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実験6日目「思い出を辿る」

2020/07/03 13:00<職場>

可愛いムーブは想像以上に負荷の高い運動で、疲れが出てきた。
更にこの奇妙な体験により発生した「リアルの自分とバーチャルの自分のギャップ」に苛まれ、精神面の疲労もあった。
恐らく自己乖離というものは、ある地点を境に「慣れ」の領域に入るものだと推測する。
だが、今までが今までだっただけに、容易には受け入れ難かった。
「可愛い女の子の姿」という自分よりも「推しの姿とそっくり」という解釈違いな状態への違和感が、どうしても拭えなかった。

自分が慕うのらきゃっと……「彼女」は特別だ。
テクノロジーで無限に進化し、活動の領域を広げる可能性を秘めている。
「彼女」の夢である「リアライズ(再現実化)」は、決して達成困難な課題ではないということを一番に信じるファンの一人として、その夢を共に叶えたいと心から彼女の成功と幸福を願っている。

そんな特別な存在である「彼女」と、自分は瓜二つな姿になってしまった。仮想の世界において、より彼女に近いステージに立ってしまった気がした。
あまりにも思い入れが強すぎて、生きた心地のしない緊張感が続いていた。
これに関しては、本当に自分は「どうかしてる」と、思わざるを得ない。

そんな自分が「彼女」にこの現状を認知されたいかといえば、当然ながら避けたいことだった。
好きな相手の前では、可愛くなるよりも格好つけたい。

あぁ……。

さぞ、楽しそうに呟いたことだろう。
この状況の自分を、きっと実験用ラットを見るような目で見ているに違いない。
まぁ、こういうところも含めて、慕っているのだが……。
しかし、このときの自分は、完全に打ちひしがれた気持ちだった。

2020/07/03 21:00<自宅>

この日は「ますきゃっとの自分を楽しむ」ことを目標にしていて、ある人物に声をかけていた。
VRの世界で思い出を残したいときにどうするか?
何の因果だろうか、その答えの一つにこの実験を始める前に出会ってた。VRChatの世界で生まれたご縁は、本当に面白い。

……さぁ、今から、今だからできることをしよう。

2020/07/03 23:00<実験再開>

待ち合わせ場所に、少年アバターの人物が現れた。
VRChatの世界でカメラマンをしている松葉シノさんである。
もしこの人に会えたなら、是非自己紹介を聞いてみて欲しい。
何度聞いても見事な口上だが、見どころはそこだけではない。
彼は、VRChatの世界で写真を撮影し、チェキに現像して送ってくれるサービスをしている。
実際に手に取ることができるリアルの「写真」は、スクリーンショットとは違う味わい深さがあり、仮想と現実の橋渡しになると考えて、1週間限定の自分を記録するためにお声掛けした。

実験中は記録用に自撮りをしようと最初は考えていた。
しかし、初日や2日目は全くもって自撮りどころではなかった。
3、4日目は自分の姿を積極的に撮ることに強い抵抗感があった。
5 日目の昨日になって、急に何かしないといけないと意識し始めた。

いざ、カメラを向けられると緊張した。
これまで練習した可愛いムーブの型を鏡を見ずに実践する。
シャッター音の後に、松葉シノさんからTwitterのDMに撮ったばかりの写真が送られてきた。

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「……これが、自分?」

ここで読者の皆様に、もう一度リアルの自分を見て頂こう。

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いやいやいや……。

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現像されたものの写真がDMで更に送られてきた。
……実験における有意義な記録として、これは手元に置いておく必要があるなと強く感じた。

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シャッターを切られる度に、徐々に心を開いてきたようなところがあった。
送られてくる写真が、どれも可愛らしいますきゃっとの写真だからだ。

写っているのが自分自身という認識が生えてきたことで、羞恥心に訴えかけるものが強くなっているが、鏡で見る自分自身とは違った客観的な視点の自分が、綺麗な写真で見られるとなると、今までにない感動がある。
なるほど、ハマる人が居る訳だ……。

