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Not Secured, Loose Endsと呼ぶのは

Not Secured, Loose Ends
と呼ぶのは少し気恥ずかしいし、今こうして書いていることさえも気恥ずかしい。
いや、つれづれ当時から海外向けやグッズなどでも表記されていたれっきとしたグループ名に違いないのだが。
やっぱり僕の中では"ゆくえしれずつれづれ"がしっくりくる。

もう3年近くも前になるんだな。
忘れもしないつれづれのラストライブの2021年1月2日から。
あれ以来僕はつれづれの曲を全く聴けずにいた。
プレイリストでランダムに出てきてしまったらスキップボタンを即押してしまうような。
決して嫌いになったわけではない。
変な感情が押し寄せてしまって日常生活に支障をきたしたくなかったから。
っていう程の日常を過ごせているだろうか自分。
自分が愛したものよりも大切なものなどあるだろうか、支障なんてきたしてしまえ!
そんな感情も渦巻いてる時点で支障はきたしているのだ。
そんな心の傷と表裏一体の、燃やし続けてきた魂。
そいつに嘘をつくようにオブラートで閉じ込めて平和な日常を過ごしてきたのかもしれない。

あれ以来過ごしてきたKAQRIYOTERRORとの日々。
彼女たちは僕の心の傷を癒やすかのように居心地の良い場所だった。
そんなKAQRIYOもまた事実上の解散をしてしまった。
何やら最近、そのKAQRIYOTERRORという名前で"悪ふざけ"が行われた。それについては弊ブログの「緑髪の女の子」の段でも言及してあるので、あえてここでは割愛する。

それと並行するかのように、Not Secured, Loose Endsという名前での再始動を匂わせるティーザーイメージが伝えられる。
(以下:NSLE)
なにかの悪夢かと思った。
KAQRIYOやakugiにとって、こういった"悪ふざけ"は文字通り「悪戯」と捉えても構わない。
戯れるのならとことんまっすぐにね。 
しかし、ゆくえしれずつれづれにとってそういうのは決して許されるものではない。
と思うのも僕個人の見解に過ぎないのだが。

なんて言いつつも、チケット発売時は即予約して一ケタの整理番号をゲットした。
批判をしようにも、この目で確かめなければならないと。
わざわざそんな思いをしてそんな苦行に飛び込んでゆくよりも楽しい現場いくつもあるし、最近夢中になっているTrebleのライブも別の箱でおこなわれるし、絶世のインペリアルコレクションの"おたまボンバー"さんの生誕イベントも同日におこなわれると告げられる。
おたまさんのお誕生日は11月26日で、ちょうど日曜日だし、って思ったら、まさかのNSLEと丸かぶり…

おたまさんの生誕には夜だけでも駆けつけようかな、と。
いや、やっぱりNSLEブッチぎって昼からおたまさんの方へ行こうかな、とも考えた。
埼玉県北部某所にあるおたまさんのご実家(飲食店)で開催されるという実に珍しいイベントもまた魅力的に映ったが渋谷eggmanからはなかなか遠い。

この日もライブには行けないTrebleと、おたまさんはじめ絶ペリのみんなに遅刻するけどごめんねの気持ちも感じつつ。
僕の中のプライオリティはこれでいいのだろうか、と自問するでもなく思考回路はすでにそうなっていた。

11月25日
いよいよライブ当日を迎えてしまった。
この日に向けてつれづれのCD聴き直したりモチベーションを高めてきてた"群青の亡霊"も多かったことだろう。しかし僕は結局当日までつれづれの曲を聴けぬまま当日を迎えてしまった。
いつものように夜明け前に目覚めて朝風呂ゆっくり入って、などといういつものЛавочкинにはなれず、ベッドから起きるのが億劫だった。
押し入れの奥からTシャツやタオルやバンダナなどを取り出そう、と書くと思ったでしょ?
残念ながらTシャツもタオルもバンダナもラバーバンドも部屋のすぐ届くところにあるし、YTのチョーカーは他のライブへ行くときも常に身に着けているのだ。他のグループのアイドルさんから「これ素敵!」って声をかけてもらうこともある。
そこから「僕はゆくえしれずつれづれってのがずっと好きだったんだ…」という会話が膨らんだりもするし、そこに気づいてくれるって時点で好感度は高まる。
そうやって音源として残っているつれづれの音楽に興味を持ってくれるアイドルさんもいて、「人間は死んでも音楽は死なない」という言葉が頭をよぎる。
先日BUCK-TICKの櫻井敦司さんが亡くなったのが未だに実感としてわかない。それはBUCK-TICKの音楽が今でも生きているからでもあって。


