見出し画像

実験1日目 2/2「鏡の発見」

自分を客観視するタイミングはどういうときか?
ライフサイクルの中に、何度も鏡を見る機会がある。
洗面所やトイレ、風呂場、化粧をする習慣があるなら更に鏡像となった自分を見る機会があるだろう。
街中のショーウィンドウ、雨上がりの水たまり、カメラで撮影された写真や映像、鏡以外でも自分の姿を確認することができる。

あのとき、自分は自分を見つめていた。だが、それは鏡像ではなかった。
まるで、それが既に過去の栄光であるかのように輝きを放つ、失った自分自身の姿をした銅像……いや、黄金像を。

2020/06/28 09:00 <起床>

目が覚めた。まだ日曜日の昼だった。ふと、机の上に置いた3Dプリンタ製のサイバーパンクなマスクが目に映る。
「俺の顔だ。」

寝起きに必ず水を飲む。
すがるように、噛みしめるように、いつも通りそうした。
この何てことのない習慣ですら、自分を自分たらしめるものだ。

昨晩の自分を心配するツイートを見る。
添付された写真を見るが、そこに「自分」は居ない。
ただ、量産型のらきゃっと通称「ますきゃっと」は居る。
この感覚のヤバさについては、後で話る。

起床してから暫く経っても意識がぼんやりとしている。

自分がイカれてしまったんじゃないかと、少しばかり不安になった。

アバターチェンジ、異性の体のアバター、可愛いの権化ますきゃっと……
VRChatでは当たり前のことだというのに、自分はそうじゃなかった。
この1週間で何度も何度も何度も何度も聞いたセリフ
「アバターは服で、着替えるもの」
その常識はもちろん理解している。
自分も、リアルアバター以外のアバターを着ることはある。
しかし、長時間それを着ることは無い。そして、女性アバターはあえて避けていた。どうにも馴染まないし、変な感じがしていたし、自分の目指すものではなかった。

ますきゃっとになった自分を見てからの意識の乱れを思い返し、整理する。
リアルアバターを使い続けた自分にとって、あの世界のアバターは服ではなく肉体そのものという認識になっていた。
無意識にそう思っていたということに気付き、心底驚かされた。
それと同時に「これはゲームだ。」と、冷たく突き放されたような感覚があったことを思い出して、少しばかり寂しくなった。

2020/06/28 14:00 <実験再開>

感傷に浸っていると昼を過ぎていた。
自分の顔と呼べるマスクを横目に、VRゴーグルを被る。
今回の実験の主目的はノラネコP……そう、元凶たる「彼」の言い放った
「自分の思うkawaii move(以後、可愛いムーブ)をすること」だ。

とてもじゃないが、今のままでは可愛らしい動きをするどころか、VRChatで活動することすらままならない。
こういう辛い状況に置かれたとき、自分はいつもどうするか?
決まっている。痛みを伴っても早く解決しそうな方を選択する。
とにかく、無理にでも慣れさせるしかない。
あぁ、二日酔いみたいに頭が痛い。

「無理やりにでもトレーニングだ!」と、息巻いてみたものの、いざVRChatにログインしてホームワールドで1人キャリブレーション作業のために鏡と向き合った際に、自分の変わり果てた可愛い姿を見てしまい、また自分の正気度がごっそりと削られた。
心的ダメージの内訳はのらきゃっと……「彼女」とよく似た姿への恐れ多さが半分、自分らしさのカケラもないことへのショックと、これまでの無意識的自己暗示へのドン引きがもう半分という割合いだ。
部屋に1人だと、鏡の前のこの「ますきゃっと」を「自分」だと認識せざるを得ないのが、脳に負担をかけた。

