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エアプサスペンスとゼロ計画

全てのゼニスはゼロより生まれる。

虚無より出でて虚無のために、ただその身を駆動し続ける。それがゼニスの存在意義であり、ゼニスが天頂の強者たる所以だった。

「そろそろ完成の時間です、サスペンス様」

布を全身に纏う少年、もといイズモが声を掛けた。声の先にいる対象、「呪」の頂サスペンスは、どうとも感じ取れない淡白な所作で顔を上げた。

眼前には、七色のトライストーンが集合し放射状に光を発していた。その光の周りを少しづつ禍々しい瘴気が漂い始める。ピリピリと肌がひりつくような空気。虹色が2人に濃い影を落とす。途端、カッと一際輝いた。

サスペンスは、このような手段を取らなければならないことを歯痒く思う。同時に、ゼロの代行者たる自分がそのような感性を僅かながら身に宿していることを可笑しく思う。
これは敗戦処理だ。我らは敗北した。

始祖たる無情、シャングリラのあまりにも莫大な力は確かにその胎動を世界に刻んだ。そして、完全な敗北を喫した。忌々しきゴールデン・エイジに、馴れ合う矮小なクリーチャー共に…なにより、反旗を翻したウェディングによって。

世界を再びゼロにするためには、贅沢なことは言っていられない。どんな手段を講じても、そこにどんな抵抗や感情が入り乱れようとも構うことはない。最期には、それらも全てゼロになる。我らゼニスは、その過程に何も感じる必要はないのだ。
だから作り出す。まずは戦力に…ゼロの力を利用して、神を再現することにした。たとえそれが偽物だとしても。

光が止み、瘴気の中に強烈な力の波動を感じた。どんなものが出来上がるかは、とりあえず我らの信奉者であるイズモに任せている。なんでもいい、利用しつくしてやろう———心と呼ぶにはあまりにも空虚だが、そのような魂胆を胸に、サスペンスは瘴気の向こうの存在を凝視した。その性質を見極めようと。

瘴気が捌けはじめ、いの1番に飛び込んで来た姿は…白い仮面。そこにある、どこまでも深い双眸。
杖と、纏わりつく眼球状の物体。

「…?」

これは——私自身…?

そう疑問を抱いた瞬間のことだった。

「サースサスサスサスサス!!!」

威厳もへったくれもない高笑いが、この空間に響いたのは。

……

「…これはどういうことだ」

サスペンスは務めて冷静にイズモへ問い掛けた。

「見ての通りです。どうやら人造は成功ですね」

先ほどから下品な笑いはうるさく鳴り続けている。サースサスサス。サースサスサスサスサス!

「どこが成功だ。私の目には醜い出来損ないにしか見えんが」
「いえ、どう見ても成功ですよ」
「…説明しろ」
「はい。そもそも私たちの言うところの『神』というのはクリーチャーたちの信仰心…いわばイメージの集合体のようなものから生まれます」

我らの始祖、シャングリラもガーディアンたちの集合思念が形になった存在だ。
かつてはゴッドと呼ばれる仙界由来の存在がいたらしいが、それはまた別のもの。

「そして私は今回、畏れ多くもサスペンス様のイメージを器として作成しました。サスペンス様から頂いたマナの力は、サスペンス様自身の器に入れるのが最も有効だからです」
「…つまり?」
「つまりサスペンス様は現代で…『あれ』みたいなイメージを持たれています」

『あれ』という語が発されると同時に、イズモは相変わらずサスサス言っている生物を指差した。なるほど、肺活量は申し分ないようだ。

「名付けるならば『エレクトリカル アンド プリミティブ サスペンス』…略して『エアプサスペンス』といったところでしょうか。『原始なる 機械仕掛けの サスペンス』もしクリーチャーワールドに俳句なんかが流行っていれば後世まで語り継がれていたでしょうね」
「貴様は何を言っているんだ…」