しかしそんなふうにしてつれづれの音楽をアイドルさんたちに広めてるはずの僕自身がつれづれの音楽を聴けずにいるということは、すなわちそれを「思い出」にしたくない、あの日のまま時間を止めておきたいという、エンバーミングのような儀式を無意識下で執り行っていたのかもしれない。

さて電車に乗る。
BGMは連日のようにTrebleとBUCK-TICKだった。
早めに現地入りすればきっと群青の誰かと合流して食事でもできるかな、などという発想には至らなかった、というか誰にも会わずに済むのならば、とさえ考えていた。
考えるまでもなく身支度とか時間かかったしバスも乗り遅れたし結局開場の15分くらい前に渋谷eggmanに到着した。

久しぶりだなeggman

箱前やすぐ近くのデイリーヤマザキにも知ってる顔がいくつもいる。僕はサングラスを外さずにそこを擦り抜けていった。
整理番号順に並んでいると後ろから僕の肩を叩いてきた人がいた。振り返るとそれは"つかっちー"だった。つれづれの解散が告げられた下北沢のライブハウスで皆がうなだれていた時「ラボさんこれからどう生きてゆきます?」と声をかけてくれたのもつかっちーだったし、つかっちーとは結局その後KAQRIYOの現場でいつも顔を合わせる仲間になった。
つかっちーに肩を叩かれた時既にもーたさんなど何人かに身バレしてたし、入場して最前列をゲットしたら隣はRobinやちひろさんだったり、フロアを振り返って見ると他にもいくつもの知った顔が。
それは群青だけでなく他グループのメンバーだったり"元ぜん君"だった人たちもいたし、"元RЯ"ことセイちゃん、そして"元个喆"と"元たかりたから"も来ていた。
"その後のゆくえしれずつれづれ"がそれほど注目されていたことに対しては僕は嬉しかったし、まるで自分のことのように誇らしい気持ちにさえなった。
しかし彼女たちに対しては、いつの間にかコドモメンタルを退所していたことへのモヤモヤした気持ちもあったし、个喆が最後に所属していたぜん君は、あくまでも"活動休止"なので、いつか活動再開する時は同じメンバーでと思っていたし、卒業公演も無ければ退所の発表も無かった。
ゆくえしれずつれづれのメンバーとしては、きちんと「解散」をできたのだが。
彼女たちに軽く挨拶もした。ちょっぴり気まずそうにしていたのはお互い様だっただろうか。

今日は大人しく観ているつもりでいた。もう何年の付き合いになるだろう、つれづれの全国ツアーの各地を共に歩いたマーチンの、ほどけた靴ひもを結んでアキレス腱を屈伸させたりして。

フロアのBGMがボリュームを上げ緞帳が上がってゆく。かつて聴き慣れた鐘の音が低くこだまする。
「僕たちは流れ、」
あれっ?歌詞は全編英語で表現するはずじゃ?
さすがに辞世の句は日本語のままか………いや、だったら英語にする意味???
しかし4人が横一列にステージに立つと最前列ほぼドセンは彼女たちの死角になるし遺書も受け取れない。遺書を渡して群青がそれを千切って紙吹雪として舞い散らせる儀式も感染症が広まる以前と変わらなかった。

1曲目から聴き慣れたイントロ。ポストカタストロフで始まった。
イントロと共に沸き起こるフロア。
しかし僕はそういう気にはなれなかった。
ポスト〜はつれづれを好きになるきっかけの曲。沸かない理由は無い。
いや、あるのだ。
心の奥では沸き始めたとしても、これはあくまでもNot Secured, Loose Endsであり、ゆくえしれずつれづれではない。初めて観るグループなのだし、メイユイメイ以外はこれらの楽曲で初めてステージに立つのだから。
まずはお手並み拝見といこうじゃないか。
俺はパブロフの犬じゃねぇんだよ。
お前らヘタに甘やかすんじゃねえよ。
そんな気持ちで静観を気取っていたし、じっくりと目に焼き付けたかったし、つれづれが紡いできた世界観を彼女たちは英詞でどう表現し、どうやってフロアを沸かせてくるのだろうか。

最前列から観てるにもかかわらずメンバーに存在を気づかれていない?ひょっとしてそんな僕の怨念じみた雰囲気にビビってないだろうね?
そんな僕のことを知らぬ初めてのメンバーもいる。
眼の前にいる観客をどう沸かせる?
僕もNSLEを観るのは初めてだし、NSLEとしてステージに立つのはメンバーだって初めてなのだし。