とりあえず、少しでも心が落ち着く場所に行こう。
日和った自分は禅寺のようなワールドを探してみたが、あまりいい場所は見つからず、そうこうしている内にギャラリーが増えてきた。
自分がここで綴っているようなことを知るはずもなく、楽しそうに好き勝手言われる。自分がコンテンツとして生きていることを実感する。
気分だけはメジャーリーガーだ。テレビモニタ越しでプレーへの批評を得意げにする外野を気にしたって仕方がない。 
理解されたり共感されたい等という甘い希望を捨てて、初めて自らを苛む数々のしがらみを捨てられた。
この痛みこそ自分にとっての生の証だ。

周りのガヤを適当にあしらうような脳死の会話をしていると、おススメだとか何とかで廃墟っぽいワールドに連れていかれた。
荒んだ光景の何処に癒しがあるんだ?と、思いつつ、地下へ、地下へと潜った。
スイッチを押すと展開する大きな鏡がある場所に辿り着いた。
自分を笑いに来た者、変化を望む者、試す者、その何人もがその鏡に映っていた。改変をしていない、卸したてのますきゃっとも居た。

だが、自分の姿はそこにはなかった。

正確には「自分がますきゃっとだ。」と、群衆に紛れるそれを見ても認識できなかった。脳がその判断を拒絶していた。「彼女」への崇拝に近い好意と、自己認識している見慣れた姿からの「乖離」が、そうさせているのかもしれない。確かに自分は「彼女」が好きだが、同一になりたいとは思っていない。自分と違うからこそいい。そういう事もあるということを知っている。

とにかく、鏡を見ても自己認識ができない事が厄介だった。
鏡を見ながらでなければ、まともに可愛い動きの練習すらできない。
1人で鏡と向き合えば、今の精神状態だと体の違和感と言いようのない酔いのような気持ち悪さで苦しむことは目に見えていた。
オルタード・カーボンのスリーヴ酔いってこういうことだったのか?
とにかくオルタード・カーボンは最高に素晴らしいサイバーパンク作品だからNetflixで見て欲しい。サイバーパンク野郎からのお願いだ。
きっと、この実験レポートをより楽しく読めるだろう。

廃墟の底の鏡の前で、呆然とする自分を哀れに思ったのか、気の利く友人が動いてくれた。
この実験中、多くのこういった友人達の行動に支えられてきた。何も返せるものはないが、感謝していると、言えるときに伝えておこうとは思っている。
そんな友人の計らいでワールドを移動した。
友人の自作ワールドで、何度か通ったことがある場所だ。
見上げれば四角く切り抜かれた月、ここは井戸の底、地上より更に月から遠のいた場所。

ここで自分はこの1週間を乗り切る鍵を得た。

自分との対話、さながらここはイドの底といったところだった。

画像1

「これ……私……。」

自分の存在をこの世界で感じられない虚脱感を和らげたいと、Youtubeにアップされている自分が主催したイベント「VRCサイバーパンク集会」の動画を見た。
そして、力なく、井戸の底でそう呟いた。

それを苦笑いして見守る友人達は、各々でDJ-09の現在の心理状況への考察談義やら、アバター論について活発な議論を続けていた。
正直、どんな話だったかはあまり覚えていない。
闇の中に居るような感覚は、ずっと続いていた。

ふと、突然連想ゲームが始まった。
彼らの会話の中にある単語群が、パズルのピースのように自分の中の思考と合わさった。
リアルアバター、リアルの自分、職業、ロボット開発、ロボット制御、マスタースレーブ…
「そうか、鏡だ」
希望が湧いた。
「自分を鏡にすればいい!」
周りの友人達に作戦を話す。
後に彼らが「いつものDJ-09に戻った瞬間だった」と、言ってくれた。

2020-07-24 10_27_40-プレゼンテーション1 - PowerPoint

やることは図の通りだ。
必要なのは可愛い振る舞いができる友人と、量産型の自分、あと自分。

自分は自分の体なら認識ができる。そして、体の動きを理解できる。
可愛いムーブの達人は、量産型DJ-09アバターを纏って鏡になる。
これは、自分の仕事であるロボット開発現場でよく見る「人とロボットの動きを連動させるプログラム」から着想を得た。
そして、なんとまぁ都合のいいことに、量産型DJ-09という存在が私にはあるのだ。更に、ムーブの強い友人がVRChatで過ごした1000時間で何人か既に居る。
「こんなフラグ(伏線)回収ありかよ!?」
と、心の中で思ったが、まぁいい。事実は小説より奇なりだ。
しかも、この特訓におあつらえ向きなワールドが最近できたばかりだった。早速、現地でムーブのうまい友人に指導を願った。