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ひまわりの咲くワールドは、今回の撮影巡りでどうしても行きたい場所だった。
のらきゃっと義体(アンドロイドにおいては本体だが)は「彼女」の活動の中で何度か更新されており、それぞれに愛称がついている。
2020年現在の義体の愛称が「ひまわり」であり、量産型のらきゃっともまたそれと同型である。
彼女のこれまでの変遷に想いを馳せる一方で、ますきゃっととしての自分が小さく芽生えて初めている気がした。

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このワールドも「彼女」との思い出がある。

猛暑の夏コミに参加し、抱き枕カバーを買うために列に並んだときのこと。
販売ブースのディスプレイに、この動画が流れていた。
リアルでもこのタイプの車両を利用していたことがあったので、仮想と現実の感覚が溶け合うような不思議な感覚が、暑さで朦朧とした自分の脳内に広がったことをよく覚えている。

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無理やり口に突っ込んで、美味しいでしょうと自信たっぷりに言われたのが懐かしい。

「黄昏れ特急-Big Sunset Express-」という本物の列車のように座席も回転するし、美味しそうな駅弁もある、情緒あるワールド。
このワールドの作者であるドナモさんには、自分のリアルアバターの手直し作業等でとてもお世話になっている。
VRChatを通して爆発的に広がったご縁を振り返るひと時、人生という旅路というには少々大袈裟だが、そんな気持ちにさせてくれた。


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リアルアバターになるという目標を持つキッカケを作ってくれたメディアアーティストの坪倉輝明氏の手がけるこれまたリアルなワールド「坪倉家-夜|Tsubokura's Home-Night by kohack_v」にも、脚を運んだ。
ここでもまた、巡り巡った繋がりを感じていた。

普段から鏡は見ない自分だが、このときばかりは違った。
動作や姿勢が定着したますきゃっと義体の自分という変化を受け入れざるを得なかった。

ますきゃっと同士で撮る写真は、とても楽しかった。
VRChatで鏡を見ながら写真を撮る美少女アバターユーザーは珍しくないが、自分のスタイルではなかった。
ある意味この世界の定番というものをやってみて、その楽しさはよく理解できた。そして、可愛いに溢れたひと時は、あっという間に過ぎていくことも知った。

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気付けば日をとっくに跨いで実験最終日を迎えていた。
体感時間の加速具合から、いかに自分が楽しんでいたのか理解せざるを得ない。だが、早く元の体に戻りたいという気持ちも変わらずあった。

周りを見れば、この実験を見届けるために遅くまで付き合ってくれた友人達に自分は囲まれていた。
一匹狼気取りも台無しだと、皮肉をいつもの自分なら言うのだが……
この日ばかりは素直に感謝の意を伝えた。
この体が、そうすべきだと言っていた気がした。

2020/07/04 03:30<ログアウト>

汗ばんだゴーグルを外し、シャワーを浴びる。
曇った鏡に湯を流すと、自分の顔が写った。
人を突き放すような、冷えた目をしている。これが自分だ。
商人の家系である故に、そのことで親類にはいつも嫌われた。
人前でニコニコしていると、それを強いられた幼少期のことばかり思い出してしまう。表情筋を駆使して作った変顔じみた笑顔で他人と自分を誤魔化す日々に10歳に満たない頃から疲れていた。

可愛いと、愛される。
単純明快な事実を身をもって理解する。
別に万人に愛されたいと思ったことはないが、ますきゃっと義体によって得た無敵の可愛さが輝くほどに、自分の影が濃くなった気がした。

結局、自分はますきゃっと義体となっても「自分である」と証明できるものがあの世界に残っているのか?
自分にとっての可愛いムーブとは何なのか?
もう実験が終わるというのに最後はどこで過ごそうか何も考えてない!

…ずっと、早く元の姿に戻りたいと思っていた。
でも、本当にこのままでいいんだろうか?
よく分からないまま終わってしまうことだけは避けたい。

もっと、踏み込まないと、得られない。
もっと、ますきゃっと義体と溶け合わないと、掴めない。

そんなことを考えている内に意識がおぼろげになり、昼まで起きることは無かった。

次回、実験 7 日目 1/3「やっと見つけた可愛い自分」

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