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ジョルジュ・ド・ラ・トゥール〜神秘のパズル〜

日めくりルーヴル 2021年2月17日(水)
『ダイヤのエースを持ついかさま師』(1635−1638年)
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(1593−1652年)

あまり下調べをせずに臨んだ初めてのルーヴル美術館(2019年9月)。
興奮しすぎて先を急いだため、任天堂DSの館内案内も借りず、地図もろくに見ず行き当たりバッタリの鑑賞となりました。
一緒に来ていた姉が「『いかさま師』だけは絶対に見たい!」と言うので、ヘトヘトになりながら探し回りました。彼女はどうしてあんなにもこの絵が見たかったのでしょうか?そういえば理由をまだ聞いていませんでした。

私がこの絵画の存在を知ったのは、テレビドラマ。小泉孝太郎氏が主演していたサスペンス?だったような…と調べていたらヒットしました。原作:宮部みゆき氏、主演:小泉孝太郎氏「ペテロの葬列」。放送は2014年と言うのですから、もう7年前なのですね。ドラマに毎回出てくる喫茶店の名前は「睡蓮」で、ドラマには西洋絵画が何度も登場しているようです。
レンブラント『聖ペテロの否認』、スルバラン『聖ペドロ・ノラスコに現れる聖ペテロ』、レンブラント『夜警』、エドヴァルド・ムンク『思春期』。全く興味がなかったといえ…覚えていません、情けない💦
しかしなぜか『いかさま師』だけは記憶の片隅に残っていました。どうしてでしょうか? そういえば当時は、現代アーティストの作品だと思っていました。

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姉が「これこれ、これが見たかったの!」とこの絵の前に立つ その後方から眺めていました。
真っ暗な背景に浮かび上がる何やら怪しい雰囲気。色鮮やかな衣装を身につけた男女の意味ありげな視線、手つきが印象的。いやー、なんだか異質な作品。どう見ても現代アーティストの作品だぁ、と。

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【ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(1593−1652年)】フランス🇫🇷
生前は、国王ルイ13世から「国王付画家」の称号を得るなど 高く評価され活躍していたらしいのですが、18世紀に入ると完全に忘れられた…⁈
これまでのnote投稿で、評価が下がったり、画風が時代遅れとなり忘れられた画家のことを何人か書いてきました。ラファエロ、ボッティチェッリにドラローシュ…。
しかしラ・トゥールはその存在や名前すら完全に消えてしまっていたそうです。
ドイツの美術史家ヘルマン・フォスが論文を発表して 彼の存在が闇の中から浮かび上がってきたのは1915年!そうなのですね。

彼の真筆と考えられている作品は40点ほど⁉️しか残っておらず、模写を通じて知られているものの原作が見つかっていない作品もあるそうです。
全く知りませんでした…お恥ずかしい💦

もっと知りたくなったので『再発見された神秘の画家』という本を借りてきて読み始めたところ、面白くてハマっていました。読み終わるのに時間がかかり 投稿が遅くなりました😅。

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https://www.amazon.co.jp/ジョルジュ・ド・ラ・トゥール―再発見された神秘の画家-「知の再発見」双書-121-ジャン-ピエール・キュザン/dp/4422211811

『再発見された神秘の画家』は、“ラ・トゥールの芸術を様式や図像の分析、画家の生涯といった面からたどるのではなく、「再発見史」という観点から一貫して取り扱った” 本です(日本語版監修をされている高橋明也先生の序文より)。

作品との出会い → それに魅せられた発見者たち。
すごい! 何⁈ 誰? 知りたい!謎を解明したい!! という強い気持ち。
古い文書のわずかな記録をたどって、事実を積み上げていく地道な作業と、残された作品に結びつけていく大胆な仮説…。
既成事実を覆し研究を続ける忍耐力と努力。
同じ思いを持つ協力者の出現。
彼らの気持ちに引き寄せられた偶然とさらなる発見…。
ふぅっ。クラクラします。

この本の構成は、
◉第1章 1915−34年:ラ・トゥールの作品と生涯が再発見される
◉第2章 1934−47年:無名の画家から「ロレーヌの非常に有名な画家」へ
◉第3章 1947−72年:傑作の他国流出と、困難な年代の特定
◉第4章 1972−2004年:作品は広く知られるようになったが、ラ・トゥールは依然として謎の画家でもある
◉資料篇
となっていますが、私が一番引き込まれたのは第1章。

例えば、『帽子のあるヴィエル弾き』という作品(下・左)。この作品はずっとスペインかイタリアの巨匠の誰かが描いた作品だと考えられていました。

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この作品を所蔵するナント美術館の歴代カタログ(画像右の3つ)には、作者として上からリッツィ、スルバラン、ムリーリョという3人の異なった名前が挙げられてきたそうです。
この作品について小説家のメリメ(アンゲラ・カルトンのピエタを小さな教会で発見し、のちに『カルメン』を書く小説家。詳しくはこちらの投稿で↓)

