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38歳、1歳児のママ。その肩書きだけの専業主婦では幸せになれないのだろうか

35歳。4年半海外で過ごしてから旅行ガイドブックの編集・ライターとしての仕事を得て帰国した私は、3年後には起業し、日本と様々な国々を行き来しながら、さらに自由に羽ばたいて仕事をしたいと意気込んでいた。しかし、やりたいことリストをノートに書き連ねながら、ふと頭をよぎったのは「出産」のリミット。

こんな生活を続けていたらいつ産めるのだろう。3年かけて起業の基盤を作り、それから3年かけて軌道に乗せようと思ったらもう41歳。タイミング良く産めるかどうかなんてわからない。子どものいる人生がいいのか、いなくてもいいのか。それからさらに40年ほど生きるとして、子どもがいないことを後悔しはしないだろうか。自問自答を重ね、様々な本や雑誌を読み、友人や人生の諸先輩方の意見を聞いて出した結論は婚活・妊活をし、一刻も早く産むことだった。

まずはこれからの人生の基盤となる家族を持つところから始めよう。今、自分のキャリアを優先させるのではなく、人生を豊かにするプライオリティを考えよう、そう決めた。

決死の覚悟で臨んだ婚活・妊活は多少のドラマはあったものの、周囲に驚かれるスピードでうまくいった。

37歳目前で出産。

仕事は、妊活を出産を重視した時点で思い切って旅行ガイドブックの編集の仕事は諦め、派遣に登録して出張もなく、残業も少ない、ついでに言うとストレスも少ない職を選んだ。

そして妊娠8か月で派遣を更新せず、産後7か月でフリーランスの編集・ライターとして復帰し、半年後には初の料理本を出版できた。

こういうと全てが順調なようだが、絶えず迷いと戦いがある。

一般的には、正社員で働き続け、辞めずに育休を取って保育園に預け、すぐ復帰することが理想的とされる。

私は、夫の仕事が忙しく、実家も遠いため、いざという時に頼れるオプションがないこと、高齢出産でリスクがあり、さらにできれば複数子どもが欲しいので続けて出産したいなどの理由で、フルタイムでどこかに勤務することは考えられなかった。また、子どもを持つことにプライオリティを置いたのだから、子どもと接する時間が1日に数時間しかない、という状況も避けたかった。

出産前後の9か月間は働かない生活をしてみた。手芸をしたり、ヨガをしたり散歩をしたり。やりたいことはいくらでもあったが、そのあたりが限界だった。子どもがおとなしく、私もまだまだ体力があったせいか、余力があるにもかかわらず、年齢もあって自分がどんどん衰えていく恐怖が勝った。

このまま幼稚園まであと約4年。子どもと二人きりで遊んで暮らすことを純粋に楽しんでいく自信がなかった。

公園を4つも5つもハシゴしたり、1歳を過ぎてすぐに習い事を始めてしまう自分の過剰さが、我が子にプラスに働く気もしなかった。

そして、在宅でできることを模索。運良く出産前に企画提案していた仕事が動き、加えて自宅でアルバム作りのワークショップを開いたり、研修を受けて託児や子連れ勤務もしてみた。しかしどれもお手軽にできる分、入ってくる金額も少なく、準備に時間がかかる割に実働時間も短い。

また、昼間子どもの相手をしながらのデスクワークは限界があり、夜中仕事を続けて体を壊した。託児を頼めば料金が高額。安いところは予約が殺到し、1か月前予約が当たり前でまた利用回数にも制限がある。収入よりも必要経費が上回る。しかも、経費上託児代は必要経費にはあたらない。

それでもなぜ、そんなにもがいて働くのかといえば、自分の価値が下がっていくこと、感覚が世間とかけ離れていくことの恐怖だろうか。

どんどん稼げる金額が下がり、この先に待ち受けているのは、最低賃金で働く自分の姿。

稼ぎのよい夫がいて、やりたいこともやれ、健康で可愛い子どももいて、何不自由ない生活には感謝している。四六時中子どもから目が離せないのはほんの数年であることも知っている。欲張りであることも自覚している。メディアで輝くキラキラママや、SNSやブログで目に付く美しく成功しているママ達のようになりたいのかどうかはよくわからない。

しかし、せめて収入がなくても社会的に意義があることをするか、最低賃金よりは自分の経験とキャリアを活かし、託児料金よりは100円でも高い収入を得たい。そうして今日も、もがきつつ、自分の落ち着ける答えと居場所を探して前を向く。

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