─────
目の前で誰か人影が大きな声を上げて踊っている。
楽器を鳴らす爆音が耳からすり抜けてゆく。
そんな感覚を味わったことも何度もあった。
それをどう巻き返してゆくか、それが「音楽の力」だと僕は思う。
知ってる曲が流れてるから勝手に沸き起こるフロアーなんてものは、言ってみればカラオケ大会みたいなもんだ。

それ以上の「何か」が伝わってこなきゃファンは増えない。特典会が楽しいだとか、そんな付加価値はいいライブがあってこそだと僕は思う。

ポスト〜から始まっての白と黒と嘘はちょっと意外だった。
この曲も脳内で次は小町パートくるぞってのが未だに焼き付いているのだけど、そこにおうひさんが乗ってくるのにさほど違和感を感じなかった。確かにトーンの角が丸いところは通づるところがあるのかもしれない。

そして早くもMISS SINSが流れてきた。
遡ること2年近くも前になるだろうか、感染症の禍下の頃のてふてふでMISS SINSは何度かカバーされたし、それを観たあとの特典会では「いつかこの規制が緩和されたら、おうひさんが見たことない景色を見せるから覚悟しといてね」と約束していた。
しかし禍下の規制が緩和し始めた頃はsophomore sick sacrificeのカバーが定番化するのと 反比例するようにMISS SINSを歌わなくなっていた。
なので感染症対策が緩和された今、「君が君で在るのなら」を僕はどう過ごせばよいのか、そのアンサーはやはりこれしかなかった。
おうひさんめがけてリフト上げてもらおう。
しかし最前で観ていたいしタイミングが難しい。
そう思いながらフロアー後方ではバチボコのモッシュなど展開されている。が、僕はそれでも最前でメンバーを半ば睨みつけるように観ていた。
僕を沸かせてみろ!
と言わんばかりの圧を込めて。
しかし無慈悲にも曲は流れてゆきブリッジまで突入してゆく。
するとステージ中央で「上・左・右・下」とダイヤを描くようなフォーメーションに切り替わる。
その「下」にメイちゃんが来た時、僕のちょうど真正面になった。
その振り付けの最初ではメイちゃんはお顔をうつ向かせているのだが、メイちゃんがお顔を上げた時、僕としっかり目が合った。
僕はその視線を反らすことなく黙ってメイちゃんのこと見ていた。
もっとすごいもの見せられるはずだろ!って。
メイちゃんもまた僕から視線を反らそうとはしなかった。
するとメイちゃんの目がうるうるして今にも泣き出しそうな感情を、口元でそれをぐっとこらえているのを確かに僕は見た。
その瞬間だけで、今日僕がここへ来た価値は充分にあったと思う。

そこからやや後方に下がり、近くにいた群青の肩を叩いて上げてくれと合図した。
あいにく膝下がうまく上がらなかったが僕は落ちそうな膝を最前柵に乗せてなんとか体勢を維持した。
やはりもっと屈強な群青とあらかじめ打ち合わせしとけばよかったかな、
いや今日は大人しく観ているって言ったのは自分だろ!

そしてMC。
「はーい、紳士淑女の皆様ご機嫌麗しう〜」
と始まるのがそれまでのつれづれだったが、ここも英語でスピーチしていた。
海外公演の構想はどこまで具体的で真実味があるのだろうかとは、懐疑的でもあるが。

続いて行方不知ズ徒然Odd eyeWays to Dieと新しめの曲が続く。言うても「行方〜」はしだれも艶奴もいた頃からの曲なので決して新しくもないのだが。
行方〜のラスサビ直前の「泣いていたのならそっと」とつぶやくところやOdd eyeの小町パートも、やはりおうひさんが受け継いでいて、その声質も悪くないなと思った。
今回まったくの新メンバーだった秘我未也ゆちおみは、かつての"たかりたから成分"を割と引き継いでいる印象だった。
そういった意味では、初めて生でTOKYOてふてふを観て「楪おうひ良いかもしんない」ってあの頃感じたのも今にして思えば必然だったのかもしれない。
howling horrowというスローな曲でフロアーは一旦クールダウンをする。
というかお前ら少しは頭を冷やせよ。

そして全く初めて聴くイントロが始まる。
コドメンは旧来の曲の大胆なリアレンジというものはほとんどしないし、新曲かな?って思ったけど、どうやらPay money To my Painの「Butterfly soars」のカバーらしい。 

