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青い正午

忘れられない。でもそれ以前に忘れてはいけないことのような気がするし、文字にするのは非道なのかもしれないけれど、わたしは記録するための方法として書き起こすことしか思いつかないので、記します。敬意を込めて。


先月、空が青い日の正午、バイト先の駐車場で人が亡くなってた。ゴミ箱がいっぱいになったから袋を取り替えようとして、何気なく外を見たときに、車の中の女性がなぜか目に止まって、気付いてしまった。
こんなにも空が青い日に?嘘だろ?と非常事態に訳のわからない思考が頭を巡った。信じたくなくて、信じられなくて、窓ガラスを何度も何度もノックした。大丈夫ですか?と何度も尋ねた。女性が返事をしてくれない事実が受け入れられなくて、女性の返事がない代わりに、
わたし、大丈夫じゃない。声も手も震えてるし。
と頭の中の自分が自分に返事をしてた。女性の歳は母と同じくらいに見えた。あの唇の色が脳裏に焼き付いている。もう少し早く見つけていたら結果は違ったかもしれない。でも、ごめんなさい正直忘れたい。せめて色だけでも忘れたい。けど、本当にごめんなさい。遅くなってしまって。

あの日から、車の中で眠っているお客さんがいるとついつい近くまで寄って息をしているか確認するようになった。とくに同じ場所に駐車していると何度も確認しに行ってしまう。そして空が青い日には思い出す。悼むことは、亡くなった人の記憶を心に刻むことだって、なにかで聞いた気がする。
あなたはわたしの存在すらも知らないけれど、わたしはあなたの存在だけは知っているから、悼ませてください。何にもならないことだって分かっているけれど。

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