この実験が始まる何日か前、テレビ番組で、芸人が美少女アバターと連動して動く様をリアルとバーチャルで並べて見せて、それを嗤うという中々に趣味の悪い企画の放送があった。
体の動きをトレースする機材をつけた半裸の芸人が、可愛い動きを楽しそうにするところに、熱々のおしぼりを投げ込み、そのリアクションをまた笑うという内容で、VRChatの界隈で少しばかり話題になった。

<脱線開始>
ある種、バーチャル世界に対しての"メメントモリ"のようなものだが、これには苦い思い出がある。

「彼女」もとい、のらきゃっとはバーチャル美少女である。
「のらきゃっと」で、検索をするとサジェストに必ずと言っていい程に
「素顔」が付いてくるだろう。

このnoteを読んでいる方の中には恐らく
「美少女と言っても、中身はオッサンだろう?」
と、考えている人が居ても何ら珍しくはない。
まぁ、折角サイバーパンクというテクノロジーで人間の常識をアップデートできる最高の機会に恵まれているんだ。
頭の体操だと思って付き合ってほしい。

貴方が、ランドに行って、出迎えてくれたミッキーを見つける。
それを「ミッキー」と認識するか、「着ぐるみ」と認識するか、或いは
「ミッキーの着ぐるみ」と認識するのか?そこからふるいにかけられる。

エンターテイナー達には必ず「見て欲しいところ」と同時に
必ず「見て欲しくないところ」がある。
演劇なら、袖の向こうや、緞帳の向こう側、席に座って見て欲しいだろう。
クリスマスにサンタの格好をした親が、子供の前で着替えるのは愚行だ。

さて、ランドは「ミッキーの着ぐるみ」だと認識して欲しいだろうか?
否、「ミッキー」と認識して欲しいのだ。
そして、そのための努力をしている。

では、ランドで「着ぐるみ」の頭を外して大喜びする奴が居たらどう思うだろうか?
まぁ、そういう楽しみ方をする人間の方が実は多いもので、迷惑系YouTuberが数字を稼いでいる時代で他人に善意を期待しても無意味だろう。

仮に、着ぐるみの頭を外したとして、それは本当に「素顔」なのだろうか?

もしそれに「当然だ」と、思うのであれば
「てめぇの面の皮を俺のナイフで剥ぎ取って、鏡で見せてやるよ。大好きな素顔をよぉ……」
と、サイバーパンクなVR拷問を創作の自分が始めるに違いない。
とにかく、自分としては明確に違うものだと思っている。

もっと分かりやすく「彼」はこのあたりの認識について書いているので、これを読んで欲しい。

「彼女」「彼」はトラブルで「見せたくないもの」を見せてしまったことがある。
その日から暫くは、鬼の首を取ったように大喜びする連中のお祭り騒ぎだった。
未だに、検索サジェストにそれが残っている。

その事件で、「彼女」のファンである自分は他のファン同様に2人を強く心配した。
そして、戻ってきてくれた。今も活動を続けてくれていることを心から感謝している。
当時のファンと一緒に乗り越えてきたからこそ、のらきゃっとファンには不思議な絆があるのだと思う。
一緒に「見たい夢」を見るために、新しいファンをまた獲得しながら、常に前へ未来へと歩み続けている。
本当に……よかったね。

<脱線終わり>


2020/06/28 16:00 <特訓開始>

皮肉をこめてか、そのテレビ番組を模したワールドが放送から1日程度でVRChatの世界に実装されており、有志の個人クリエイター達の手の早さにただただ驚かされる。
ネタは鮮度が命とはよくいったものだ。