僕の持論ではButterlyすなわち蝶は、MISS SINSのモチーフであり、TOKYOてふてふ(蝶々)がMISS SINSをカバーしたことに僕はドラマ性を感じた。
楪おうひの楪(ゆずりは)も、「ゆずりは」という音感だけでなく「蝶」にも似た字面感で名付けたのかなとも思っているし、てふてふの3rdアルバムのタイトルが「Butterfly Dogma」で、つれづれのラストアルバムが「paradox soar」で、つれづれの解散と交差するようにデビューしたてふてふの初期の代表曲は「innocence soar」であり、「soar」という聞き慣れない言葉が続いている。
これを単なる偶然やボキャ貧であると片付けてしまうのはあまりにも無理がある。つれづれの物語の連続性をてふてふに託していたであろうことを僕は当時から感じていた。

そこへきて今回の「Butterfly soars」。
他人様のカバーをすることなど滅多にない彼女らのそれは、そういった物語の連続性として「舞い上がる」「昇華する」てふてふ流に言えば「翔び堕ちル」と表現するのが適切かもしれない。
そういった意図というか粋さをこのカバーに感じた。

フロアーが静寂に包まれる中、カッティングギターでじりじりと始まったのは「Ideology」だった。
ライブでも度々披露されてたポスト〜やMISS SINSよりも懐かしさが込み上げてきた。
それだけに聞き慣れぬ英詞が聴こえてきても脳内で変換されるのは旧来の和詞だった。

ここのポエトリーは"そらで"暗誦できる程に身に付いてた。

やはりこの辺りの曲になるとその世界観を英詞で表現するのには無理があると思う。
GESSHI類氏が書いた詞をsyvaさんがネイティブさながらの英語力をもってしてでも、それを音に乗せることは非常に困難だったことだろう。
それならばいっそのこと旋律と歌詞の意匠だけを残して、英詞の響きに合わせてアレンジも再構築したほうが良かったのではないだろうか。
それはとても労力を必要とする作業だが、英詞に変えるという労力に片足を突っ込んだ以上はそこまで突き詰めていってほしいと僕は思った。
群青たちに懐かしさを喚起させようという意図からは大いにベクトルが遠ざかるけれど。

新しいものも見せたい、しかし同窓会のような場でもありたい、そういったせめぎあいの中で生まれたちぐはぐさを僕は感じたりもした。
しかし同窓会というものは何年ぶりかに再会するのが良いのであって、その中で盛り上がってグループLINEなんか繋げて「じゃあこれから毎月会って飲もうぜ」ってなったとしても「今回は仕事が〜」などと雲散霧消するのが関の山だ。
同窓会という枠を超えた新たな道標がなければ、それを続けていくことは困難だ。
ましてや他のグループも兼任しながらだと、ますます覚束ないものになってしまうし、一部メンバーが他の兼任で忙しく過ごしている間、NSLEだけを活動の拠点としている者が途方に暮れる場面も生じてしまう。
僕は彼らがこのNSLEを、ひとつのグループとしてメンバーが一丸となって全身全霊をそこに打ち込むものであるかという問いに対しては、至極懐疑的である。
かつてのゆくえしれずつれづれには、つれづれに全身全霊を打ち込んで、そこに骨を埋める覚悟を見出していたからこそ、僕もそこに全身全霊を打ち込んでいたのであって。

https://twitter.com/cm_nkmr_/status/1094923899366662144?t=DHJRCk4piXAFKOTbRUqlng&s=19

ライブごとに遺書をしたためてステージから最前列の群青に手渡す儀式は、それを象徴するものだったと僕は思う。

そもそも今回のNSLEは、海外での活動を視野に入れての発起なのだし、たとえいくら僕が全身全霊を打ち込んだとしても、油田を掘り当てたり銀行強盗でもしない限り、それは至極困難なものであるし、一方でもしも僕がエリートサラリーマンを志すような優等生(笑)に教育されていたとしたら、僕はこんな音楽を好きになっていなかっただろう。

孤独の海に一人 佇む君見つける旅
今の僕の非力な罪 泣く…

遡ること6年前──
つれづれがカナダ公演へ旅立って行った頃の僕は、夜の野比海岸まで走りながら太平洋のその先の水平線を眺め、今頃カナダはお昼なのかなと物思いに耽っていたのを思い出す。

Ideology

そして最後のサビ、彼女たちは覚えたての英詞で歌っているのだが、僕の脳内では旧来の和詞が鳴り響いている。
最前列の目の前で歌っているメイちゃんに向けて「求め続けるの 君を」
と僕が手を差し伸べていたら、まさかのメイちゃんがその手を握り締めてくれた。
あっ、いや、そういうつもりじゃなかったんだ…

