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ホルバインの ‘まなざし’ と宗教改革

日めくりルーヴル 2021年11月21日(日)
『執筆中のエラスムス』(1523年)
ハンス・ホルバイン(1497/98-1543年)

突然西洋絵画を鑑賞するようになった4年前、その早い段階でホルバインの名前を知ることになりました。
最初の出会いは、“不思議な絵画” といったたぐいの本に掲載されていたこちら。
左)『大使たち』(1533年頃)(ロンドン・ナショナル・ギャラリー)

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中央の棚に飾られた、知性・業績を象徴する品々を囲んで堂々とこちらを見つめる大使がふたり。
その足元(画面下部の中央)にある不思議な物体を右手から見ると、ほら。死の象徴 髑髏どくろが見えるでしょう?(画像:右)
本当だ!面白い。500年近く前からこんな “だまし絵” 的な絵画があったのね〜っ。
『大使たち』の画家は「ホルバイン」…とインプットしました。
その後、大塚国際美術館でこの作品と擬似対面。
カンヴァスの右側にから髑髏どくろを確認したのはもちろんですが、207 × 209.5cmという等身大の大使たちの迫力にたじろいだのを覚えています。

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次の出会いは、私が大好きな映画予告編『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』で読み上げられた「ホルバイン」の名前。以前もティツィアーノの投稿で、この予告編に触れたことがあります。

「ベラスケス、ピサロ、ルーベンス、ピカソ」、
ホルバイン」、
「スタッブス、ベリーニ、レオナルド、ティツィアーノ、ターナー、レンブラント、カラヴァッジョ、ミケランジェロ、プッサン、フェルメール」、
「レオナルド・ダ・ヴィンチ」
レオナルド・ダ・ヴィンチが2回コールされているところ、そして年代や国籍がバラバラにコールされるのには、きっと意味があるのね。ふむふむ。

イギリスにとって重要な画家であり、ナショナル・ギャラリー、ロンドンが素晴らしい作品を所蔵しているであろう15人の巨匠たち。そんな一人に含まれるホルバインって、イギリス人なのかしら?きっと重要な芸術家なんだね。そういえば『大使たち』もこの美術館に所蔵されているのでした。

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その次にホルバインの名前を確認したのは、ヘンリー8世の肖像画。

堂々たる人物表現を豪華な衣装や持ち物の精緻な描写とを特徴とするホルバインの作品(『ヘンリー8世の肖像』)は、イタリアと北方の伝統を総合・16世紀の国際的宮廷肖像画様式を代表している(高階秀爾先生)

左)『ヘンリー8世の肖像』(1536-37年)ティッセン=ボルネミッサ・コレクション
右)参考。こちらは失われたホルバインの作品の忠実なコピーだとか。

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英国絶対主義国家の確立に寄与したヘンリー8世。6フィート(約182cm)以上の身長と広い肩幅を備え、スポーツに秀でていた王は、多くの側近や奥様も処刑するなどその性格は残忍だったようです。

私の頭の中にある図書館(覚えたことを収める 脳内にある記憶蓄積庫)。
“ヘンリー8世” の引き出しにはホルバインの描いたこの肖像画(左)を貼っています。強そう…怖そう…威張ってそう(笑)。
服飾品は豪華で細密。金糸、鎖、ボタンなどは本物の金で描かれているそうですよ。平面的に描かれていると思いきや、じっとお顔を拝見していると今にもお叱りを受けそうなほどリアル。何だか…すごいです。
ヘンリー8世の宮廷画家となったホルバインは、最も強力で記憶に残る王権のイメージを作り上げていったのですね。

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そして2021年11月。
日めくりカレンダーに「 Hans Holbein 」の名前を見つけたので、手持ちの資料を広げてホルバインの描いた多くの肖像画を見ていました。

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世界史の教科書に載っている肖像画…のようで、よく見ているとそれだけではありません。それぞれのモデルは異なる個性を持ち、様々な感情を抱いている…間違いなくその時代を生きていた人たちなのです。彼らの心の内まで読み取れるような作品は温かく、親しみが持てます。
とても魅力的✨。
ホルバインのことがもっと知りたくなりました!

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【ハルス・ホルバイン】
1497/98年南ドイツに生まれ、画家としてスイス(バーゼル)で活躍後 イギリスに渡り、ヘンリー8世の宮廷画家として多くの肖像画を手がけた画家。
あら、ドイツの方なのですね。
15−16世紀ドイツ・ルネサンスの巨匠といえば、
デューラー、グリューネヴァルト、クラーナハ(父)そしてホルバイン(子)(同名の父親も画家であったため、“子” と併記されるようですが、ここでは省きます)。

そして本日のカレンダー作品がこちら『執筆中のエラスムス』(1523年)

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バーゼル(スイス)に渡ったホルバインは 1516年、人文主義者エラスムス著作の挿絵を任されて以降、彼と友情を結びます。
ホルバインはエラスムスの肖像画を何枚も描き、一方のエラスムスは、自身のイギリスの友 トマス・モア宛にホルバインの推薦状を書くことになるのです。

