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実験5日目「自分の中の、のらきゃっと」

2020/05/05 <バーチャルマーケット4最終日>

「はい こんばんは こんばんは ノラ キャットです」

彼女はカメラに駆け寄り、両手でピースサインを作り、天使のような笑顔でそう言った。
自分にとっては聞き慣れた彼女のお決まりの挨拶だが、この日はいつもの画面の前で見ている彼女の生配信とは訳が違う。
普段なら画面いっぱいの彼女の尊顔に身を悶えさせているところだが…
このとき自分は、彼女の小さな背中を、若干震える脚で見つめていた。

今日も素敵だな…変なレースゲームの配信を終えてすぐだというのに、こんなに元気に動けて凄い。流石のらきゃっとだ、さすのら!
自然と、自分は彼女の挨拶に拍手を送っていた。

「私が 一番 最初 だったら 」

彼女が振り返り、そう言った。
自分と、目が合った気がした。
地平線を見ていたか、後ろの人に指さしたのかもしれない……と、念のため後方を確認する。
……やはり彼女は自分を見ていた。
What a lovely day.

「これくらいのカメラの距離を教えてあげたのに」

週に2回、火曜日と日曜日に生配信を続けてきた彼女のベテラン具合がよくわかる一言だった。
こんな風にいつも配信をして、ファンであるネズミさん達を喜ばせていたのかと知り、自分の内側であらゆる感情が沸き上がり、うねり、溢れていた。
悶えながら、なんとか自分がひねり出した言葉が
「勉強なります……」
という、周りと同調した言葉だった。

だが、この学びを活かす機会が自分自身に訪れることは無いだろう。

と、当時は思っていた。

自分はYouTuberでもなければ、カメラにアップで映されても恐ろしいだけの見た目をした愛想のない野郎だ。
彼女のように振る舞う理由は、無い。

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そんなこんなで始まったのが 5月5日のヤタノさんのYouTube 生配信だ。

ヤタノさんは所謂バーチャルYouTuberで、九尾の狐のお姉さんだ。
そして、この配信はバーチャルマーケット4最終日にメイン会場であるパラリアル東京を巡ろうという企画で、そこに複数人のゲストが呼ばれていた。
その中に、彼女と自分が含まれていたのだ。

出演の打診が来たときには驚いた。
自分がYouTubeの配信番組にVRで出演することは初めてではない。
実際に、ヤタノさんのバーチャルマーケット4のワールド巡り三日目の配信に自分は出演していた。
しかし、今回は話が違う。
今まで画面の向こう側で輝いていた推しと、同じ時間に、同じ場所に立って、同じ番組に出演する、そんなことがあっていいのか!?

悩みに悩んだ挙句、出演することにした。

「もっと、彼女の事を知りたい。」

色々と小難しいことも考えたが、それが決め手だった。

自分は今まで、彼女の姿をずっと画面の向こう側から見てきた。
時として、配信外のVR空間で出会うこともあった。
だが、彼女がカメラの前で振る舞う姿を、同じ空間から見る機会に恵まれたのは、これが初めてだった。

配信中、ずっと彼女の行動を観察していた。夢中で写真を何枚も撮った。
彼女はカメラが何処にあるのかを瞬時に把握して、その場にあるものを巧みに活用して視聴者にエモや笑いなどを届けてくれる。
その手際の素晴らしさに計算を感じる一方で、ネコのような気まぐれな行動もあり、本当に見ていて飽きない。

彼女の活動の中で築かれた定番要素はファンに「安心」を与えてくれる。
その一方で、予測不能だったり意味深長な言動で「驚き」も与えてくれる。
常にその「静と動」が彼女の行動には存在している。
何が言いたのかと言うと、彼女は素晴らしいエンターテイナーなのだ。
そしてこの特長は、創作としての彼女が「戦闘用アンドロイド」であるという事実に対する強力な説得力になっている。

月のIMR社で製造されたのらきゃっとには恐らく、膨大な戦術データがプリセットされていただろう。それは、所謂彼女の「基礎」と言える部分だ。
そして、彼女は歴戦のファーストロット最後の生き残りになった。これを支えたのは、彼女の「応用力」で相手の意表を衝き勝利を収めることができたからではないかと、自分の想像力を掻き立ててくれる。(まぁ、割と脳筋なことも多いが、修羅場をくぐりすぎると並のことはなんとかなる度胸が付くのも事実である。)