何はともあれ、全自動高笑いマシンでは如何様にも使えまい。

「どうやら失敗だ。一旦ヤツの器を解体するとしよう」
「いえ、案外…」

イズモがなにか言い掛けたが、構わずエアプサスペンスの元へ縮地する。幾許もなく、相手方、自分のものとそっくりな白い仮面に手を掛ける。

「サースサスサス!!」
「!?」

気づけば、手は仮面から離れていた。高笑いと共に、仮面から手が弾かれたのだ。特に油断した訳ではない。単純に、圧倒的な力の塊が自らの手を押しのけたようだ。

「…力は本物と遜色ないかと思われますよ」

イズモが後ろから補足すると同時に、エアプサスペンスの杖から七色の光が炸裂した。閃光が瞬き、私の腕へ掠る。

「この力は…!」

体の隅々まで、光に含有される「呪」のマナが行き渡る。途端に力が抜けて、ガクン、と膝を折った。鬼丸「覇」と初めて相対した時のように。

「サースサスサス…!まずはもう1人の私を倒し吸収するペンス!そしてやつらゴールデンエイジを倒していき…あのにっくき鬼丸を考えうる限り最も酷い方法で埋葬するペンスねぇ!!ヤツら頂点のゼニスたるこの私を足蹴にしやがって!…呪う…呪ってやるペンス!必ずやヤツらへこの恨みを返すペンスゥ!なぜなら私は…『呪』の頂サスペンスだからペンスねぇぇぇ!!!」

「私の名前を雑に理由付けするな」

微かな不快感から思わず言葉が口をついてでた。少々、落ち着く。このような輩に「無情」を揺るがされる必要はない。

「ペンスペンスペンス!喰らえ!『天呪秘伝THRILL&SHOCK』!!」

エアプサスペンスが杖を振りかざす。流動的な炎を纏った眼球状の物体が天に集中し、合体し始めた。地響きが起こる。地面に亀裂が入る。大気に満ちるゼロのマナが、天変地異の如く掻き乱される。

「これは…」

空間を鮮やかに逡巡する光は、まるで世界の終わりを祝福するようだった。

巨大化した眼球は回転を始め、全ての光を、マナを、希望を巻き込んだ。

「私には存在しない技…」

仮面に垂れた前髪が、着飾った服が、あまりの勢いを前にはためいてやまない。イズモも吹き飛ばされそうな布を押さえつけ、瓦礫や破片の舞い踊る中、小さなまぶたを少しでも開けようと試みている。

巻き込まれた全ては渾然一体となり、眼球は純白のマナの塊と化した。その様は特大の人魂のようで、大気はすっかり灼熱だった。

揺らぐ外周のマナは、時折虹色を映し出して美しい混沌を演出していた。ある意味で、本物よりも本物らしい技だ。

「サスペンス…いや、今は愚かな偽物と呼ぶべきペンスか!不穏なる虚空の彼方へ…消え去れ!!」

衝突までは一瞬だった。

インパクトの瞬間腕を前方向にクロスさせ、純白の塊を受けた。瞬く間に、足で接地している部分の地面が抉りとられ、無機質な壁にまで押し飛ばされる。
確かに侮れない力だ。

「サスペンス様…!」

足元が壁を削りながら少し後ろにずれ、体はだんだんのけぞっていく。

「大したことなかったペンスね!サースサスサスッ!これで…私の時代が到来するのだぁぁぁぁ!!」

喰らっている間中、エアプサスペンスは激情を振り撒き続けていた。感情は好きじゃない。この世界には全くもって不要だと断じることができる。

感情なんてものがあるから生物は、エアプサスペンスのように取り乱し、ウェディングのように弱くなり、カノンのように涙をながす。ライオネルのように身勝手になり、ゴールデンエイジのように寄り合い、デュエマシティの住人どものようにぬるくなり…鬼丸のように強くなる。

