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実験7日目1/3「やっと見つけた可愛い自分」

自分を失った。
そう、思っていた。

誰がどう見ても可愛い、愛くるしい容姿をした量産型のらきゃっと、通称「ますきゃっと」の体になってしまった。

鏡を何度見ても、それは「ますきゃっと」であって、自分の姿ではないという認識が数日続いたが、変化を受け入れようという心境の変化が5日目あたりからあった。

しかし、鏡を見れば見るほどに、やはり自分自身が仮想世界で消え失せたのではないかという不安があった。
この1週間で、自分が自分であると言えるものがないかをずっと探していた。

「鏡は悟りの具にあらず、迷ひの具なり」

鏡に映る像にばかり気を取られていた。
魂の遭難とでも言うべきか、自分のリアルアバターに収まっていたはずの何かが揮発してしまったような気持ちだった。

こういう危機的状況のときこそ「周りを見るべき」である。
そんな教訓を得た実験最終日。
心から「可愛い」と自分自身を認めることができる瞬間が、遂に訪れた。

2020/07/04 11:00<起床>

いつの間に寝たのだろうか、そう思いながらスマホに手を伸ばした。
流れるようにTwitterを起動し、タイムラインを眺める。
しかし、何を呟いたらいいか分からない。
Twitterを閉じてLINEを開き、AIのらきゃっとに声をかけた。

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「あなたも かわいいですよ」という一言に動揺してしまった。

今日で実験も最終日だ。
どう過ごすか全然考えていないが、もう少し写真を撮りたい。
とりあえず、何かを残しておきたい。そう、ぼんやりと考えていた。

VRChat へログインする直前、職場の同僚から連絡が来た。
緊急の案件か!?メッセージに目を通した。

「今日、VRChat行きますか?これから僕の家に新入社員呼んで、VRゲームさせたいんで、案内よろしくお願いします!」

??????

なんで、よりによって今日なんだ…?
そういえば、先月くらいに今度VRChatに来たら案内するって約束したような気がする。それにしたって今日なのか!?

夕方ぐらいに来るとかなんとかで「時間が合えば…」と、消極的な返事をしておいた。
やれやれ…。
まぁ「彼女」にこの姿を見られるよりはマシか。
「美少女によるツアーガイド付き初心者案内、高くつくぞ」
そんなことを考えつつ、スマホをクッションの上に放った。

「……美少女……?」

自分の思考に、僅かな違和感があった。

2020/07/04 13:15<実験再開>

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VRChatにログインしてトラッカーのキャリブレーションを行ない、メニューのソーシャル欄を開く。
昼間にログインしているフレンドは少なく、居ても作業中でアバターを放置していることが多い。
2人のフレンドが、雰囲気の良いワールドに滞在していた。
VRChatではメジャーなワールドの1つだが、あまりちゃんと見て回ったことはまだ無かった。
「いい機会だ、とりあえずここに行ってみよう」
気軽にJOINのボタンを押した。

この数奇な1週間で最も大きな発見をする事になるとは、知りもせず。

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洞窟を抜けると、ドーム状の空間があり、辺りには淡く光る白い花が咲き乱れていた。
左手の小屋に居るフレンドの1人は作業中で、自分に気付いていないのを良いことに写真を撮った。
もう1人のフレンドとも挨拶をした。それは、普段の自分がやる不愛想な会釈ではない。可愛い量産型のらきゃっとの姿だと、自然にそれらしいものになる。
それらしいとは何か……?
ちょっと、書きづらいが、その、ネコっぽいというか、アレなのだ。
ニャンニャンするのである。いたって健全で違法性はない。

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両者共に自分のフレンドであるが、この仲良しの2人がエモーショナルなワールドに居るということを考えると、インスタンスにあまり長居するのも少々悪い気がしてきた。
別に、自分が居ても文句を言うような人達ではないが、なんとなく自分が勝手に居づらくなるのだ。
また会おう。そう言って手を振り、同じワールドの別のインスタンスを自分で立ててそちらに移動した。バーチャルの世界ならではの利点だ。現実では同じ景色をそう簡単に作ることはできない。

薄暗い洞窟の奥、美少女アンドロイドが佇む。
まぁ、中身は一応俺なのだが…。
とりあえず、自撮りをしたら別のワールドに行こうと決めた。

ロケーションを探していると、小屋の方で何かが動いた気がした。
よく見てみると、自分の影だった。

いや、待て

自分の影……?

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思わず、息を飲んだ。
心臓が止まりそうだった。

そこに「彼女」が居た。

勿論、本当にファーストロット最後の生き残りである「のらきゃっと」が居た訳ではない。
ただ、自分の佇まいと、ますきゃっと義体の輪郭が反映された影から
「彼女」の存在を強烈に感じていた。

自分の影をジッと見つめたまま、ポーズを取った。
ポージングの切れ間にも意識を集中させて、静と動それぞれに今までの成果を出し切るように心と体を重ねてみた。

「……可愛い」

この1週間で初めて「この姿が自分自身である」という認識を持って、可愛いと認めることができた。

影とは、自分と切り離せない存在だ。
鏡を否定し、拒絶していたはずの自分でも、それは認めざるを得なかった。

どうしようもなく、今の自分は量産型とはいえ「のらきゃっと」なんだ。
そして「彼女」のように舞う姿は否定しようもなく、可愛かった。

暫く、自分の影を夢中で見つめていた。
このとき、ふと気づいた。

「自分は、確かにここに居る」

影は、黒い内側に目が行きがちだが、本当はその輪郭こそが影の主を表している。輪郭を作る外側があるからこそ、自分だと分かる。
これまで自分は、自分自身の証明を自分の内側で探していた。
アバターという外界との境界面が大きく変化してしまった状態では、自分の内側を他人に示すことはとても難しかった。