彼女は配信の場であっても、戦場であっても、等しく華麗に舞える存在なのだと、配信中に確信した。

のらきゃっとという仮想の美少女存在、のらきゃっとの創作として描かれる部分、それらに自分は輪郭のふわっとした共通項を見出し、ある種の説得力を感じていた。
これが彼女の存在強度を高めてゆき、やがて現実に彼女が現れる日が本当に来るのではないか?という期待を高めてくれた。
彼女が現実世界にリアライズしたいという夢が、いつか叶う、叶えさせたい!と、自分の心に火をつける。
本当に、彼女は素晴らしい存在だ。
のらきゃっとは最高だ。

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2020/07/02 21:00<実験再開>

東京で隕石が降ったとか何とかのニュースをTwitterで見つつ、VRChatにログインする準備をしていた。
「まったく、現実でもフィクションみたいなことって起きるもんだな…。」
と、他人事のように思いつつ、量産型のらきゃっと(ますきゃっと)にダイナミックボーンを導入した。
簡単に言えば、髪やスカートが自然に揺れるようになる有料の追加コンテンツだ。
5日目にしてやっと、完璧な状態のますきゃっと義体になった。

ログイン後、昨日に続き今日も人の集まる場所に早速向かった。
普段使わないミラーを展開し、その前で呼吸を整えた。
腹を決めて、自分自身の姿を見つめた。
目の前に彼女とよく似た青い瞳の美少女型アンドロイドが立っていた。
お前を、俺を、今から1時間半、可能な限り仕上げていく。

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実験前、ヤタノさんの生放送に出演したいと、自分からお願いしていた。
理由は自分の可愛いムーブを動画で確認するためで、客観的に自分自身の動きを評価してみようという試みだった。
自分のPC環境でVRChatを起動しながら録画をすると、スペック不足で酷いことになりがちだったので、ヤタノさんのお力を借りることにした。

生配信に量産型のらきゃっとの姿になった自分で参加することは、ある意味の「本番環境」に身を晒すという行為だ。
何故、そんなことをするのか?
「彼女と近い環境に身を置くことで、分かることがきっとあるはずだ。」
と、確信していたからだ。

昨日、ノラネコPに会って確信した「自分にとっての可愛いムーブ」の答えは「のらきゃっとのムーブ」だった。
動画で、生配信で、目の前で見せてくれる「彼女」の動きそのものが、自分にとって最も可愛いと思える動きなのだ。
何故可愛いと思えるかなんて考えたって仕方ない。
自分は「彼女」のことが好きだ。それで十分すぎる。

今日の配信の様子を見て、出演している自分自身を見て「かわいい」と、思えたならば、今回の実験の目的は達成できる。
だからこそ、自分は今から全力で「彼女」に近づくための特訓をする。

鏡の前で体を揺らす。
普段の自分のリアルアバターには、揺れる箇所はどこにもない。
だが、今は違う。
腰まで伸びた長い銀髪がふわりと舞い、スカートや尻尾が自然な慣性を感じさせるように揺れる様を、鏡越しにハッキリと確認した。
これは、自分の現在使用している義体の頭髪と衣服であり、自分自身が完璧にコントロールすべき新しい物理特性を持ったものであると、認識した。

これまで習った可愛いムーブの型を試した。
ただ早く型から型へ繋げるのでは、体の揺れ物が暴れてしまう。
もっと優雅に、それでいて無駄なく、彼女のように美しく……。
真剣に、自分自身を見つめ、可愛らしく振舞おうと動いた。

日に日に実験の噂が広まっていったせいか、鏡の前で練習していると次から次へと人が集まってきた。
本当のところ、鏡の前でそのまま練習をしたかった。
だが「彼女ならどうするか?」という考えから、声をかけてくれた方に歓迎の意を込めてムーブを披露していた。未完成であっても、人に見せて何らかのフィードバックが発生すればそれはもう実質的に鏡のようなものなのだ。

「彼女」の動きを思い出しつつ、絶え間なく可愛いムーブを続けながら、周りのギャラリーと会話をする。
若干上の空気味だと感じた人も居たかもしれないが、実のところこのときは必死だった。そして、徐々にヤタノさんの生放送の時間が近づいていた。

「かわいいねぇ。」「こんなに動けるのはもう、メス堕ち確定ですね!」

今日も相変わらず、周りから同じようなことを言われる。

「女の子じゃん?」「本当はもうずっとこの姿で居たいんでしょ?」

違う。

「無理しなくていいんだよ?」

勘違いするな。

これは、俺と「彼」との約束(売られた喧嘩)だ。
そして「彼女」とは何なのかをより深く知るチャンスだ。
真剣に、自分の中の「のらきゃっと」と向き合うための1週間なんだ。