感情が嫌いだ。全くもって不可解だ。私にはない、クリーチャーどもの数々の行動や心の機微が、それを愚かだと思わせる。ゼロへ進ませる。

そして、微かに不安にさせるのだ。


SUSPENSE——不安・緊張


嫌な名前だ。

「さぁてぇ!いよいよメインディッシュペンス…!弾け飛ぶ旧サスペンスに盛大な喝采をっ!!」

エネルギーの塊がさらに大きさを増すので、私の体は半分壁にめり込んでいる状態になった。壁に入ったひびから小さな土くれの欠片がぼろぼろこぼれ、同時に白く燃えて消えた。

爆発。

「サースサスサスサスサスッ!!!」

地面から天井まで盛大な亀裂が入り、一部は崩れて軋轢となった。地震かと思うほど世界が揺れた。
私の体も焼け焦げた。

感情はクソ喰らえだ。

「クククッ、次は旧サスペンスさんのお敵わなかった鬼丸とゴールデン・エイジを潰すペンス!この分なら奴らも大したことないだろう!ペンス!」

「貴様」

立ち上がる。エアプサスペンスがこちらに目を向ける。

感情は鬼丸を強くし私を跪かせた。パンドラの処刑人の、ギロチンも刃こぼれしてしまった。

感情はクソ喰らえだ。

不可解で、不安定で————。



シャングリラを倒したのだ。


「やはり失敗作だな」
「失敗作ゥ?そんなにズタズタになって、貴様の方が劣化品のようだが?ペンス」

私は歩き出した。

「マナは感情によって増幅され、変化する。それは純然たる事実だ。ゼロの使いは感情を排してなお圧倒的な力を持っている…だが、より効率的に愚者を処刑する術がある」
「それが?」

エアプサスペンスは再び杖に光を集めた。集めようとして構えた。

「相手の感情を利用することだ」

カラン、と音が鳴った。相手の杖が地面に転がっていた。

「ようやく気づいたか?私はすでに『呪』っている」
「ぐ…ぎいいいい…!」

エアプサスペンスは膝を折って倒れ、頭を抑えて苦しみ出す。

「いつ…!?いや…貴様が最初に…一瞬私の仮面に触れた時…!!」
「正解だ偽物。それほど頭が回るのならば、もう少し呪いを強めても構わんな?」

私が手で触れると、歯向かってきた愚者はより一層苦悶の声を上げた。私が喰らった分を帳消しにできるとは到底思えないが、今はいい。

「お前がすぐに死なぬよう精一杯弱めた『呪い』だ。精々味わえ」

私の呪いの一つ。相手の感情の昂りに呼応して強まる毒のマナだ。鬼丸にも浴びせたが、奴はそれすら克服して「覇」となった。

「ぐうぅ…こんなところで…こんなところでええええぇ…!!」
「それが貴様の失敗作たる所以だ」

私は手を握りしめ、呪いを最大まで引き上げた。

「勝てる訳がないだろう、貴様如きが。ゴールデン・エイジ共の、愚かで熱い感情に。ウェディングの、主を裏切るほどの激情に」

ゼロの始祖を打ち破るほどの、強い愛に。

「ぐあああああ!!ペンスゥゥゥゥゥ!!」

偽物は、七色の光となって消えていった。

……

エアプサスペンスから還元した力で、私は体を完全に回復させた。奴の蓄えていた力は相当なものだった。どうやら力の使い方に無駄が多かったようだが。

「流石ですね!サスペンス様」

イズモがびりびりのローブを修復しながら話しかける。

「貴様、わざと奴を作って試しただろう?私の力を測るために」

イズモの表情が刹那に凍りついた。

「次は無いと思え。さっさと取り掛かることだ」

背を向けて歩き出した。イズモの目論見も、今はどうでもいい。それが我らにとって利用価値があるのならば。

鬼丸。ウェディング。カノン。アンノウン共。名前は忘れたが、赤いパーカーの男。

私は必ずゼロの力を復活させると決めた。心に、もしかすると偽物よりずっと強い感情を秘めて。


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