でもあの時、紛れもなく僕はメイちゃんのことを求めていたし、正確な歌詞など聴き取れなかったが、メイちゃんだって確かにその意味で歌っていたはずだから。
すなわち、言語の壁はあったとしても音楽を通じて心を通わせ合えるということは、こういうことなのだと。
厳密に言ってしまえばメイちゃんにも僕にも、元詞をお互い知っているという前提条件の上で成立していたことだったの上で。

しかし思えば、それまでの僕はideologyのこのパートに差し掛かるとほとんど小町のことしか考えていなかったし、そんな僕にとってメイちゃんとの関係性も奇妙なものだった。

メイユイメイが加入して初めてのステージは、BY THE AVANTGARDE TOURの2018年2月3日の大阪公演だった。僕はその翌日の2月4日の福岡でメイユイメイとはじめましてを交わした。

2018年2月4日福岡Queblickにて


その数日後にメイちゃんが僕のリプライに対しこんなお返事をくれた。

僕がゆくえしれずつれづれを知ったのは、しだれ・小町・子子子・艶奴の4人だったので、子子子がやめてからはしばらく3人の日々が続いていた。
小町も艶奴も、「このまま3人でもいいかもね」って話してたし僕もまたそういう気持ちだった。
この時点のメンバーに愛着がありすぎて新メンバーを迎えるということに戸惑いも不安もあった。
しかししだれは「つれづれには新しい風が必要ですの!」と主張していた。

なのでメイユイメイという新メンバーに対して「お手並み拝見」という気持ちで観ていた。
加入したばかりのメイちゃんは皆んなについてゆくので精一杯なところもあったが、全員人見知り(今で言うところの"陰キャ")だったつれづれが、メイちゃんによってとても明るくなった。
のちにメイちゃんがソロ曲「Hue」を披露したのだが、

この画像の最後の2行のサビ部分の歌詞を聴くたびに、あの日メイちゃんがくれたお返事を思い出す。

メイちゃんも決して陽キャなタイプではないのだけど持ち前の明るさとユーモアによってつれづれのみんなが笑うことも増えてきた。しだれが主張していた「新しい風」が間違っていなかったということはすぐに確信できた。

今までのつれづれにいなかった個性だし、そんなアホなメイちゃんが僕のことを公然と「こまちバカ」呼ばわりしたのもいい思い出。
小町と僕との心がお互いすれ違っていた頃もメイちゃんは間に入って取り持ってくれたし、とある日の小町とメイちゃんとの3ショットチェキでの会話の中で小町から「メイに推し変しちゃえばいいじゃん」と言われたこともあった。
僕が絶句していると、すかさずメイちゃんは「やだ!やだ!メイは"小町のことを好きなラボ"が好きなんだから!」と返してきた。

渋谷GARRETにて

あれから色々あったけれど、それでも僕はつれづれ最期の日まで「こまちバカ」を貫き通した。それがあの時のメイちゃんの言葉に対する誠意だと思っていたし。

つれづれが終わって四十九日を迎える間もなく、ぜんぶ君のせいだ。のメイユイメイが誕生したことに対して僕は当初否定的だったし、メイと个喆の加入で描き下ろしてもらった新曲「堕堕」や「Heavenly Heaven」などでシャウトやスクリームがFeatureされていることに僕は嫌悪感さえ抱いていた。
しかしそれから僕が次第にぜん君のメイと个喆を受け入れるようになった経緯は、弊ブログの「"絵空事現"20220403 @Tokyo Dome City Hall」の記事にて言及してある。

きっとそれまでの患いさん(ぜん君のファンの呼称)たちもまた、メイユイメイや个喆を新メンバーとして受け入れるまでに時間を要した者もいたことだろう。
それまでのグループに愛着を持つということはすなわちこういうことなんだ。
アイドルグループたるもの、メンバーチェンジを当たり前のこととして安直に思いがちな風潮もあるけれど、僕はあくまでも、このメンバーで最期までやってゆくという覚悟と絆が必要だと思っている。
誰とでも取り替えが利くものなんかではなく、この4人でしか作れないもの、それを大切にしてほしい。

いささか話は脱線したが、Ideologyの世界の中でずっと小町のことを求め続けていた僕だったがこの日のIdeologyであらためて感じたことは、僕にとってメイちゃんは今までもずっととても大切な存在だったということ。

IdeologyからのPhantom Kissでも当時の想いが甦ってきた。
Don't stay, Don't speak, Don't let me down.と2人向き合って掛け合う部分だったり、「彼の笑顔を、いつまでも」のあとのWoh oh〜とシンガロングしたり、