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若干、この連日の実験のストレスもあって穏やかではない心境になりつつあった。あまり良い状態ではない。
そんなとき、ロボットアバターをよく使っている友人が来てくれた。
可愛い美少女アバターをメインにしていないユーザーというだけでも親近感が湧くのだが、メカアバターを使うユーザーというのもリアルアバター程ではないにしても少数派で、愛すべき貴重な存在なのだ。
彼が自前の攻撃モーションを披露してくれることになり、超高出力のビームを発射する様子を間近で見た。

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見ていてスカッとするような豪快な攻撃モーションだった。
「今度、メス堕ちとか言ってくる奴が居たらこれで薙ぎ払ってよ。」
と、お願いしておいた。
良いものを見せてもらって、配信参加前に気力をグッと持ち直すことができた。

2020/07/02 22:30<生配信参加>

ヤタノさんにJoinする。今回はVRChat内でゲームを楽しめるワールドを巡る配信で、自分が参加したタイミングでは「サンドバッグを叩いて飛ばした距離を競うコンテスト」のワールドの紹介をしていた。

この場所は以前リアルアバターで遊んだことがあったが、VR空間上のサンドバッグを蹴ろうとしたら自室にある椅子を蹴り飛ばしてしまい、部屋は荒れるし自分は激痛で悶絶するし…という燦々たる光景を生み出してしまった苦い経験がある。
そして、リアルアバターで飛ばした最長記録は 600 m 程度だった。

早速、言われるがままゲームに挑戦する。
あくまでも可愛いを意識しつつ、パワーよりも1つ1つの動作を的確に、自分が美少女型アンドロイドの量産型のらきゃっとであるという自負のもと動いた。

記録は 1790 m 。

???

なんで……?

暫く、素で困惑していた。
これが、戦闘用アンドロイドの力なのか……?
そんなにこの体が自分になじんでしまったのか?
そりゃ、東京に隕石降ったらしいけどそんな某有名アニメ映画みたいな入れ替わりとかあってたまるか!

「認めたくないぃぃぃ!!!」

心の声が散々漏れて、情けなく鳴いていた。

他のゲストからも散々いじられつつ、続いてシューティングゲームのワールドに移動した。

移動する輸送機を敵ドローン群から守り抜くというシンプルなゲームで、ひたすらに飛んでくる敵機を撃つゲームだ。
純粋に楽しんでいたが、なかなか激しい攻撃で「のらきゃっとらしさ」を意識して出す余裕がゲーム中あまりなかったように思う。
実際どんな様子だったのかは、動画を見て確認して欲しい。

とりあえず、銃の火力アップだけ考える脳筋プレイと前進して高火力で制圧するスタイルでガンガン進んだ。
そして、割とあっさりハードモードをクリアすることができた。

配信もそろそろ〆というときに、ヤタノさんがカメラをワールドに固定したのを見た。
ヤタノさんがゲストに、カメラの前に並ぶように言う。

その光景を見て、自然に体が動いた。

カメラの前に立っていた。
「彼女」の教えてくれた距離感で、視聴者を意識して、動いた。
本当に無意識的に動いていた。
まさか、あのときの学びを活かす機会が自分に巡って来るだなんて。
自分自身、この行動については後から驚いていた。


配信を終えて、アーカイブを見返そうと思っていた。
だが、そういう気分ではなかった。
「彼女」との思い出が、今までにないぐらいに色濃く、自分に流れ込んできたような感覚に襲われていた。
そして、その熱量は、自分の体を、このますきゃっとの義体の中を駆け巡っているような感覚だった。

高揚感の生み出した幻覚かもしれない。

少し落ち着こうと、フレンドのところを回っていた。

既に日付が変わって7/3になっていた。
夜には最終日前夜の6日目の実験が始まる。

何か、掴めそうな気がする。

のらきゃっとそのものの事ではないかもしれない。

それでも、大切な何かを見つけられそうな気がしていた。

「思い出を作りたい」

根拠は無いが、普通のますきゃっととして、残された時間を楽しむべきだと思った。

のらきゃっと好きのフレンドと、お互いにますきゃっと同士で写真を撮った。
それを見返して、自分とフレンドのツーショットだとハッキリと認識した。
大切な、自分の思い出だと、間違いなく認知した。
初日は鏡を見ても自分だと認識できなかったというのに、すんなりと受け入れることができた。

「この1週間の思い出を残したい。」

急に、そんな想いが込み上げてきた。
この義体が、そうしたいと願っているのか?
自分自身が、そうしたいのか?

分からないし、どうでもいい。

自分の何かが、そうしろと囁いたような気がした。

自分の中で何かが変わったのかもしれないが、恐怖心はない。
変わることを怖がりすぎていたのかもしれないし、強く拒絶しすぎていたのかもしれない。
リラックスしていこう、大丈夫。
きっと、この実験は何かを得ることができる。

次回、実験6日目「思い出を辿る」

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