本日の作品には、聖マルコの福音解説を執筆中の56歳のエラスムスの姿が描かれています。
“人間は真面目な意志によって善行を積み 一歩一歩道徳的に向上しうる” と確信し、その意志を擁護するべきと考えたていたエラスムス。
薄い唇を軽く結び 手元に視線を置く賢者は、当時の宗教紛争を憂慮しながらも、冷静で慈悲深く 幅広いことに思いを巡らせているのでしょう。
とても魅力的です。
エラスムスの内面の偉大さ、そしてホルバインがそんなエラスムスを尊敬していたことが伝わってきます。

写真にも匹敵する緻密な細部描写による彼の作品は時代の生きたドキュメントであり、私たちは彼の目を通してその時代を生き生きと感じ取ることができる(千足伸行先生)

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ハンス・ホルバインがモデルに向ける ‘まなざし’ に惹かれます(乱暴な画像の引用をお許しください)。

そういえば、9月末にヘレン・シャルフベックについて投稿したとき、彼女が尊敬する芸術家としてホルバインの名前を挙げていたことを思い出しました。もちろん画家としての技術もそうですが、彼女はきっとホルバインの ‘まなざし’ に惹かれたに違いありません!

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さてさて。
ここまで名前を挙げた、ヘンリー8世、エラスムス、トマス・モアは、
宗教改革(=16世紀、中世カトリック教会を分裂させ、プロテスタント諸教会を樹立させたキリスト教世界を二分する激しい宗教戦争)に関係した人たちです。
イギリスに新天地を求める、宗教画をやめて肖像画を手がけるようになったホルバインも宗教改革の大きな波に人生を動かされた画家です。

これまで世界史を全く勉強してこなかった私。
「宗教改革と画家たち」に興味を抱き、関連する本や資料を読み漁っていたら、あっという間に二週間以上経っていました!!。
前回の投稿からすっかり季節が進んでいたことに気がつきました(笑)。

この二週間、無謀にも投稿に盛り込もうと思って考えたテーマは…。

◉【エラスムスとルターの親交と論争】
宗教改革のきっかけとされる「95箇条の論題」の著者マルティン・ルターは、エラスムスを尊敬し、その著書に影響を受けたと言います。改革運動に反対することになるエラスムスも、当初はルターの「聖書中心主義」思想に好意的な態度を取っていたそうですよ。深い話になりそう…。

◉【トマス・モア、クロムウェル VS. ヘンリー8世】
ヘンリー8世に熱い信頼を受けて仕えていながら、のちに処刑される二人の人生!

◉【人文主義者と画家たち】
ルターの思想をよく理解していたデューラー。
ルターに共感し、彼の肖像画を多く描いたのがルカス・クラーナハ。
そしてエラスムスを尊敬し、描いたのがホルバイン。面白い!

◉【宗教改革に翻弄された芸術家たち】
「信仰」「聖書」を絶対とする改革派が偶像崇拝を否定し、一部の急進派による偶像破壊(イコノクラスム)がなされた宗教改革。
デューラーは悩み、グリューネヴァルトは制作停止に追い込まれ、クラーナハは絵画によって宗教改革に貢献しました。

そしてホルバインは…。

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“宗教改革の始祖とされるエラスムス(一番左)→
熱心なカトリック信者トマス・モア(左から2番目)→
のちにトマス・モアを処刑に追いやったクロムウェル(右から2番目)や、英国をカトリックからイングランド国教会へと変えたヘンリー8世(右)へと乗りかえた!”
とホルバインのことを冷徹で無節操な人間と評価する資料もありました。
しかし…。

残忍な王として知られるヘンリー8世は、ラテン語、スペイン語、フランス語を理解し自らも執筆、また音楽にも造詣が深く 楽器演奏や作曲もこなしたインテリだったとか。
彼の宮廷は学問と芸術と金襴の陣に代表される華やかな奢侈しゃしの中心となったというのですから、宗教改革の中、芸術家が制作活動をおこなえる=恵まれた環境を提供することが可能な人物だったとも言えるのです。

ホルバインは、制作の場所や機会を求め、激動の時代に自分の居場所を見つけることができた賢明でクール、先見の明がある人だったのだと思います!!

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うわーーっ!。こんなに興味深く面白く深いテーマを、今の私が投稿にすることは無理です。今回は軽〜く触れるに留めておきます。
いつの日か、機会があれば必ずや…。

そして今回、私の頭の中にある図書館の棚に新しい引き出しができました。
エラスムス、トマス・モア、クロムウェル、そしてホルバイン✨。
見出しとして貼り付けるのは、もちろんホルバインの描いた肖像画です。

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以  上


◉映画予告編『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』でティツィアーノに触れた投稿がこちら。

◉頭の中にある図書館。他の引き出しの話はこちらです。


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