する一人の生娘「デーデ」の存在が、いついかなるときであっても彼の脳裏の片隅に住み続けているのだ。
デーデは登場時では齢12~13ほどの子供としてラゴスと邂逅する。はたから見れば、それは微笑ましい関係。デーデにとって気さくで物珍しい旅人であり、自分の所属する部族へドンドンと馴染んでいくラゴスの姿は、コミュニティ内では誰もが持ち得ていない「外」の魅力を途方もなくまとった憧れの男性に映る。当初、ラゴスはそんな物珍しい自分に懐く無邪気な「子供」だとデーデと構いながら生活をする。

デーデは、非常に稀な感応能力を持っている。この作品を終いまで読んでいて忘れがちになるのだが、この小説の登場人物は何かしらの異能を持ち合わせている。それはごく当たり前に認知されているもので、テレポーテーション、壁抜け、完全暗記、それから読心術(テレパス)などなど、日常の生活に組み込まれている世界観として描かれる。ごく当たり前に描写されることが、読み終わってやっと当たり前でなかったことにハッと気づく。それほどの没入感があるSF作品でもある。

一旦話を戻す。
デーデはその感応能力もさることながら、誰も見捨てることができない優しい心の持ち主であった。そして集落の男も女も、彼女こそがもっとも人から好かれる人だと認めるほど。

心理学者のユングが、男性の無意識内にある女性的な側面をAnima (アニマ)と名付けた。聖母マリアの献身的な女性像は、男の中の願望が作り出したもので、その無意識が顕在化した存在を待ち続けている、といった解釈ができるが、この「ラゴスの旅」に当てはめてみれば、デーデはまさにそのアニマを一心に受け取った存在だとも言える。

ラゴスは、日増しに魅力を増していく彼女に対して、親愛以上の情を覚える。そうして小説のページを捲るほどに、それは巨大で圧倒的なまでに膨れ上がり、果ては「神格化」の領域まで到達する。まさに聖母マリアを彼女の中に見出ししまったラゴスにとって、旅の道中で出逢う誰よりもデーデの存在が大きく、そして誰へ向けるとも違う異質な憧れとして、彼の旅の行く末さえも揺るがすほどになる。

自分の心に従って流浪の旅を続けていたラゴスも、いつからか神格化した「デーデ」が拠り所になっていることに、無意識に気づきつつもその追及はしない。心のゆくままに旅をすることが、いつか「還る」場所を見つけるための道程となり、その終着点としてデーデを見る。
ラゴスは「デーデ」に還ろうとする。

その引力はそれまでの旅路以上に強力で、ラゴスの足をただただ前へと押し出す。生死すら厭わないほどに。

4️⃣ラゴスとデーデの共鳴

デーデ側にも女性の無意識内にある男性的な側面としてAnimus (アニムス)が働く。男性像の中のアニマを聡く察知し、そうであろうとする力、競争を勝ち抜こうとする力が、デーデをさらに魅力的な女性へと引き上げる。それこそがラゴスが目を見張ってしまうほどの急速な成長の正体であり、その逞しさや力強さはデーデの中にあるアニムスが実在するという、確固たる証といえる。

ラゴスのアニマとデーデのアニムスが共鳴し、二人の絆は、感応を越え遥かに巨大で途方もないものへと変貌していく。
不思議なことに、この関係がすすんでいくとラゴスが「女々しく」見え、デーデが「男らしく」見えてくるのだ。
デーデが「待つ者」となり、ラゴスが「逢いに行く者」になる。

それまでラゴスはずっと去る者だった。例外はなかった。故郷を離れた時も、そしてまた30年ぶりに帰還したときだって、結局ラゴスは去った。ラゴスを愛した人は、誰一人として彼を止めることが叶わなかった。

そんなラゴスが、旅の果てに見つけた「還る」場所は、ある意味で彼の信念さえも根本から書き換えるような強烈な情動となって、彼を「逢いに行かせた」のだ。

彼は旅の果てに、どこへ「還った」のだろうか。
ぜひとも、本書を手にとって見届けてほしい。



終わりに。

今回、私はラゴスを取り巻くヒロインたちの関係性に着目して解説をしてみましたが、本作の魅力はそこだけに留まりません。

奴隷商に捕まり、死が隣り合わせの生活の中でもまるで「ショーシャンクの空」のように痛快な成り上がり物語が展開されたり、「エイリアン」で登場するような太古の宇宙船を探索したり、世界の心理に通じているありとあらゆる書籍をただただ部屋に籠って読み漁っていたら自分だけの「王国」が出来上がっていたり、その奇想天外なエピソードが読み手を飽きさせないのです。

ラゴスをとりなす周囲の人々、そして進化していく文明、古代に滅びて原始還りをしてしまった世界のナゾ、異能に目覚めた人類の正体。
この小説には、全ての要素がなんでもないようにポツポツと配置され、どれもがグッと世界観を掘り下げるビーコンとなっているのです。

興味がわきましたら、ラゴスとともに未知なる旅に出かけてみませんか。
最期まで「ラゴス」が旅路を共にしてくれる保証はありませんが、彼と別れるころ、きっとあなたの脳裏には、ラゴスの背中が焼き付いていることでしょう。



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