「決別の夜に 想い募るだけに 苦しみだけに」
の小町パートで小町が下へ沈んてゆき、
「Pray, save it.I wish you good luck」
と小町の背後のメイちゃんが上体を仰け反らせてシャウトする様もとても美しい。
フロアが暴れ散らかすばかりではなく魅せ場のたくさんある曲で僕は大好きだ。
そしてそのPhantom〜のシンガロングするところでメイちゃんが「拳を掲げろ!」と煽るのがつれづれのライブのPhantom Kissの定番でもあったが、本来ならばNSLEとしては「Raise your fist!!」などの言葉を用意することもできただろう。
しかしメイちゃんのそれは、身体に染み付いたものがそのまま出てきたようで、僕はそこに痺れた。
というか、な〜に英詞気取ってんだよ!とさえ思っていたので、この「拳を掲げろ!」これでいいじゃん!って思った。

これから世界へ羽ばたいてゆく(であろう)NSLEのJAPAN 1st ONEMAN LIVEと題して、今後は滅多にお目にかかれなくなるであろうと、新旧…いや旧旧だな…でも旧石器時代・新石器時代とも言うし…とにかく、新旧の全国各地の群青がこの渋谷eggmanに集まってチケットSOLD OUTしたことは華々しい快挙でもあったと思うし、非常に注目度の高いライブだったことは確かだった。
にも関わらず同日・同場所での今村社長生誕にもNSLEは出演するし、その翌々日の新宿ANTIKNOCKでもNSLE含むコドメンのグループ合同ライブが開催されるというのも急遽告げられるし、案の定出てきた、"平日のANTIKNOCK"という鬼門ワード。
ブッキングのフットワークが軽くて柔軟なのも結構なことだが、傍から見ると「1stワンマンが好評だったから調子に乗ってる」ようにも映るのだ。
そんなことよりも散々だったKAQRIYOTETTORの「#現黄泉恐嚇 」の第二弾はどうするんですかぁ〜?
そういった行き当たりばったりのやり方に不信感を抱いているファンも少なくないし、何人かのアルファベット呼ばわりされていて、いまだ名前も無いメンバーたちをどう責任取って育てていくかも見えてこない。

今回のNSLEだって、「観ずに批判するな!」と言われそうだから観に来たわけで、観てがっかりしたらチェキも撮らずに帰る覚悟で来たのだから。
かつてのつれづれはドネーション(投げ銭)制のライブだって経験してきたのだし、その辺のことは知らないはず無いだろ。

そちら様が命削ってライブをやってるという覚悟を見せるおつもりならば、命削ってライブを観に来ているヤツも中にはいるんだということも知っておいて欲しい。
たかがライブに命削るだなんて──
もしもそんなことを考えるのならば、生きるだの死ぬだのを歌にするな、タイガーファイヤー相手の商売でもしてろ。

逝キ死ニ概論
この曲も大好きな曲。ゆえに日本語で聴きたかったかな。
他に「契りひらり」なども日本語以外は考えられないなぁ。僕の貧相なボキャブラリーでは。

そして本編の最後を飾ったのはWish/
メイ・小町・个喆・たからの4人で作り上げたつれづれの完成形と言ってもいい曲。
更なる高みを僕は夢見ていたが、結果としてあれがあの世界の完成形となった。
Wish/といえば、今日僕はまれ・A・小町の形見をここeggmanに連れてきた。
連れてきたというより身に着けてきたのだが。

誰か気づいていた人いたかな、僕のスタッズベルトに。
そんなWish/で締めくくられた今日のセトリ、僕個人としてはとてもエモかったです。
「我我」も「Loud Asymmetry」も「Doppelgenger」も無かったのは群青的に物足りなかったかもしれないが、まだ始まったばかりのグループでそれを再現して、パブロフの犬どもが沸き起こったとしても、そこに重みや深みは無いと僕は思うし、「凶葬詩壱鳴り」や「九落叫」などを演るにはまだ早いと思う。

NotSecuredLooseEnds
JAPAN 1st ONEMAN LIVE @渋谷eggman

1.ポストカタストロフ
2.白と黒と嘘
3.MISS SINS
(MC)
4.行方不知ズ徒然
5.Odd eye
6.Ways to Die
7.howling horrow
8.Butterfly soars 
(Pay money To my Pain)
9.ideology 
10.Phantom Kiss
11.逝キ死ニ概論
12. wish/ 
※旧題表記


僕は群青としては実に中途半端な位置にいると思う。
初期の名古屋時代を知らない古参たちとは隔世の感はあるし、ExFallenあたりから盛り上がってきたグンマー界隈だったり感染症禍下の配信でじわじわと増えてきた海外勢のようなフレッシュさも無い。