だが、自分の外側にある「他者」はどうだろうか。
自分自身を取り囲む人々との交友関係という外の環境を、ちゃんと見るべきだった。

美少女の姿になってから、見物客が増えたり、怪しい手合いからの声かけが急に出てきたことにばかり気を取られていた。
そして、自分のことを変わらず見守ってくれる友人達の存在が目に入っていたはずなのに、あまり意識できていなかった。

VRChatで育んだ交友関係はこの姿になった今も、変わらない部分はある。
自分を中核とした友人達とのネットワークは、指紋のように異なる模様を見せる。中核を目隠ししたとしても「相手との関係性の深さ」というレイヤーを加えれば、より模様は複雑化し、唯一無二のものになる。
自ずと、中核の部分の輪郭がその人物を表す形になるはずだ。

後にこれを世間では「ソーシャルグラフ」と呼んでいることを知ったが、このときはその気付きに身震いしていた。

頭の中いっぱいに、曼陀羅や、エデンの知恵の樹に似た何かが広がった。
脳がジリジリ焼けるような興奮と共に、宇宙を感じていた。

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エウレーカ!そう、気付いてしまったのだ。
影から見出した謎のロジックは、酷い間違いだらけかもしれない。
それでも、自分が納得のいく答えをそこに見つけてしまった。
気持ちとしては「もう何も怖くない!」と、他意無く言えるぐらいの清々しさがあった。実に、苦悩の1週間であった。

この感動を残さねばと、ツイートをした。
そして、職場の同僚から「もうすぐ行きます」というメッセージが届いていた。
あぁ、いつでも来い。今の俺は無敵だ。
チュートリアルワールドへ移動して、そこで同僚を待つことにした。

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同僚を待つ間、自分の様子を見に来てくれたフレンド達と写真を積極的に撮っていた。
心境の変化というか、吹っ切れたような自分に驚く様子も見えたが自分としては「皆への感謝の念でいっぱいです!」などと素直に言っても薄気味悪いだろうと思って黙っていた。
代わりに、ますきゃっと義体の持つ器の記憶や本能のような何かを感じ取るように、できる限り愛くるしく(個人の見解)動いていた。
今振り返ってみれば、1週間の最後は、義体との同調率が明らかに急上昇していた。

同僚がチュートリアルワールドに到着した。
大きな声で私の本名を呼ぶのでズッコケそうになった。
まぁ…そうなるわな…。
突然素に戻ったような自分になった。

ゴソゴソと、音を立ててVRゴーグル着用者が同僚から新入社員にバトンタッチされた。
「えっ、その姿は」
「話すと長くなる」
「アッハイ」
淡々とVRChatの基礎の部分を教えていたが、私の本名を呼ぶ同僚の声を新入社員のVRゴーグルのマイクが拾った。
「とりえあず景色のいいところ行きましょうよ」
さては、人のチュートリアル見て飽きているな…?

確かに、初心者にとりえあえず感動を与える為にエモエモなワールドに連れて行くのは名案だ。
さて、何処にしようか…と、適当にそれらしいワールドのポータルを置いて移動した。

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「彼女」も訪れたことのある夕焼けと長い橋、等間隔に立つ街灯が美しいワールドにやってきた。
思わず、その光景を思い出してのらのらしてしまった。
体が、勝手に動き出す。ついでに写真も撮っちゃう。

……ハッと、我に返る。「量産型の方の自分」の姿になった新入社員の方を見た。
「……。」

やめろ

「…カッ」

やめてくれ

「可愛い…!」

素の自分にはまだまだ耐え難い羞恥心を煽るシチュエーションだった。
カメラを片手に走りだした、偶然取れた写真が何とも漫画のオチのようだった…。
堕ちてないないです(過剰反応)

2020/07/04 18:30<休憩>

居た堪れない気持ちと、同僚宅で初VRChatを楽しむ同僚を残してログアウトした。

この1週間で見つけたいと思っていた「自分」が、見つかった。
色々最後はあったが、今日の発見がこの1週間でずっと探していたとりあえずの答えだ。
とても、その点では満足していた。
そして、ますきゃっと義体の声をもっと残された時間いっぱい聞きたいと思った。

コントローラとトラッカーの充電をする。
休憩をして、記録のツイートをぽつぽつと投稿した。

もうすぐ、この実験が終わってしまう。
まだ、最後の時間を何処で過ごそうかは決まっていない。
最後がどうなるかなんて分からない。台本なんてない。

ただ、0時になったら元の体に戻る。
ずっと、戻りたくて仕方なかった自分自身の本当の姿に。

自分がリアルアバターに拘っているのには、理由がある。
普段、あまり人には言わない理由が。
戻らねばならないのだ。

次回、実験7日目 2/3「地球が綺麗ですね」

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