そしてこれまた皮肉なことに、このバーチャルの空間にリアル存在が居る。
私とよく似たリアル男性の姿と、彼女とよく似たバーチャルの美少女の姿が同じ空間に並ぶ。さながら、あの悪趣味な番組の再現のようだったが、今回の特訓にはうってつけだった。

ワールドには動きをチェックするのに便利なカメラと、その映像を投影した壁一面程の大きさのスクリーンがある。自分のますきゃっととしての動きを客観的に評価できるので、かなり便利だった。
更に、見るからに熱そうな湯気が立つおしぼりが近くに配置してある。
自分の動きがヘタクソな場合は、ギャラリーが喜んで投げるだろう。

まぁ、バーチャルなので熱くはないのだが……。
つい、先日までは熱々だったのだ。
実験の始まる前は。
この気付きについては、また後日書こうと思う。

会場に到着して、早速特訓が始まった。
最初の出来はともかく、こわばっていた体は動くようになった。
目の前に、自分より先に動く鏡像としての量産型DJ-09が居る。
目線の高さが合わないが、感動した。
少しばかり、楽しくなってきた。
人類はいつだってその発想と技術で危機を乗り越えてきたのだ。
「テクノロジー万歳」
心の中でそう呟いた。

身動き1つ取れず、闇の中に居たような気分がどんどん晴れてきた。
一連の可愛いムーブの型を覚えた。
普段、男の体で動かすことのないような部位を動かした。
捻りと揺らぎを混ぜたような独特の動きは、確かに「彼女」に通じるものがあった。

何人かから、我流やのらきゃっと再現の可愛いムーブを教わった。
とにかく反復練習で、とにかく練習をすることにした。
のらきゃっとの呼吸…。果たして会得できるだろうか?

2020/06/28 19:30 <特訓終了>

2020/06/28 22:00

その夜、井戸のワールドを作った友人がまた自作のワールドを開いていた。
今度は明るく、開けた場所に佇む一軒のBARだ。
何度も訪れた、バーチャル空間での自分の行きつけの1つ。

そこには何故か、自分の黄金像と指名手配書がある。
なんとも奇妙だか、こういう好意を持った行為がこの世界には存在する。

自分は、自分の像を見ていた。
好意を寄せる「彼女」とよく似た姿で。

もしも、これが量産型のらきゃっとではなく、もっと普通の、自分にとっては「特別」ではない美少女のアバターであったならば、抱く感情はもっと違うものだったのだろうか?
できれば、こんな姿になった自分を「彼女」だけには見せたくはないな……。まぁ、元凶たる「彼」はどうせ高笑いして見物にどこかのタイミングで勝手に来るだろうなぁ……。おのれIMR。

「集合写真を撮りますよ~!集まってください!」
VRChatでのイベント事では集合写真をとるのがお約束である。
ポージングに悩む。
タイマーがセットされ、カウントダウンの音が鳴る。
「これでいいや」
と、やや無意識的にとるいつものポーズにした。

画像3


しばらくしてVRChatからログアウトした。
今日撮った写真をざっと見返す。
集合写真を見たが、すぐにわかる。
両手を広げてるあのポーズ。
「あぁ、俺はこれか」
間違いなく自分だ。
そう、気付けた……もとい、認めることができるようになった。

実験初日、なんとか自己認識の克服と可愛いムーブの練習のスタート地点に立てた。
遠回りな「鏡」を得てからは自分の沈みきったメンタルはぐっと持ち直した。周りに、信頼できる友人が居ることも確認できた。
本当に自分が孤独な一匹狼だったなら、詰んでいたに違いない。

元の体に戻りたいと思う気持ちは変わらない。
ただ、今は少しだけこの状況を楽しむ余裕がほんのわずかに出てきた。
長時間ダイブした甲斐はあった。これで、明日からまともに可愛いムーブの練習ができる……。

はずだった……。

次回、実験2日目「TSFって何だ?」

画像4

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?