絶えずコドメンに通い続けている従順な人たちが多い中、僕なんかは言ってしまえば異端児のようなものであり、迫害や排斥の対象ですらあると思う。
そんな僕が半ば睨みつけるようにステージを見つめていたのだけど、そんなんにビビっていないで僕を沸かせてみろ。それがこれからアウェーのステージに立つ者として海外へ羽ばたく者としての覚悟を見せてくれ。

メイちゃんなら分かるだろう、あの台湾でのライブの時のことを。
僕ら一部の酔狂な群青どもは共に台中まで遠征をしたけれど、僕ら以外ほとんどつれづれを知らない台湾のロック好きが集まっていた。
ステージでリハを始めた時点ではお客さんがまばらだったけど、曲が始まるにつれて次第に観客が増えていったこと。そしてリリースして間もないssixthで台湾のロック好きたちの間で、僕らに無い盛り上がり方をしはじめて、逆に僕たちがそれにリードされるように盛り上がっていったあの日のことを。 

たとえ言葉が伝わらなくとも、ゆくえしれずつれづれの音楽は言語の壁をも乗り超えてゆけると。

あの時のメイちゃんたちを僕は誇りに思う。

君たちは誉れ
君は、すべて


そんな気持ちであえて辛口なことも書いてきた。
日本の平日の、まだ働いてる人もいる隙間を縫うようにinstaxフィルム消費するような商売でいいのならば僕のことなんか無視してしまえばいい。

ゆくえしれずつれづれの虎の威を借る狐よ
飛び立つのならば僕を倒してからだ。

と、まぁ、しょっぱいライブやるくらいならチェキ撮らずに帰る覚悟で今回臨んだわけだけど、やっぱりおうひさんとメイちゃんには伝えたいことがあったのでチェキを撮ることにした。

列に並んでるとスタッフの高木さんが無言で僕の肩をパンチしてきた。
そこに言葉は無かったけれど、「最近どこいってんだよ!たまにはこっちに来いよ!」って気持ちなのは伝わってきたし、最初ガン飛ばすような顔で僕を睨みつけてきたのにどこか嬉しそうなのも伝わってきた。

まずはおうひさんと撮ることに。
おうひさんは僕の腕を見るなり「これ(セトリ)撮りた〜い」ってはしゃいでいる。
すると高木さんが「今日それはメイと撮るんだろ!」と制する。
「やだやだ撮りたぁ〜い!」
そんな無邪気なおうひさんに絆(ほだ)されるのも満更でもないし、おうひさんの衣装の左腕にも「辞世の句」があしらわれているしいいじゃん。

もちろんメイちゃんとも"セトリチェキ"を撮った。

その時メイちゃんから言われた一言が印象的だった。
「今日らぼは絶対に来ないと思ってた!」

確かに僕は今回のNSLEに関するメイちゃんのツイートやリツイートに対しリプも送らずにいたし「いいね」も押さずにいた。
ぜん君の時みたいに当日来ることをサプライズ的に沈黙していたのではない。
それを実際この目この耳で確かめるまでは気安く「いいね」など送りたくなかったし、それへ向けて頑張っている事自体を応援したい気持ちもあったが、事務所に対しては物申したいこともあったし。
文句があるなら来なくていい!
そう突っぱねられてもおかしくないだろうし、僕みたいなのに応援されても厄介なだけだろう。
とは、近ごろの彼らの動向を眺めていて顕著に感じていたし。

そんな状況にもまれながらもメイちゃんたちはメイちゃんたちらしさを失わずに居てくれたことがライブから伝わってきて僕は嬉しかったし、これからも「君が君で在るのなら」でいて欲しい。

────
かつて小町からこんな言葉をもらったことがある。
それはVAJRAツアーの香川公演でのことだった。
こんなふうにして僕は横須賀から応援してるよ〜と疑われてもおかしくないようなリプを送っていた。 

しかしそれは香川へ向かう高速道路のサービスエリアから送信したものだった。
思い返せば僕が初めてつれづれのワンマンライブを体験したMISS SINSツアー@仙台Enn3rdも、「つれづれ初東北」という触れ込みに、秋田出身の血が騒いだからというのもあった。なので僕は「つれづれ初四国」にも参戦しようとは決心していたのだ。その後も香川までの道中で小町に対し「匂わせ」なリプライを送ったりしたその日の香川の高松公演あの日小町から言われた言葉、