は、「ムリーリョではなく、むしろベラスケスの作品とする方がふさわしい」とし、スタンダールも通俗的なテーマに取り組んでいたベラスケスのものだろうと述べたそうです。またある人はムリーリョの作品と断言するも「それほど注目される作品ではない」と。面白いですね😊。
ラ・トゥールの作品とされたのは1931年でした。

他にも第1章で引用されている、再発見に情熱を傾けた人たちの言葉に胸が熱くなりました。
▶︎1859年、美術愛好者たちの間で賞賛されていた作者不明の作品について、クレマン・ド・リはこう述べています(『生誕』)。

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非常に奇妙で独創的で不思議な特徴を持った、しかしいつまでも消えない印象を与える作品である(略)。作品全体が、さまざまな高度な技術を熟知した傑出した画家の手によって、きわめて堅実に描かれている

誰が描いたのかわからない作品に対する評価コメントは、とても貴重です。何も知らない私の頭の片隅に、7年前のテレビドラマで観たラ・トゥール作品だけが残っていた理由をここに見つけました!「非常に奇妙で独創的で不思議な特徴を持った、しかしいつまでも消えない印象を与える作品」✌️。

▶︎古い文書をたどってラ・トゥールの生きた証を解明した建築家のアレクサンドル・ジョリー、1863年の言葉がこちら。

ここで私は、たんに伝記の基礎をつくっただけにすぎない。いつの日か誰かがどこか田舎の境界の壁で、この画家の破損した作品を発見するかもしれない。そうすればこの欠陥が補われるだろうし、またそうであってほしいと思う(略)。そのような共同作業に関心を持ってくれる、まだ見知らぬ協力者たちとの出会いに期待することにしよう

次の世代に夢を託す思いに痺れます⚡️。

▶︎1900年にルイ・ゴンスは熱い気持ちを残しています。

愛らしく深く柔らかなシルエットの貧しい女たちが、神秘的な光の反射で照らされる絵である。私はこの作品にとりつかれている(略)。これは思いやりと純真さと独創性をかねそなえた傑作といえる。

そして1915年、ヘルマン・フォスが論文を発表してラ・トゥールを闇から救い出したのです。

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余談ですが、2021年に生きる私たちが美術館に行くと、‘作者は◯◯’ と知った上で作品を見ることが多いため、その画家の特徴や他の作品、美術史上の位置付け、人々の評価など何らかの情報を持っていることがほとんどです。ややもすると先入観や思い込み、自分の中で勝手にカテゴライズしてしまいがち💦。

幸いにも以前の私は知識がほぼゼロからスタートしたので、先入観など抜きにして真っさらな気持ちで作品と向き合うことができていました。
そんな その時の自分だけが持つ感じ方を大切にしていきたいと思っています。これからも。

noteに投稿を始めて、自分の語彙不足や表現力の乏しさを恥じることが多く、もっともっと勉強せねば!と強く思うのですが、専門家のような立派な美術評論は目指していません。まあ、目指しても今の私には到底無理ですが😅。
『再発見された神秘の画家』を読んで、そんな決意を再確認できました。

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第1章に次いで夢中になったのが最後の資料篇。
奇跡的に残されていた過去の文書(古文書、契約書、納税証明、苦情を訴える請願書など)に記載された記録。そして発見者たちの論文の引用やラ・トゥール作品の値段などなど。面白い✨。
資料の断片は見ているだけでドキドキします。
足りないピースを想像で繋げ、さらなる証拠を探す旅にでる…好きかもしれません。1900年代、ヘルマン・フォスらと一緒に謎の解明に携わりたかった(笑)。

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ジョルジュ・ド・ラ・トゥールというパズルの全体像が見えてきた20世紀終盤になっても調査、研究に基づく論文の発表が続き、そして展覧会が開催されました(‘96ワシントン、‘97パリ)。これによってさらなる作品の出現があり、鑑定や科学的調査が進んでいく…。
『再発見された神秘の画家』は、まだパズルが完成していないことを告げています。

われわれが目にしているのは、ラ・トゥールの断片にすぎない。いま存在するよりもすぐれた作品が、まだ5倍も10倍も残されている可能性もある。

そして2005年3月−5月、日本で初の<ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展>が東京(国立西洋美術館)で開催されました。観たかったです😭。

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日めくりカレンダーの『いかさま師』も来日していたのですね。
展示会の図録を借りて読んでみると、高橋明也先生をはじめとする展示会開催関係者が持つ、
‘100年前から発見者たちが持ち続けてきた熱い志をしっかり受け止め、さらなる決意を持って謎の解明に取り組む情熱’
をヒシヒシと感じました。
展覧会が果たす役割の新しい一面を知ったような気がします。

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長くなってしまったので、今回はこの辺で。ラ・トゥールの作品についての投稿は 次の機会にします😊。
最後に。
こんな壮大な物語を秘めた、そしてこんなにも貴重なラ・トゥール作品を、どうしてもひとめ見たい!と願い 実現させた姉よ、あなたは偉い❗️

<終わり>

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