数合わせ

俺はどうやら世間的にいうところのいい人間らしい。
確かに、我ながら周りを大切している方だと思うし、助力を惜しまない。

二週間前、母が倒れた。
「すまんが足がなくてな、車を出してくれないか。」
珍しく慌てた様子の父にそう頼まれ、俺は急いで病院へと車を走らせた。
「ごめんね、ありがとう。」
申し訳なさそうな顔でそう言う母に俺は言った。
「いいさ、気にしないで。」
その日の晩、車を出そうとしてアクセルを踏んだ。だが踏み込んだ足に力が入らない。不思議に思い見ると、膝から下がまるですっぱり切り取ったかのようになくなっていた。
驚きのあまり、目が覚めた。
「あぁ、夢か。」俺はそう思った。

一週間前、バイト先でのこと。
花の金曜日。1週間の鬱憤を溜め込んだサラリーマンたちのどんちゃん騒ぎで、居酒屋はどこも忙しい。ようやくもらえた休憩時間、バックヤードへ戻ると店長に声をかけられた。
「ごめん!1人が急に病欠になっちゃって…どうしても手が足りないの。申し訳ないんだけど、少し残ってもらえないかしら。」
「いいっすよ」俺はそう答えフロアへと戻る。
酔っぱらいの騒ぐ声が響く店の中、俺はホールを右へ左へとかけまわっている。
「これ全部3番テーブルに!」
そう言われグラスを掴もうとした。しかし腕がなかった。
「早くしろよ!」そう怒鳴る客の声が聞こえ、はっとした。ふと気づくとベッドの上だった。
最近妙にこんなことが多い。

3日前、妹が言った。
「お兄ちゃんお願い!私どうしてもこのコンサートのチケット取りたいの!お兄ちゃんの名前貸して!」
特に断る理由もないから「いいよ。」と答えた。すると妹は嬉しそうな顔で
「お兄ちゃんありがとう!お兄ちゃんって本当にいいお兄ちゃんね!」
と言った。全くこういう時だけ調子のいいやつだ。でもどこか憎めないなぁと思いつつ、俺は携帯サイトを開く。
あれ、俺の名前ってなんだっけ。

昨日、所属するサークルでのこと。
「なぁ、頼むよ。お前も少し顔貸してくれよー!!な!」
俺の前で両手を合わせ、友人がそういう。
どうやら合コンで、男が一人足りていないらしい。
「仕方ねぇなー、わかったよ。」
「ありがとう、お前やっぱいいやつだわ。」
友人は俺の肩をポンと叩くと、「よし、行こうぜ」、そういって駅までの道を歩き始めた。
7時。照明がいいムードを醸し出す中、合コンが始まる。
パチン、紐が切れたような音がして目の前が暗くなった。
「停電だろうか。」
友人に声をかけようとしたが何かがおかしい。声が出ない。そういえばさっきまであたりにむせ返っていたビールの臭いもしない。
嫌な動悸が体全体に広がる。
どうしようどうしようどうしよう…
頬を掻こうとして気がついた。

あぁ俺、顔も「貸して」しまったんだ…

風がさぁっと部屋に入ってきた。
どこからか小鳥の声がする。
朝が来たのか…目を開こうとした。
あぁ。そういえば昨日、目をなくしたんだった。
運ばれてきた食事に手をつけてみた。でも匂いがわからないから味がしない。
なんとなく気分を変えたくて、体勢を変えようとした。
しかし腕も足もなくした俺はその場でのたうつばかり。何も出来ない。
「体勢を変えるんですね」
確認をとった看護師が、俺の体を向きを変えてくれる。そして彼女はこう言った。
「ちょっと耳を貸してくれませんか」

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