「今日来ないと思ってた…」

てっきり僕は「今日来ると思わなかった」と言われると身構えていたので、小町のその聞き慣れぬ言い回しに逆に僕が驚いた。
しかしそれは単に言葉を逆位相に反転させて表現したのではない。そこに含まれるニュアンスが大きく異なってくるのだと思う。
「来ると思わなかった」とは相手のことを何も思い浮かべずとも成立するニュアンスだが、「来ないと思ってた」とは相手のことを思い浮かべていたからこそのニュアンスであると。

20180715@香川高松DIVE

その終演後、山口県からきた群青仲間と食事して、一人宿へ戻る途中に小町のその言葉を反芻してたら、その意味にハッとさせられ、さっき会ったばかりなのに小町に会いたくて愛おしくなった。
のちに「あの時の言葉とても嬉しかったよ、これからもそういう繊細な言葉遣いを大切にしてね」とお手紙を書いて渡したっけなー。

まぁ、小町に対してはさんざんリプ送って存在感を誇示していたから、そりゃあ小町だって「来ないのかな」くらいは思うだろう。だけどそんな一言一言がいちいち嬉しかったなぁ。
───

なので昨日のNSLEでのメイちゃんからの
「今日らぼは絶対に来ないと思ってた!」
には、あの頃の小町を思い出したと共に、これまでリプライもいいねも送ってこなかった僕のこともメイちゃん思い浮かべていてくれたことが僕はとても嬉しかったし、たとえいくら僕が事務所のやり方に不信感が募ったりしても、つれづれの音楽を聴けぬ日々を過ごし続けてきたとしても、けっしてつれづれのこと嫌いになったわけじゃないし、そんなメイちゃんだってぜん君@武道館のあとは公式の事務的なリツイートばかりだったじゃないかぁ。
そんな時でも僕はずっとメイちゃんのこと考えていたし、メイちゃんの声らしき声を聞きたかったし、今までもずっとありがとうね!の気持ちで胸がいっぱいになった。

ずっ友だよ、マブダチよ

周りの群青からは、「このあと今村社長の生誕行くんですか?」と尋ねられたが、言うまでもなく僕はコドメン信者なんかではないし、このあと行くのは絶世のインペリアルコレクションのおたまボンバーさんの生誕に決まってるだろ!
代々木公園のトイレで着替えて、原宿駅からJRに乗って埼玉県北部の辺境を目指した。
JRに揺られながらスマホのプレイリストで今日のセトリの曲名の綴りを確認していると、ついhowling horrowの再生ボタンを押してしまった。
「しまった~!」
と一瞬思ったが、耳元で奏でられるその音楽はどこか懐かしさも感じられつつ、それに続くDear Sorrowも、当時は小町の声の切なさが深く僕の感情を抉るようでもあったが、今聴くとその痛みさえも愛おしいし、mementoはたしかに君を愛し続けたことが色鮮やかに蘇ってくるし小町の歌声もとても優しく慈しみ深く響いてくるし、Grotesque promise and I really hate meは当時から大好きな曲だったし、今も咆哮し続けるメイちゃんの姿とStill Roaringのタイトルを重ね合わせたら、嗚呼なんて僕は素晴らしい音楽に出会えたのだろうと、今さらながらにあらためて実感したし、つれづれのことを「思い出」として「soar(昇華)」させることがようやくできたと思う。
あの頃の僕といえば怨念にも似た執着心から、純粋に音楽を楽しめていなかったのかもしれない。
しかしあの頃の、満身創痍に打ちひしがれていた小町たちも彼女たちなりに全力でまっすぐに音楽に向き合っていたんだな、
そう思えたら、僕が愛したゆくえしれずつれづれを、まれ・A・小町を誇りに思いたい。
何度も繰り返すが。

まれ・A・小町のいないつれづれなんて、つれづれじゃない!

に対するアンサーは、Not Secured, Loose EndsはあくまでもNot Secured, Loose Endsである。
と押し通してしまえば理屈は通る。
たとえその英語が拙いものであり、海外進出を掲げながら平日のANTIKNOCKの空き枠を埋めるようなことをしようとも、僕の思い出は色褪せたり汚れたりもしない。

僕が愛したゆくえしれずつれづれ
僕が愛したまれ・A・小町
いつまでも僕の中で生き続ける。

それに気づかせてくれたメイちゃん、
いつまでもメイちゃんらしくその歌声を響かせていて欲しいし、この先たとえ会えない日々が続いたとしても、いつまでも君のこと想い続けているよ。

メイちゃんいつまでも大好きだよ。


2023.11.26
Лавочкин(らぼーちきん)

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